第9話 私と勉強

 汐斗くんもお風呂からあがってきたので、再び私は汐斗くんの部屋に戻った。ウッドデッキも落ち着くけれどやはり汐斗くんの部屋が一番落ち着く気がする。この空気とかがそうさせてくれるんだろうか。汐斗くんにお姉ちゃんと何か話してたの? と聞かれたので、心理学科ってどういうことしてるのかなとか聞いただけだよと答えた。自分から相談したことを言うのは少しためらってしまう部分があったから。


「心葉、勉強か?」


「あ、うん、少しだけ」


 勉強をやる気なんか今日は起きないとか言っていたけれど、少しここに来て勉強をしようといういつもの気持ちが再び出てきたし、流石に全く勉強しないのは私の中ではかなり心配になってきてる。だから、英単語の勉強を少し始めた。


「汐斗くんそれ、何?」


 汐斗くんは何かラムネのようなものを何個か口に含ませたあとに、水をがぶり飲んだ。


「あー、これ? 薬だよ」


「あ、ごめん」


 汐斗くんはさらりとそう答えた。そうだ、汐斗くんは……。そう考えると、私はそれを知っていながら、汐斗くんのことをしっかりと理解できていないことに、申し訳なく思う。痛いところをついてしまった。


「いや、別に気にしてないから大丈夫だよ。というか偉いなー。なんか言われたくなかったら申し訳ないんだけど、中3から高校2年の頃までだいたい2年強ずっと受験勉強の時並に勉強しててそれが続くのがすごいよな。僕の場合中3の夏から本格的に始めたけど、辛かったし、終わったときは本当に爽快だなって思えるぐらい本当に嬉しかったもん。それを2年も続けてるって……ほんとすげえよ」


 汐斗くんは薬のことについてはさらりと流した。だから、別に嫌なことを聞かれたとは思ってないのだろう。


 というか、言われてみればもう2年以上も受験期みたいなことをやっているんだな。まだまだ続く……そう思うと終わりの見えないマラソンをしているようでかなりきついし、辛い。


「そんな、偉くはないよ。というか、やっても皆よりできないし。これはさっきも話したけど、私みたいな人がこの高校入るのは違ってたんだなって今では……。でも、汐斗くんみたいな人がいてくれてよかった」


 今、私が言った通りこの高校に入ることは違ったのかもしれないけど、でも、決して悪いことばかりでもなかった。汐斗くんみたいに優しい人がいたり、私に「頑張ってるねー」だとか「すごいな」とか言ってくれる友達がいたり……そんなこともあるから、100パーセントこの高校に来たことが違ってたわけでもないのかもしれない。


「まあ、僕なんて全然役に立てないけどな。僕でいいなら全然使ってくれ。というか、僕は点数を取れるかどうかの話をしてたんじゃなくて努力することが偉いなって言っただけだぞ。僕だったら何も勉強せずに100点取る人よりも、努力して70点取る人のほうがよっぽど意味があると思うけどな」


「そうなのかな」


「うん、まあ、陰で応援してるから頑張って!」


 私は汐斗くんに見守られながら、英単語の勉強を進めた。英単語を覚えるまで何回もノートに書き出していく。それから、いつもみたいにやった部分の確認としてそこまでの単語テストしていく。


「あっ……」


「ん、どうした?」


 私が急に声を出してしまったせいか、汐斗くんが少し心配そうな表情で私を見てきた。でも、そういうんじゃない。私は今テストした結果と汐斗くんを交互に見る。


「いつもより今日は覚えられてる気がするんだ」


 自分でテストをしてみた結果、いつもよりも倍とまでは言えないけれど、驚くぐらいに暗記できて、そしてあっているのだ。ほんの数時間前までは勉強する気にもなれなかったはずなのに、なぜだか今日は覚えられる。何でかは分からないけれど、でもできる。どうしてかも気になるけれど、素直に嬉しい。


「そうか……あ! 心葉……。いや、何でもない」


「……ん?」


 何か、引っかかることがあったのか私に何かを言おうとしたが、途中でやめた。私はどうしたの? と言う感じで汐斗くんを少し見たが、それは少し悪いかと思い、特に気にしてないよという表情をしてから視線を変えた。


 私が切りのいいところまで勉強をやっていたら、夜の12時を少し回っていた。流石にこのままやっていては、汐斗くんにも迷惑がかかるだろうから、ここでやめて教材を全部カバンにしまった。


「あ、終わった? じゃあ、心葉はここで寝な。僕の汗の匂いがするベッドで悪いけど」


「えっ、汐斗くんは一緒にここにいないの?」


「まあ、流石にいれないな。家族になんか疑われても嫌だし。それに色々あるし」


「確かにそうか……。てか、私、変なこと言ってたじゃん! ほんとごめん」


 汐斗くんとはちゃんと関わってから数時間しか経っていないけれど、もう信頼しきっている自分がいるので、そういうことをすっかり考えていなかった。だから、一緒に寝ようとかいう意味に解釈できることを言っていたことに気づき、急に申し訳なくなった気持ちと、ものすごく恥ずかしいという気持ちが出てきてしまった。できることなら少し前の時間まで巻き戻したい。


「ははっ。別にそんな風には考えてないから大丈夫だよ。でも、少し嬉しかったな。僕を嫌ってないようで。そして少しは信頼してくれてるみたいで」


 かなりの問題発言(?)をしてしまったのにもかかわらず、汐斗くんは優しい言葉を私にかけてくれた。そんな、こんなにも優しい汐斗くんを嫌うわけないじゃん。私に勇気を出して声をかけてくれた人を信頼しないはずないじゃん。別に、少し前まで時間を戻す必要なんてなかったみたいだ。


「じゃあ、おやすみ、心葉」


 私にバイバイをしてから汐斗くんは自分の部屋から出ていく。いや、待って、まだ――


「汐斗くん」


 私は、汐斗くんに声をかけてしまった。その声に反応して、汐斗くんは振り返ってくれた。別に止めるほどのことじゃないのに、答えによっては怖いのに。


「――あのさ、どんな私でも、嫌いにならない?」


 私が汐斗くんを嫌いになることは絶対にない。でも逆に、汐斗くんは私を嫌いにならないだろうか。どんな私でも嫌いにならないだろうか。本当の味方でいてくれるだろうか。


「それが心葉なら、嫌いにならないよ……それが言えるかな。じゃあ、おやすみ」


 汐斗くんはそんな言葉を言い残して、階段を下りていく。心葉の姿なら、嫌いにならない……そういうことをいいたかったんだろうか。何が自分なのか私は分からないというのに。


 汐斗くんがいなくなってから少し経ったところで、汐斗くんのベッドに寝転んだ。ふかふかしている。汐斗くんのベッドは悪いけれど本人も言っていた通りほんの少し汗の匂いがした。でも、その匂いが不快だとは思わない。むしろ、いい匂いにまで思えてしまう(それは流石に言いすぎか)。


 いつもなら少し考え事をしてしまったりしまうけど、今日は電気を消したらすぐに目をつぶることができた。

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