第8話 相談

 夕飯はカフェで沢山食べてきたから他の人よりは食べられなかったけれど、でも、思ったよりも食べることができた。お風呂はこの家では女性陣から入るという暗黙のルールがあるらしく、私が一番最初に入ることになった(私の次はお姉さんが入るみたいだ)。


 汐斗くんの部屋で本棚にあった、タイトルに目を引かれた小説を読んでいると(なんか甘めの恋愛小説だった)、お母さんにお風呂が沸いたよと言われたので、私はそのままお風呂に入った。


 お風呂は少し特別なラベンダー色。たぶん入浴剤だろう。体を洗うとに浴槽に入った。


 ――落ち着く。


 なんだか、初めて来た家なのに、初めて会った人なのに驚くぐらいに落ち着く。なんでなんだろう……。


 このお風呂から湯気が出てくるように、私の心から、あの時――数時間前の記憶が少し浮かび上がってくる。


 それによって、汐斗くんが言ってくれた言葉が反復する。


 ――1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい。


 ただ、この言葉で思うことがあるのだとしたら、なんで気持ちが変わらなかったら自由にしていい……そう言ったんだろう。普通なら自由にしていいなんて言わないはずだ。だけど、汐斗くんはその言葉を選んだ。明日を生きるのに必死な汐斗くんの立場を考えればそれは絶対に絶対に許せないはずなのに。


 お風呂に上がって髪の毛も乾かし終わったときに(着替えは持ってきてなかったのでさっきのを着ている)、お母さんにウッドデッキがあるから少し外に出てみてもいいよと言われたので、言われた通りにウッドデッキに出てみた。もうこの時期とはいえ夜だし少し寒いかなと思ったけれど、外はちょうどいいぐらいの気温だった。

 

「あ、心葉ちゃん」


 私がウッドデッキに来てから少し経った後、お姉さんもこの場所に来た。お姉さんにとって、この家の中で一番好きな場所だそうだ。たしかに、この空間、私も好きだ。心を何か変えてくれそうな……そんなふうに思えてしまう。


「星がきれいだよ」


「ほんとうだ」


 お姉さんにそう言われて、視線を夜空に向けると、輝いている光――星が見えた。もちろんどこかのキャンプ場とかみたいに沢山見えるわけではないけれど、むしろこういう感じに真暗な空に少しポツポツと見えるほうが幻想的なのかもしれない。


 ――きれいだ。


 素直にそう思えるこの景色。この世界が私の心の中でも広がっていたのなら、私は今、どんな景色を見ることができていたんだろう。


 お姉さんと2人きりの空間。ここしか、相談するときはないのかもしれない。私は少し勇気を出して、まず、一言目を出してみる。


「あの、お姉さんって、心理学科に通ってるんですか?」


 汐斗くんが嘘をついてるかもとか思って聞いたのではない。あくまでも、私の話に持っていくために聞いたのだ。


「うん、一応ね。汐斗にでも聞いたのかな」


「はい。あの、でしたら少し相談にのってくれませんか?」


「えっ……うん、私で力になれるのなら全然」


 お姉さんは最初少し驚いた顔をしたけれど、すぐに優しい顔に戻り、そんなことを言った。確かに、まだ会ってからほとんど経ってない人に相談しているし、一応課題をやるために来たという設定になっているので、相談されるなんて思ってなかったんだろう。でも、流石汐斗くんのお姉さんだ。臨機応変に対応してくれた。


「あの、これ、汐斗くんは知ってるんでいいんですけど、この話は他の人には話さないでもらえますか?」


「うん、心葉ちゃんが汐斗以外の他の人に話してほしくないのなら、その約束は守るよ。じゃあ、私からも1つ約束してほしいことがあるかな。どんな相談されるのかは分からないけど、私の言うことはあくまで1つの道に過ぎないから、必ずしも一番正しいってことは保証できないよ。つまり、これよりももっといい答えがあるかもしれないってこと。最終的に何が正しいのかは自分で決めるんだよ」


「はい」


 私はちゃんとその言葉の意味を理解して大きくうなずいた。私はやっぱこの人なら相談しても怖くないと思った。だから、言いたいことを吐き出した。


「あの、まずごめんなさい。課題があるから来たっていうのは嘘で、汐斗くんが私を助けるために、ここに連れてきてくれたんです」


 まず本題に入る前に、嘘だった部分をお姉さんに謝った。でも、お姉さんは特に何も言わない。全て言いたいことをいい終わるまで待ってくれている感じだった。だから、私はこのまま話しを続けた。


「少し長くなりますけど、私、自分で明日を閉じようとしてしまったんです」


 私はどうして明日を閉じようとしたのか簡単に話した。お姉さんは終始うなずいてくれた。だから、ためらうことなく私は親の期待もあり、勉強に費やしてそれ以外に何もすることがないことや、勉強してもついていくことが難しいこと。他にもあの時なんで自分の意見を言えなかったんだろうと後悔してることだったり、辛かったことを話していった。この話しを聞いているお姉さんはどんなことを思ってるのか分からない。どう思ってるのかなんて考える余裕は私になんかにない。


「それで、自分で明日を閉じようとしてることろを偶然、汐斗くんに見つかって……。それで、もうバレてるんだったらと思って話したんです。そしたら、まだ心が不安定だからって言われてここに」


「そうか、ちなみに汐斗があれっていうのは……知らない、かな……?」


 あれ――つまり、汐斗くんの病気のことだろう。それなら、あのカフェで汐斗くんが自ら告白してきた。ネタバレとして。そこで私たちは違う明日を見ていることを知ったのだ。


「知ってます、汐斗くんの病気のこと。自ら教えてくれました」


「自分から言ったんだ……」


 お姉さんは少し驚いた表情をしながらそう言った。もしかしたら、自分の弟がこんな状況に立たされているのにもかかわらず、自分から明日を閉じようとしている人が許せないなんて思ってるかもしれない。そのことを考えずに、お姉さんに相談してしまったことを少し後悔しているが、そのことを後悔しなくてもいいということはすぐにお姉さんの言葉から分かった。


「普通なら明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わないよ。少なくとも私には。でも、汐斗は自分から病気のことを教えたし、心葉ちゃんと仲良くしようとしてる。それは、明日を閉じようとしてる心葉ちゃん自身が悪いわけじゃないし、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってない……そう感じたからだと思うよ。だから、汐斗は……ってことだよ。そういうことなら、私も心葉ちゃんを守りたいな」


 そうなのか、自分では分からない。自分が悪いわけじゃないのか、本当は自分から明日を閉じようなんて思ってないのか。でも、汐斗くんには少なくともそう感じたのかもしれない。お姉さんも言ったけど、普通、明日を生きたい人が、明日を閉じようとしてる人なんかと仲良くしようとは思わない。でも、汐斗くんは私に関わってくれたし、怒ることなんてなく、むしろ優しくしてくれた。


「私を、守ってくれる……?」


「うん。もちろん私だけじゃなくて、汐斗も守ってくれると思うよ」


 守ってくれる。それは、私にとって支えとなる言葉。たった一言だし、簡単な言葉に思えるかもしれないけれど、今の私には大きな意味を持つ。私にとって今、どんな言葉よりも必要としてるのかもしれない。


「あと、汐斗くんがこんなことを言ってくれたんです。『1ヶ月だけは待ってほしい。その1ヶ月の間に、僕は君にあげられるものはできるだけあげる。楽しいも、嬉しいも……。だけどもし、その1ヶ月で君の気持ちが変わらなかったんだとしたら、自由にしていい。そう、約束してほしい』こう言ってくれたんです。印象に残りすぎて一語一句頭に残ってしまいました」


 んーと言いながら、お姉さんは少し考えた後に、自分の考えを述べてくれた。


「そうか、けっこう汐斗も攻めたな。汐斗がこれ言うなんて少し意外だな。もちろん、どうして言ったのかは100パーセントは分からないけど、たぶん、それは心葉ちゃんの気持ちが変わると信じてるか、気持ちを変えられる自信が汐斗にあったんじゃないかなかって。本当の答えは本人にしか分からないけど。でも、仮に1ヶ月で気持ちが変わらなかったとしてもできればすぐに明日を閉じるのは待ってほしいかな」


「わかりました。でも、汐斗くんはそういう意図で……」


 そうなのか、汐斗くんはこんな私を信じてくれているのかもしれない。もしくは、自分が変えられる力を持っていると……自分が言うのは少しあれかもしれないけれど、どちらにしろ確かに攻めた発言だ。人の心は世の中の流行とかみたいにいつの間にか変わってるものでもないのに。


「あとは、なんか吐き出したいこととかない?」


「……本音を言うのなら、どうして自分はこうなっちゃったんだろうとか、自分は何を目指すべきなんだろうとか、自分は自分のことを好きになれるんだろうとか沢山ありますけど、それはこの1ヶ月で見つけていきたいと思います」


 そう、これからの1ヶ月が、私にとって大きな意味を持つ1ヶ月になるのだ。その中で、私は成長しなければいけない。


「そうだね、きっと汐斗とこの1ヶ月間で見つけられるはずだよ。今日はなかなか人に言えないことを話してくれてありがとう。心葉ちゃんの勇気はすごいな。私だったら誰かに相談なんてできないかも。特に、今日初めて知った人なんかには。もちろん、また相談とかあったらいつでもいいよ。心葉ちゃんの力になれるのなら」


「本当に、相談にのってくれてありがとうございました。自分もそうなれるように頑張らなきゃって思えました。またお世話になるかもしれませんが、そのときはお願いします」


「うん」


 こうやって相談できたことで、私は色々なことを感じられた。自分を変えたい。明日を閉じたいなんて思わないような……そんな人に私はなりたい。今、私にとって一番の夢がそれかもしれない。


 お姉さんにもらったものを無駄にしないためにも、汐斗くんのような人を苦しめないためにも。


 ――私は自分らしく生きる、そんな未来を描いていきたい。





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