第7話 家族
夕飯の時間までは汐斗くんの工芸作品を色々と見させてもらった。どれも私はプロとかそういう人が作った作品にしか見えなかったので、汐斗くんに「すごい!」という言葉をさっきから沢山はなっているけれど、毎回同じでまだまだだよと言ってるところが少し面白かった。でも、仮にまだまだな作品だったとしても、私を不思議な世界に連れてったのは事実だ。どの作品もなにか、私の感情を動かす美しいとか、眩しいとか、落ち着くとか、輝いているとか……そんな言葉では到底表せないものを持っている。
「こんにちは」
工芸作品を見てから少し経つと、汐斗くんの部屋におばあちゃんらしき人が入ってきた。私はおじゃましてますという挨拶の後に私にとって大切な自分の名前を名乗った。
「なんか、名前も姿もかわいいお嬢さんだね。まあ、うちには何もないけどゆっくりしていってちょうだい。あと、汐斗とも仲良くしてくれると嬉しいな」
「はい、ありがとうございます」
やっぱり親子って似てるんだろうか。今のことは汐斗くんのお母さんも言っていた。そして、その言葉がまた私の心をオレンジ色にさせる。
「そういや、うちのおばあちゃん、折り紙が得意なんだ」
「へー」
「まあ、得意っていっても、そこまでではないけどね。じゃあ、お嬢ちゃんになんか似合いそうだから
おばあちゃんはそう言うと、階段を下りていく。沈丁花って言う花は聞いたことがないけれど、その言葉の美しさ通りきっときれいなんだろう。
「あ、沈丁花ってこれ」
私がどんな花なのかと思っていたけれど、汐斗くんは私のことを悟ったかのようにスマホで調べてくれたらしく、沈丁花の写真を私に見せてくれた。香りが高く、そして丸くこんもりとしたものらしい。春先に外側が桃色で内側には白の小さな花が塊になって枝先に開花することも書かれていた。花言葉は何なんだろうか。
「なんか自分が工芸に興味を持ったのも、おばあちゃんがさー、小さい頃から折り紙を教えてくれたってことが少し関係してる気がするんだ」
確かにこの2つは似ていることがあるのかもしれない。ある意味、知らないうちにおばあちゃんから汐斗くんがそれを受け継いだとも言えるのかもしれない。
少し経ってから、おばあちゃんが戻ってきた。おばあちゃんの手には沈丁花の折り紙がいくつも重なり、くす玉みたいになった作品があった。きれい――いや、この言葉よりも心が引かれる……こっちの言葉の方が似合うかもしれない。
「すごい、お上手ですね」
決してお世辞とかじゃなく素直な心だ。1つ1つ丁寧に折られている。その丁寧さは汐斗くんの作品と似ている。
「ありがとうね。でも、作り方さえ覚えちゃえば簡単だけどね」
おばあちゃんはお嬢ちゃんだってすぐにできるよという言葉を付け足して、半笑い気味に言った。
確かに、覚えちゃえば簡単にできるのかもしれないけれど、私にはずっとずっと遠くの、手の届かないところにある雲のように見える。
「これ、実は汐斗も少し手伝ってくれたんだよ」
「へー」
そうなんだと思い、汐斗くんの方を見てみると、少しだけ照れた顔をしていた。なんだ、うちのおばあちゃん、折り紙が得意なんだって言ったくせに、自分だって得意なんじゃん。
「なんか、お守りになると思うから、お嬢ちゃんがもし、持って帰るのに困らないんだったら、プレゼントさせてちょうだい」
「――えっ」
それは流石に、と言おとしたけれど、確かに、今の私にお守りみたいなのは必要なのかもしれない。自分の気持ちがコントロールできなくなったときの為に。この人は、私が自分で明日を閉じようとしてることなんか知らないはずなのに、何か長年の知恵で、そして感覚でそのことが分かったのかもしれない。何かを必要としてることを。
私は遠慮することなく、それをおばあちゃんから受け取った。一瞬、おばあちゃんの手に触れたが、温かい手だった。そのぬくもりが、私のもとにも少し移る。
「じゃあ、邪魔して悪かったね。もうそろそろ夕飯だし戻ろうかな。2人も、もうそろそろ夕飯ができるから切りのいいところでおいで」
おばあちゃんはそう言うと、私に優しい笑顔を見せた後に、階段を下りていった。
「なんか、いいおばあちゃんだね」
「そうなのかもな」
私は、そのおばあさんからもらったものをかばんの中に、崩れないようにそっと閉まった。それから、汐斗くんは工芸作品とかを少し片付けてから汐斗くんとともに1階に下りた。
1階に下りると、汐斗くんのお母さんやおばあちゃんだけではなく、おじいちゃんやお父さん、お姉さんなども席についていた。普通だったら少し気まずくなるけれど、皆、優しそうな人だったので特別そういうことにはならなかった。むしろ、少しこういう光景に羨ましい気持ちになる。たくさんの家族に囲まれて食事という時間を共有できるなんて。
「あ、どうぞどうぞ、心葉ちゃんだよね、ここに座って!」
お母さんがある席に案内してくれた。その席の椅子は他のとは違ったので、急遽用意してくれたのだろう。
「あ、初めまして。汐斗くんと同じクラスの白野心葉です。学校の課題を2人でやることになったのでお邪魔してます。私の家は親がどっちも出張中で今いないので、どうせなら泊まっていきなよと汐斗くんに誘われたので、今日一日失礼します」
少しだけ新たに嘘をついた部分もあるけれど、汐斗くんがさっきお母さんに言った話し合せると正しい。それから私はペコリとお辞儀した。それから私は席につく。
「こんにちは、なにもないけどゆっくりしていってね」
そう言ってくれたのは汐斗くんのお姉さんと思われる人だった。たしか、大学で心理学科を学んでるんだっけ。見た目で判断するのはあまりよくないけれど、そんな感じの人に思える。私のあのことを言えば、この人は少し相談にのってくれるだろうか。
他の人たちもよろしくお願いしますという感じに私に対してペコリとお辞儀してくれた。
「なに、汐斗のクラスにこんなにかわいい人いたの? 羨ましいなー」
「いや、お姉ちゃん。余計なこと言うなよ!」
「はいはい、ごめんなさい」
お姉ちゃんと汐斗くんって仲がいいんだろうか。たった少しの会話だったけれど、私にはそういう風に感じてしまう。というか、お姉さんがかわいいって言ってくれたのは汐斗くんをからかうためだったり、もしくはお世辞だったりで言ったことなんだろうか。それとも、まさか、本音……? いや、流石に本音はないか。だって別に私、鏡で自分の顔を見たことなんて何回もあるけれど、一度も自分をかわいいだなんて思ったことないし、それにクラスの中で、かわいい人を決めるコンテスト(いわゆるミスコンみたいなやつ)があったとしてもランキングに載ることは絶対にないだろうし。
お姉さんがそう言った時、汐斗くんはどんな顔をしているのか少し気になったけれど、そんなの絶対にないという顔をしていたら……と思って、見ることはできなかった。
「じゃあ、いただきましょうか」
お母さんが皆分のご飯をもったお茶碗をそれぞれのところに置いたら、夕飯の開始だ。手を合わせてからいただく。
今日の夕飯の魚料理はマグロの刺し身、肉料理は生姜焼き、あとは小さなポテトサラダというメニューだった。さっきカフェで沢山の料理を食べてお腹はいっぱいなはずなのに、手はそんなことを気にせずに次々に動いていく。
箸に乗った料理はどれも美味いしかった。自分なんかが作るよりも何倍も何倍も美味しかった。お腹はいっぱいだけど、その味はしっかりと感じられる。
「ねぇ、心葉ちゃん、学校では汐斗、どんな感じ?」
お父さんが話しかけてきた。確かに、親ならそのことはけっこう気になるかもしれない。ここで、おっちょこちょいな部分とか言ったら盛り上がるんだろうけれど、私は汐斗くんのそんな部分は見つけてないので、ここは素直に汐斗くんのいい部分を言うことにした。
「クラスの皆の悩みを聞いてくれたり、クラスの色々な小さな変化に気づいてくれたりするなんかある意味先生みたいな存在です」
「そうなの? へー、なんか意外!」
「本当? 心葉ちゃん、それって過大評価してるとかじゃなくて事実!?」
私は何の偽りもなく言ったはずだけれども、私の言ったことにそうお姉さんとお母さんが反応した。どうやら家族にはそういう感じには見えていないのだろうか。それがなんだかおかしくて、心の中で笑ってしまう。でも、本当のことだ。気になるなら今度動画でも撮って渡してあげようかな。
「そうだよな、事実だよな、心葉」
家族の圧に押されそうになっている汐斗くん本人が私にヘルプを求めてきた。
「うん、事実です」
だから、私はそのヘルプを受け取った。
「そうだよな、なー」
「えー、本当にそうなんだ」
私の言ったこともようやく家族の人たちは信じてくれたようだった。なんか、こんな家族、温かい。私のお母さんも、お父さんも本当は温かい人だ。でも、私が言えないのがいけない。もし、私も汐斗くんの家族の一人だったら、この感情を抱くこともなかったんだろうか。 私がいけないことは分かってる。でも――
「あ、あとお母さんからも聞いていいかな。汐斗は将来、工芸関係の大学に行こうとしてるんだけど、心葉ちゃんはどこに行こうとしてるの?」
「えっと……」
もちろん、もう高校2年生だし全く考えていないわけではない。親にもこういうところがいいんじゃないとはいくつか言われている。でも、その大学に行くまで私はこの世界で生きている力があるのかわからない。それに、親が進めたところが本当に私が行きたいところなのか分からない。ただ、ここで何も答えないのは違う。だから、お母さんが一番進めているところを答えた。
「まだ全然決めてないですが、✕✕大学の日本文学部とかを考えてます」
「へー、いいじゃん。そこの大学有名だしね。汐斗も心葉ちゃんに負けないように頑張りなよ」
「分かってるよ」
でも、お母さんがここがいいんじゃないと言ってくれたのは私が中学の時に文芸部に入っていたし、本を読むことが好きだからどうかと言ってくれただけだ。私は本当はどうなのか、分からない。
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