終章
有限の生命
玄弥と紗良咲は上社に到着したバスを降りた。
高校を卒業した後のことはまだ決めていないが、ふたりで登下校をすることはなくなる。
紗良咲は優秀だから、偏差値の高い大学に進学して興味がある分野の学問にその身を投じることになるだろう。一方で、玄弥は目標もなければ勉強したいこともない。
バス停から自宅までの道のりは、両側を桜が並んで帰りを出迎えてくれる。朝は同じ場所で見送って、そのまま待っていてくれるなんて健気なことだ。
「こうやって毎日バスと電車で学校に通うのも、あと一年だな」
「そうだね。なんか寂しいな」
「まだ一年もあるんだよ」
「あっという間だよ。一年なんて」
人の生命は有限。
それを長いと考える者がいれば、短いと考える者もいる。しかし、時間は誰に対しても平等に歩む。
歩きながら会話して、ありふれた日常が通り過ぎていくだけ。あれだけの恐怖を経験したふたりにとっては、それだけで幸せだった。
「ずっと続けばいいのに……」
「玄ちゃんも将来のこと考えないと駄目だよ」
違う、そうじゃない。
未来が怖いからこのまま成長もなく同じ時間を無駄に過ごしたいわけじゃない。
「紗良咲」
「どうしたの?」
桜並木で花びらが散る中、玄弥が立ち止まった。紗良咲は玄弥より少しだけ前に進んだところで振り返る。
「将来のこと考えた」
「やりたいことが見つかった?」
「勉強とか仕事とか、そんなことはまだわからない」
「他に何かあるの?」
「ひとつだけ。わかったことはある」
「もう、そんなにもったいぶらないでよ」
玄弥は両手を広げて深呼吸した。桜のピンク色が少しでも雰囲気を作ってくれていればいいのだが、果たして紗良咲にこの緊張が伝わっているだろうか。
覚悟を決め、玄弥は紗良咲に近づくために一歩だけ進んだ。
「紗良咲と離れたくない」
「え?」
「だから、紗良咲のことが好きなんだって!」
「……あ、そうなんだ。よかったね」
「よかったねってなんだよ」
「いや、そうじゃなくて」
恵に言われた言葉がきっかけではあるが、この気持ちはずっと伝えたかった。幼馴染という関係が壊れることが怖くて、それでもこの関係を前進させたくて。
あと一年だけのふたりの時間を、未来へと繋ぎたかった。
「ありがとう。嬉しい」
顔を見せずに俯いたまま紗良咲は小声でそう答えた。とても小さい声だったけど、確かにそれは玄弥に届いた。
「この道を一緒に歩くのはあと一年かもしれないけど、紗良咲との時間はもっとずっとずーっと先も終わらせたくない」
「それじゃ、あと一年も特別な時間にしよ?」
紗良咲が自主的に伸ばした手が隣を歩く玄弥のそれに触れて、それらは繋がった。
「恵と護に報告しないとな」
「喜んでくれるかな?」
「泣いて喜ぶかもよ。護は特に涙もろいから」
「ふふっ、楽しみだね」
繋いだ手を離さないように、ふたりは上社の道を行く。先の空は晴れて、光の渦がふたりの行く末を祝福した。
いつかまた、夢幻が玄弥の前に現れるときは必ずやってくる。そのとき、彼がまだ上社にいるかはわからない。
夢幻之郷と呼ばれたこの土地で、厄災の悪魔を消し去ろうとひとりで戦い志半ばで命を落とした父の分も生きなければ。
紗良咲を危険に巻き込みたくないという思いはこれからも変わらないが、玄弥にできる務めは距離を置くことではなく、彼女の傍にいて守ること。彼女もまた、強い信念で危険に自ら飛び込むことを厭わない。
だから、玄弥は紗良咲と生きることを選んだ。
遠い過去の伝承、結玄から淳へ。
繋ぐ親子の継承、淳から玄弥へ。
その因縁は次の舞台へ。
終幕
夢幻輪廻 がみ @Tomo0
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