第31話 キャシークッキング

≪ねえ、アンタ結構異常なんじゃないの?≫

「へ?」


よくわからないことを開けぬけにキャシーは聞いてきた

何のことだか全くさっぱり皆目見当つかないのだが


≪自覚なし?アンタねぇ…魔素洞調律シンクロニシティが高いし魔人化トランツァーになる可能性があるのは確かよ。それでも死にかけた後ケロッとしてるのはいくら何でもおかしいわよ≫


あーはいはい。ズタボロの満身創痍の事気にしてくれたのね。もう突っ込まれないかと思っていたが心配してくれたようだ


「まー確かに。死にかけがデフォってる俺だけどそれで精神異常がないのはいくらなんでもおかしいわな。言っておくけど死にかけフェチとかじゃないからね!!!」


誤解がないよう念押ししておく。そういえばMMOで最初の会話がこれだったな。

なつかしい、と思うほど期間は立っていないが遠い昔の事のように感じた


≪そうだったらとっくに縁切ってるわよ…。で、何でアンタは平気なの?≫

「平気っつーか…、俺はただ自分のやっている結果に帳尻を合わせているだけだよ。

必死に頑張ってつかみ取った褒美がある。骨折り損ならとっくに折れてるね」


と言ったものの自分の発言ながら疑わしい。例え結果がなくても死に体である事に感心は抱かない。単純にその時のことが他人事のように思えるだけ。

つまり魔人化トランツァーの俺部分が表に出ているからあまり実感がわかないのだ。

だってそうだ。

戦いを求め血を求めるなんて俺じゃない。認めるわけにはいかない。むしろ


「俺のやってきたことってあるのかなぁ…」

≪はぁ?≫


ぽつりとそう独白した時心底理解できないような反応でキャシーはため息を吐く


「だってよ。今までの戦い俺の力じゃないじゃん。

確かに精いっぱいやっているとは思うけど

あくまでそれは魔素洞調律シンクロニシティ魔人化トランツァーの恩恵だろ?

そんな力に頼ってきた俺が何かを成し得たとはとても…」

≪待った。それ以上ふざけた事抜かしたらぶっ殺すから≫


冗談とは思えない語調と語気で

キャシーのセリフは誇張や比喩ではないことがわかる

おー怖…女神様恐ろしや…。

そして矢継ぎ早にまくしたてるようにキャシーは言い放った


≪アンタのやってきたこと?アンタの力?

それ全部今までアンタがやってるアンタだけのものじゃない。

それを否定するのはアンタでも許さない。

認めなさい。アンタの才能はアンタだけのもので培ってきた積み重ねてきたものは間違いなくアンタがなしえた事実よ。アンタそれを自覚しなさいよ≫


さっきアンタって何回言った?と言える雰囲気で放ったので自重した

そうか…。俺の力、俺の成果なのか…。

実感はわかないが俺は俺の意志で今をつかみ取ってきたのか

それを指摘されて初めて分かるような気がする

俺は、卑怯者だと思っていた。今でもそう思う。だから自信に直結しない

けどそう言われれば素直に嬉しい。酔えはしないがパワーがわく気がする

真摯に俺に言いはばかることなく発言するキャシーが俺のフェアリーで心底よかったと思える。

だから、そのキャシーに俺は今まで聞かなかったことを、勇気をもって訊いてみた。


「なあ、キャシー」

≪何よ≫

「何で俺の許に来たんだ?もしかして俺が魔人に一番近かったからか?」


そう、ずっと今まで疑念に思っていた。

女神がフェアリーとして介し干渉する理由がわからずなぜ俺のところに来たのか。

得心がいく答えはそれしかない。

聞いてはいけないことかもしれないが…そこだけは確認しておきたかった

俺はキャシーを信じたい。だから信じさせる動機をキャシーの口から聞きたい

真剣な目で俺はキャシーを見つめ真摯に向き合った。かつてないほど俺はマジだ

そんな俺の覚悟をくみ取ったのかキャシーは口を開く。

というかいや?なんか気恥しそうに目をそらしているのはなぜだろう

もごもごと要領を得ない口調で呟くキャシーの声が聞き取れない

やはり聞いてはいけなかったかと躊躇したが吐いたつばは飲み込めない

これだけは聞いておきたい。例えいかなる理由でも俺は受け入れるだろう

そして観念したのかキャシーは聞こえる発音で


≪…下界が気になったのよ。この世界の事もっと知りたかったのよ

文句ある!?アンタがすごい存在なんて知らなかったわよ!!!≫

「・・・・・・・・・・・・」


つまり、それって…たまたまってことか…?

いや、どんな理由でも受け入れるとは言ったがまさかの明後日の方向な発言に面食らってしまった。

それを訊いて、俺は心底安心した。俺は彼女を信じていいんだと理解できた。

きつい口調で女神らしからぬ発言をするがちゃんと優しいところもあるし

俺達の世界に福音を授けてくれた女神さまは文字通り女神さまだとわかった

だから不意に、笑ってしまった。それに対し頬を膨らませ怒るキャシー。

ポコポコと小突かれる。結構間抜けな答えだと恥じたのだろう。

だが俺にとってそれが一番好きな答えだ

本当に俺は恵まれている。

両親が植物状態なのは不幸であるがそれでも悪い事ばかりではない。

ちゃんと前を向いて歩けばリターンをくれると人生は存外ご都合主義で出来ていると思った

俺の仲間は、周りは信用できる人ばかりだ。実はまだ花道さんには完全に心は開いていないが…。理由としてはどう接してあげればいいかがわからないからだ

アリアやキャシーはあけっぴろげに話せる。

だが花道さんにはまだ距離を感じてしまう。

もっと信頼してもいいとは思うが。コミュ障悪癖のせいか未だに歩み寄れない

なんて甲斐性なし。料理までふるまってもらった相手を信用しきれないなんて。

どうにか改善しないといけないし先延ばしにしたらいつまでたっても進展しないだろう。なので


「キャシー。料理会に佳夕さん呼んでいい?」

≪え?別にいいけどどうしたの?≫


良いんだ。なんかハイレベルで自信喪失するって言ってた気がするけど

多分それは花道さんだけで教わる場合なのかも。


「改めての交流会だよ。親睦を深めるためのね」

≪え?みんな仲いいじゃない?どうしたの?≫

「まー俺には俺の事情があるのさ。だから頼むよ」

≪まー別にいいわよ?むしろアンタの料理より上手いなら上達が早いって事じゃない

文句はないわ≫

「じゃあ、電話するからキャシーはその…」

≪わかってるわ。顕現してくる≫


今の状態(フェアリー体)では料理は出来ないので実体として来てもらう

というかコンビニ寄る感覚で実体化出来るんだ。女神スゲー。

そしてそれは数秒で事終わった。フェアリーの肉体は消失し代わりに光の粒子を纏いながら等身大の女性が顕れる。

それはまさしく女神だ。

俺は当時としては見たことはなかったが多分ゲートが出現した際に現れた神様の姿だろう。

白と緑を基調としたラフな修道服のような装いをし現実離れした美貌と清廉さがあり。

青い髪と赤い眸は服装と相まってカラフルに思えるがそれぞれが個々としての特色を持ち互いに交じり合わず美しい色同士殺し合うことなくひとつひとつが宝石に見える

なるほど、確かに女神だ。これを見て浮世の人間だと思うほうがおかしい


「顕現完了…と。ってどしたの?」

「いや…」

「もしかして見惚れてたー?フッフー。普段の態度も改めなさいよ」


と胸を張って手を腰に当ていかにもエッヘンとした態度でキャシーであることを再認識する。

うん…正直見惚れていたがそれは言わないでおこう。調子に乗らせるのとか俺の沽券的な意味で。

そして電話をして数分後。ピンポーンと玄関からチャイムが鳴る


「えーと…おじゃまします。来てよかったのかな?あの二人の間に入っていいのかな?・・・・・・・・・・え?」


しどろもどろ何か言っているが俺の家へ入ると思わぬ事態に絶句。多分キャシーの姿だろう。いや、間違いなく

電話でキャシーの料理教室とは言っていて実体で来るとは言っていたが

その姿、威容を見て改めて女神だと再認識してしまうのは致し方ないだろう

驚く花道さんに向け俺は我に返す為女神さまを紹介する


「あ、来たね佳夕さん。・・・・・うん、わかるよ。俺も驚いてる

キャシーだ。彼女は」

「ヤッホー。この姿では初めましてよね佳夕ちゃん」

「あ…キャシーさんでしたか…。驚きました。私、てっきり夢を見ているものとばかり」

「そんなに?別に人間と変わらない気がするけど?」


そういって見渡すように自分の身なりを見るキャシー。どうやら自覚なしらしい。

そう言うところやぞキャシー。そして花道さんは誰かを探すようにあたりをきょろきょろと見ている。


「そういえばアリアさんは?」

「ああ、そういえば言ってなかったっけ。アリアって結構家にいないときがあるんだよね。聞いてみると『嗅ぎまわってる裏政府関係者の排除』・・・って」

「うわあ…そういえばこと切れたとはいえ恨んでいる人や諦めてない人はいそうですよね…」


それもだがアリアも空気を読んでいるのか「邪魔になるから☆」と言って出かけて行った。キャシーへの配慮かもしれない。

アリアは殺しはしないだろうがぼっこぼこのめっためたにしてはいるだろう。

アリアのフェアリーであるウェイク君に事情は聴いていた。

政府に魔素洞調律シンクロニシティとレベルを無理やり上げられた為。

リアル世界でも多少のレベルに引き上げには成功しているらしくダンジョンほどではないにしても龍脈なしの場所でもパワーが引き出せるというやべー体質らしいアリアは。

流石魔人候補。過去のうっぷん晴らしとストレス解消で裏政府関係者はフルボッコらしい。

同情はしないがかわいそうだとは思う。

これが暗殺者に選ばれた理由の一つと言われているらしい。

作った裏政府自身は報復されるとは思ってなかったらしいが

まあその話はおいておいて。調理場へ案内し手を洗いエプロンを着て俺達は準備をする

そして、やってみたかったことのひとつ


「今日のゲストは花道佳夕さんです。パチパチー」

「いや、これお料理番組じゃないですよ…?」

「勝手に私の料理の練習を番組にすんな」


はい、良い反応いただきましたー。これやってみたかったんだよね。

キャシーには悪いがこれを機に俺は花道さんとの距離を縮める腹積もりだ

互いに距離を近くし料理について話し合えば理解も近くなるだろう

すまんなキャシー。俺はずるい男なんだ。と心の中で謝罪する。

その代わりちゃんと料理は教えるからな。

俺のできうる範囲。簡単な奴だけだけど

まずオーソドックスに卵焼きから始めた。

卵を割り脂を敷いたフライパンに掻き卵として投入する。

ちなみに俺は両手でしかできないが花道さんは普通にナチュラルに片手でやっていた。やだ、素敵…。キャシーはやはり最初はうまくいかず悪戦苦闘し間違えた力加減で卵を散らしてしまう


「あ…」

「仕方ないよ。後で俺が食う」

「いや、素直に捨てましょうよ…」


キャシーは甘い卵焼き派か味付け派か聞いてみたが『甘い派』らしい。俺と一緒

ちなみに花道さんは味付け卵派らしい。・・・距離が遠くなった気がする


「いえ、どっちも好きですけど…なんで距離を置くんですか?」

「心の比喩だよ」

「遠ざからないでくださいよ!?それくらいで!??」


まあそういうコミュニケーションもあってかだんだん花道さん。

いや、佳夕さんと距離が縮まった気がする。

こうやって話すのは時間が経ったおかげか。

二人だけの時はまだ距離を置いていたからな…。

ボッチ仲間として急接近してなかったかって?

あいつは死んだよ。というかアレは調子に乗った恥ずかしい黒歴史というか…

ボッチの悲しい宿痾サガというか…とみっともなく心の中で弁明と弁解をする

そんなこんなで卵焼きはキャシーが卵をうまく割れずキャシー自身作れなかったが他の料理への挑戦の意欲というか躍起になっているご様子。

なんか嫌な予感がするなーと佳夕さんと目を見合わせて。

案の定それは次のステージで起こった。


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まさか、キャシーの料理スキルがここまで壊滅的だとは夢にも思わなかった

女神の力加減を制御できずまな板ごと野菜を切るし

フライパンで焼くとその底に穴が開くという始末

しかもオリジナルブレンドをぶっこむ始末。ああこれメシマズの才能あるわ…

まな板やフライパンは良いとしてもオリジナルの味付けはいただけない

あくまで料理表レシピに忠実に作ってもらわなければ

例え『これじゃ物足りなくない?』とか

『これいれたらもっと美味しくなりそうじゃない?』

言われても無理を通してレシピ通りに作ってもらう

料理というのはそこまで難しいものではない。

スマホで調べればレシピ表が出てきてそれに沿って作ればいい。

多少配分は間違えるだろうが最初からうまい人はいない。

だれしも通る道だし恥じる必要はない。

そうしてある程度加減が出来てきたらしい。

素直にレシピ通りに作り普通においしい料理に仕上がった。

ここまで紆余曲折長かった…長い、長い戦いだった…。

俺達の戦いはこれからだは勘弁して『完』をつけて終わりたいレベル。

野菜炒めとご飯に味噌汁。そして佳夕さんが作った料理を添えて

それを昼餉とし佳夕さんとキャシーと一緒に頂いた


「・・・なかなか難しいわね…料理って」

「いえいえ、最初は私もそうでしたから」

「そうだよ。俺も結構勉強になったしさ」


事実ちょっとだけ料理スキルが上がった気がする。

挑戦したことのないさんま焼きとか大根の甘露煮とか料理はなかなか奥が深い。

デザートには佳夕さん特製手作りプリンと初めて食べた。

俺の場合惣菜品で手を抜くことが多いので真剣に料理に向き合ったのは初めてかもしれない

改めて佳夕さんの事が高スペックですごい子だとわかる。

マジでなんでぼっちなんだこの子?男なんて引く手数多だろ普通。

思ったよりも充実した日というか永遠に続けばいいと思える愛おしい時間だった

ハンター業で知り合ったとはいえ、ハンター以外で充実したのは初めてだ。

だからと言ってハンターをやめる気はない。そして洗い物をしてまでが料理だ。

グリルを役割分担をし一緒に洗いお料理教室は閉幕した。

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