第29話 死に狂う斬叫―デッドストライク―

アリアを背負い走り出す花道佳夕は心配で振り返ろうも堪え一直線にてギルドへ向かい奔走していた。

 追手が来ないことを不思議に思いながらも足は一切止めず引き返したい気持ちを殺し花道は少ない体力とアリアを背負っているという状況に加え回復魔法でアリアを回復させているという三重苦により疲弊と喘鳴が繰り返される。そしてHPがかろうじて残っていたアリアは目を覚ます


「ん…」

「アリアさん!」

「やあ、おはよ。・・・どうやらやられちゃったみたいだね私…いつつ…」

「無理はなさらないでください!HPと傷は回復できても蓄積ダメージまでは回復できてませんから!!」


 そう言いつつも目が覚めてくれて心底安心する花道。回復魔法が使えるとはいえまだ花道が使用できるのは初級魔法だ。上位に位置する者ならばより複雑で緻密な回復ができるだろうが今の彼女には応急処置程度が精いっぱいだ

 本格的な治療は本部に戻ってから。だが悲しいかな。すでに花道の体力は心身ともに空になっている。動かしたい足がもつれ転びそうになったところをアリアが地面に先に降り軽快な動きで花道をキャッチする。


「あ…すみません…」

「いいのいいの!ここまでよく頑張ったね佳夕ちゃん。後はおねーさんに」


 そう言って走り出そうとするアリアを花道は制止する


「いえ…はぁ…ダメです…」


 呼吸を整えながら出せる声量でアリアを止める。

 すでにアリアは動けるまでは一応回復している。むしろ心配すべきは花道の方だ。

 これ以上無理させるわけには行けないアリアは花道を背負い向かっていた方角へ向かう。目的の道。ギルド本部に近い場所と瞬時に理解し向かおうとするもやはり花道は止める。ぽりぽりと頬を掻いて戸惑うアリアは言う


「だめって言ったって佳夕ちゃんも私と変わんないよ?早く行かないと…」

「だめです……!!」

「・・・・・・・」


 そう言われアリアは足を止めた。どうやら図星だったようだ。アリアは自身の治療ではなく花道の回復と安全を確保したのち雄一のところへ向かうつもりだったらしい。何でそんなことがわかるかなど。わざわざ言うまでもない


「イヤーそんなことしないよ。なんて言えないよね…。でも雄一君が心配なのは君が一番知っているはずでしょ?なんで?」

「それは…、雄一さんの行動を無駄にしたくないからです」

「でもさ…死んだら元も子もないんだよ?救援だって期待できないし私たちにできることをするのがパーティーじゃない?」

「それはそうです。ですが…!約束したんです!絶対生きているって!いま私たちが行っても足手まといにしかなりません!私たちが向かって死んだら絶対彼は自分を許せないとそう思えるんです!」

「・・・・・・・・・・わかった」


 観念したようにアリアは花道の言う通り本部に行き回復に専念することに決めた

 もちろん花道もだ。自分の言ったことに責任を持ってもらう


「だからって抜け駆けは許さないよ☆私も佳夕ちゃんも戻って回復して一緒に助けに行こうね☆」

「はい!」


 そう言って回復の為ポータルへ駆け出す。(信じている、か。妬けちゃうなぁ…)なんて思いながらアリアは笑みを浮かべた



『死に狂う斬叫―デッドストライク―』

 見えない風の刃ではなく剣の残像を投射し目をくらませる酷死剣タナトスの上位互換。即席で作ったため試し打ちはなくそもそも成功するかもわからないが一か八か雄一は行動に踏み切る。

 ―揺ら揺らと陽炎。由良由良と…。烈風の如き吹き荒れる嵐はまるで蟒蛇うわばみだ。無数の毒牙を湛え飲み込まんとする渦だろう。

 幻影たる刃に実体はないが風の刃に相違ない。

 故にこの剣は虚像でありながら実像。

 本物の大剣には及ばないが確かに攻撃として成立する威力を用いる

 それが無数。フェイントも攻撃としてもたらしなお実態がわからぬ残像剣。

 奥義と言っても差し支えないだろう。

 現に今雄一が放てる最大威力がコレだ。

 致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―を差し置いてもこれほどの威力を誇る技を雄一は放つことはできない。

 つまりこれが通用しなければ詰みであり確実な死が待っている。

 だが数秒後に来る死を踏破し鹿目雄一は攻撃に転じる。


 迫りくる都合36の斧撃を44の剣撃ではじき返す。

 ねじ切れそうな筋節細胞を巻きかえしながら

 なだれ込む斧撃の波濤を剣の颶風にて迎え撃つ

『致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―』起動

 筋肉の負荷による断裂はHPのダメージに換算されない。相手によるダメージ。それこそがHP。攻撃のヒット限界のポイントとされる。

 だがさばききれない攻撃は確かに受けている。

 致命傷には及ばないがHPに蓄積される。

 つまり限りなく少ないダメージを受けることで確実に1はHPが減り続けている。

 それを俺は利用し『致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―』の効果を発揮させた。

 我ながらせこい作戦だと自覚しているがこの事態を打破するには確実に一体屠る威力を相乗させなければならない。

 加速加速加速…。逆巻く風の渦は俺が剣を振るうたびに猛威を振るっている。このまま無制限に振るえばかつてない威力を発揮するだろうがその前に俺が限界を迎えるのは自明だ

 ひたすらに往なしつばぜり合いはじき返す

 …悔しいな。俺が渾身を叩き込んでいるというのにこいつらに一向にダメージを与えられず一体倒すという事が出来ない。むしろこいつら全員が一体の敵と考えた方がよさそうだ

 多勢に無勢。だからこそこの技だ。大多数を相手取る為に無数に刃を展開し続ける剣技

 そしてこいつらに攻撃が与えられないのはひとえに俺のレベル不足と初めて使う『死に狂う斬叫―デッドストライク―』を持て余しているという点だ

 残像を介し一対一に持ち込もうにもそんな隙を奴らは与えてくれない

 つまり勝てない。一点集中突破をする方法がない

 花道さんが救援を呼んでくれることを待つのみだがそれまで持ちこたえられる気がしない

 ―むしろ雄一が格上相手複数と戦っているという異常に彼は気づく暇がない

 確かに勝利は、逃げは出来ないかもしれないがこの絶体絶命の状況を転機だけで時間を稼ぎ生き延びていることは称賛に値する。

 肉が、骨が。限界を迎える。眼球もひび割れてくる。瀉血を飲んで潤す


 ―魔素洞調律シンクロニシティ狂奔。その時デッドゴードは悲鳴を上げた


「‥‥が…ぐ」


 ダメだダメだもうだめだ諦めろもう限界だこれ以上やれば死ぬぞ生きて帰るんじゃなかったのか休め休めコンマ一秒でいい体の動きを止めろ殺されるより自分に殺されるぞ。となにやら思考が勝手にわめいている


 ―魔素洞調律シンクロニシティ暴走 斬撃が奔る


 もう無理だとわかっていてもやはり攻撃は止められない


 ―魔素洞調律シンクロニシティ爆走 強風が翻る


 心が砕けても多分体が残っている限り動き続ける。


 ―魔素洞調律シンクロニシティ逸脱 陽炎が揺蕩う


 脳は蜘蛛の巣のように裂傷し総てが赤く染まる


 ―魔素洞調律シンクロニシティ破却 我、猛攻は止まらない


 視界が、意志が。凍てつくように血に濡れる


 ――魔素洞調律シンクロニシティ超過 そして終息に至る


 攻撃を行うたびに自分が死んでいく。もはやだれと戦っているのかすらわからない

 戦っているとは、攻撃とは何なのかという思考すら巡らない

 そして、心臓が止まった瞬間跳ね上がる。肉体の死を意志の動きで吹き返す

それでもなお、なぜ動きを止めないのか。

幻想の血で体を回す。空になった燃料を魔素によって精製する。

ただ動き続ける。動けば死ぬ。一挙手一投足どころではない。

呼気をした瞬間死の奔流が全身を埋め尽くのになぜ…。

 それは…

  

─乾いている…


「はは…」


 それは…きっと


 ─足りないと乾いている…


「は…はは」


 ─闘争が足りないと、乾いた笑いが止まらない。


 それは…きっと…

 凶笑が哄笑が総身に響き渡る。体中から随喜の笑いが抑えきれない

 片足一歩、魔人アレに深く飲み込まれる。

 別のそれが俺をただ突き動かし体を止めてくれない。

 死すら歯牙に掛けずただひたすらにあるのは戦いへの狂酔きょうすいのみ

駆動限界にんげんえその破滅さき

 砕ける。爆ぜる。ひしゃげる。細切れになる。その一切を振り切る挙動の前に


 ≪ダメよ!!!≫


 その一言で、失われていた自分が戻った。

 肉体は無事だ。見えていた肉骨粉の自分の姿と今の自分の形が違う。

 あれが数刻先の俺のイメージだと認識するに至り冷静さを取り戻し

 ガンッと頭を拳でたたく


「バカか俺は!!!」


 何度繰り返しても学習しない。呼吸を整える。肉体に酸素を行き渡らせる。

 また魔人に飲み込まれかけた。あの誘惑はどうしても抗えない。克服できる気がしない。人間の身で魔人アレに勝てる気がしない


「はぁ・・・」


 呼吸と嘆息を同時に行う。正直肉体はいつものことながら死に体だ。

 しかも9割が俺の肉体酷使によるものの自業自得。致死を癒す病―ダメージオブランゲージ―は一切作用しない。

 だがこのままではデッドゴードたちにどう立ち向かえば…そう思った時


「あれ?」


 疑念があった。デッドゴードの姿が、戦っていたはずの相手の姿がない

 いや、どうやら…。奴らのいた場所の地面を見た

 そこにあるのはドロップアイテムが複数散乱していた。

 つまり俺は…無意識のうちにデッドゴードを倒していたという事になる

 ということは…


「・・・勝っちゃった?」

《そうよ。せっかく倒したってのにアンタが動きを止めないから心配したのよ。

 しっかし…救援どころか全部倒しちゃうなんてやるわねマスター》

「あっはははは…」


 渇いた笑いが出てしまう。

 滅茶苦茶複雑だ。これは俺の実力ではなく単なる魔素洞調律シンクロニシティの上昇による魔人化トランツァーの片鱗を垣間見せてしまっただけだ

 つまり不本意ながらまた俺は魔人の力に頼ったという事になる


「俺が勝ったことになるのかね…」


 そう呟くと俺の心中を悟ったのかキャシーは言う


《そんなことないわよ。死に狂う斬叫―デッドストライク―だっけ?アレはアンタが編み出した技でしょ?それで倒したんだからいいじゃないの!》


 まあ確かにそうだ。うん。細かいことは気にしないようにしよう。

 救援を待つために腰を下ろす。大剣を地面に突き刺し杖代わりに休む

 だがまだ油断はできない。ここは敵地。魔の巣窟であるダンジョンだ。

 気を張りながら麻袋アイテムボックスに入っているポーションを飲み

 確実に肉体回復に専念し一時も気を緩めず待機

 そして一時間後。救援隊を連れて回復した花道さんとアリアと合流、

 俺達は無事デッドゴードの群れから帰還を果たした。


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