side 男嫌いの美少女


 男は私の敵だ。


 小学生の時から男子の気持ち悪い視線を向けられて、中学では痴漢までされた。


 私は男に傷つけられた。痴漢された日なんて、昨日のことのようによく覚えてる。あれ以来、電車に乗るのは苦手になってしまった。


 私は弱かった。そこまでされて、何も言い返せずただ泣いているだけ。


 そんな自分が許せなかった。男が憎い、男に言い返せない自分も憎い。


 だから、私は強くならなければならない。男に負けないくらい、強くならなきゃ。


 高校に入って、私は変わることを決めた。


 ずっとつけていたメガネをコンタクトに変えて、自分を強く見せるために、メイクをしたり、親友と一緒にオシャレを勉強したりした。


 学校はあえて共学を選んだ。男は相変わらず苦手だったけど、私は何がなんでも変えなければならなかった。自分のこの大嫌いな性格を。


 結果的にいえば、私は変わることができた。

 

 私はいつのまにか男子の間で「男嫌い」と呼ばれ、男から避けられ、恐れられるようになった。


 実際、私は男が嫌いだったし敵だと思っているので、特に困ったことはない。


 私は嫌なことは嫌だと言えるようになったし、男に勝てるようになった。でも、まだ中学の時思い描いた理想とは程遠い。


 だって……私はまだトラウマを克服できてない。


 それを終えて、やっと私は自分が強くなったと認めることができるのだから。

 

―――――――――――――――――――――――

 

 ついに今日、私はトラウマを克服する。


 苦手な電車に私一人で乗る!


 ……他の人には大したことではないかもしれないけれど、私は人生で一番と言って良いほど勇気を振り絞らなければならないことだった。


 私は親友にも何も言わずに一人で乗ることにした。


 親友は私が「電車に乗る」って言ったら、絶対着いてくるだろうから。


 でも、それじゃあ駄目なのだ。私一人で成し遂げなければ意味がない。


 いつまでも助けてもらってばかりじゃない、私は変わって、強くなった。もう……怖くない。


 私は意を決して、電車に乗った。


 乗った瞬間、トラウマがひどく掘り起こされて、立ちくらみがする。本当は当時と同じように、吊り革を持っていたかったが、流石に辛すぎた。


 私は席に座った、あのまま立っていたら吐いていたかもしれない。


 (三駅ぐらい乗ったら降りよう……)


 そう思っていた時、なんだか視線を感じた。視線に晒され続けて、人の視線には敏感になってしまったのだ。


 私は視線の方向をちらりと横目で見ると、


「――――」


 息を呑むほど、美しい女の人がいた。


 ヒールを履いているのもあるだろうが身長は女の人にしては高く、髪は真っ直ぐと伸びた黒の長髪。彼女の瞳には女とは思えないほどの頑丈で芯のある強さが佇んでいた。


 私は思わず見惚れていた。私が理想とした女性の姿そのものだった。私も可愛いと言われ続けていたけど、あの人には負ける。


 だからこそ、わかった。あの人もきっと私と同じような苦労があったに違いない。いや、私以上の苦労があったに違いない……と。


 だから、変な視線で彼女を覗き見るのは気が引けて、私はそれに気づいた時、すぐに視線を外した。


 ごとんごとん、と揺られる電車の中、トラウマの渦中かちゅうにいるというのに私は自分でも驚く程、落ち着いていた。


 きっと、あの女の人も私と同じような苦労をしたことのある仲間と勝手に私が感じて、気持ちが楽になっていたのだろう。


 私は名も知らぬ女性に心の中で感謝しつつ、思っていた。


 (でも、これは一人でトラウマを乗り切ったとは言えない……かな?)


 今回は偶然にも鉢合わせた女性のおかげで、心が軽くなってしまった。これでは、一人でトラウマを乗り越えたとは言えない。


(もう一回……一人で乗り直そう)


 すると、電車が徐々にスピードを落としていって、止まった。


 今日はここで降りようと、席から腰を上げると、


「マジでついてないわー」


「また、彼女に振られたのかよ」


 大声で下品に笑い合う男が電車の中に入ってきた。


 私はその男を見て、目を見開いた。


 昔、私にトラウマを植え付けた男にそっくりだ。顔とかではなく、雰囲気や喋り方など行動の一つ一つが本人そのものだった。


 落ち着いていた心が、その男を見た瞬間崩壊した。心臓の鼓動が速くなり、背中に冷や汗をかきはじめる。


「今回は?」


「あー、一ヶ月。ヤらしてくんなくて捨てた」


「嘘つけ。ヤらせろってお前が迫ってフラれたんだろ?」


「バレちゃったかー」


「はははっ! お前、いつもそれじゃねぇかよ!」


 電車という公共の場で話すとは思えない内容に、絶句すると共に、トラウマの男と瓜二つの男から目が離せない。


 見たくなんかない、今すぐにでも目線を下に向けたい。けど、目が離せない。息が荒くなり、呼吸が浅くなっていく。


 そうやって、見つめ続けているとその男と目が合ってしまった。


 すると、男はニヤリと笑って、


「あれ? おねぇーちゃん、可愛いねェ!」


 そう大声で言って、近づいてくる。


 きっと見つめ続けていたせいで、自分に気があると思わせてしまったのだろう。男は気色の悪い笑みを浮かべていた。


 私には逃げ出したいという思いが沸々と湧き上がってくる。


「いやー、俺さ。最近彼女にふられちゃってぇ。良かったら……」


「……お断りします」


 私は混乱する胸中、一言だけ絞り出して逃げるように席を立ち上がる。


「ちょ、っと、待ってよ」


 この場を後にしようとすると、男が私の肩を無遠慮に掴み、引き寄せてきた。


 怖い、怖い、怖い――


『どうせ、たくさんの男に揉ませてるんだから、俺に揉まれたぐらいで被害者ぶるな』


 突然、私の脳裏にあの言葉が浮かんだ。男が私の肩を握る力によって、私はここに何をしにきたのかを思い出す。


「……――――」


 怖いけど……私はあの時の私とは違う。ここで証明しなきゃならないんだ。私は……もう強くなったんだって。


「酷いなー俺、君に一目惚れしちゃってさ。良かったら連絡先――」


 私は決死の思いで、男の手を振り払った。


「汚い手で触れないで、けがらわしい。あなたみたいなクズ男に使う時間は私にはないし、私はあなたのこと見た瞬間から大嫌いなの。控えめに言って、あなたと付き合うぐらいなら死んだ方がマシ」


 そう、男に言い放った。


 昔のトラウマの男に言いたかったことを全て――ぶちまけた。


「じゃあ、二度と会わないことを願ってるわ」


 心臓はバクバクと鳴り響くばかりだったけれど、私は心の中で歓喜していた。


 やった。言えた! 私は変われたんだ! あの時のもう弱い私じゃない! 


 そう喜んでいた時間も束の間――


「このッックソ女! 調子乗んなよ」


「キャッ!」


 肩を掴まれた触感がしたと同時に、背中に強い衝撃がかかり、視線が急に捉える風景を変えた。


 車両をつなぐドアではなく、怒りで真っ赤に顔を染める男の姿が瞳には映される。


「お前、何様だよ。ちょっと可愛いからって図に乗ってんじゃねぇ」


 背中にじんじんと痛みが円状に伝わっていくのを感じながら、私はなお、口撃を続けた。

 

「……自分の思い通りにならないからって暴力を振るうのね。あなたの好感度もう下がることはないと思っていたけれど、まだ下があったなんて驚きよ」


 私がそう言うと、男が額に青筋を立てた。そして、脅すような低い声でもう一人の男に喋りかける。


「……おい、サカ」


「ほいほい。わかったよ、いつものでしょ」


 すると、もう一人の男は私に近づき、私の手を掴んだ。


「な、何! やめて、触らないで」


「はーいはい。ちょっと大人しくしようか」


 私は振り解こうとするも、力が足りず振り解けない。さらに男は、私を後ろから羽交い締めにして捕縛してきた。


 私は湧き出てくる恐怖を掻き消し、どうにか男から離れようと抵抗する。


「何をする気よ!」  


「……もうここでやっちまおうか、ブス。見られた方が俺興奮するし、丁度いいわ」


「おっ、いいじゃん。生意気女子高校生の口を塞いでやれー」


 しかし、私の気持ちとは裏腹にだんだんと恐怖が私の心を支配していく。


「や、やめてっ!」


「んー、どうしよ。じゃあ、さっきの謝ってくれたら離してあげるかもー」


「……あ」


 そう言って、ニチャリと不敵に笑う男を見て、私は悟った。


 ――失敗した。


 私がこんなことしなければ良かった。私は間違えた。昔のように、何もしなければ、親友と一緒に来ていれば、電車に乗らなかったら。


 こんな事態には――ならなかった。

 

「……っ」

 

 でも、そんなこと認められるわけない。ここでは絶対に謝らない。謝りたくない。それは、頑張ってきた私を否定する行為だ。


 しかし、このままいけば、私はこいつに――


「誰か助けてっ」


 最悪な考えが頭に巡った瞬間、私は乗客に助けを求めていた。でも、乗客は私と視線が合うと逸らしてくる。


 私のトラウマの記憶が嫌でも頭に巡っていく。


「うるせーな。おい、お前ら手出しすんじゃねーぞ」

 

 男は怒鳴りつけるように言うと、自分のズボンを脱ぎ始めた。私はその様子を見ながら、自分の情けなさとこれからされることへの絶望に声がかすれて……


「助け、て」


 最後に私はか細い声でまた、助けを求めた。


 誰も助けてはくれない。そんなことはわかっていたけれど、私の口は助けを求めることしかできなかった。


 ……情けない。


 私は抵抗することをやめて目をつむり、下を向いた。


 今はひたすら、現実から目を逸らしたかった……


 私の声は空気に霧散して、残酷に消えていく――かに思えた。


「ヤ、ヤマ!」


 後ろから、男の恐怖の声が聞こえて、私は目を少しだけ開く。


 そこには――


「……っ」


 ――私の理想形が拳を握り、立っていた。

 

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