第2話 ふざけた男に、正当防衛を

 俺は席から立ち上がり、まずはズボンを脱いでいる途中の男に近寄る。


「おいヤマ、後ろ!」


「なんだテメェ。手出しすん……お、結構な上玉じゃ――ッッ!」


 俺はクズ男の顔にハイヒールを履き捨てると、男は簡単に体制を崩し地面にダイブ。


「て、テメェ。おい、サカ! こいつを――ッッ」


 続けて、俺はもう片方のハイヒールを脱ぎ捨て、転んだクズ男の顔に足で、思いっきりキックを喰らわした。


「……がっ……っ」


 すると、クズ男は衝撃でゴロゴロと端まで転がっていった。数秒様子見すると、男の口はパタリと止まり、目が回っている。どうやら動けないらしい。


 次に俺は名月さんを捕まえている男に近寄った。


「ひ、ひぃ。待って。離す! 離すから!」


 男はそう情けない声を出すと、名月さんを解放して見せ、両手を上げて降参のポーズをとる。


 俺は解放された名月さんを懐に抱き寄せて……


「だからって、許されるわけねぇーだろッッ!」


 裏声で叫び、俺は男を殴り飛ばした。


 すると、もう一人の男も再起不能になり、白目をむく。


 電車内はどよめきはなくなり、静寂が訪れる。みんな、何が起きたか理解していないのか、間抜けな顔だ。


「……はぁ、はぁ」


 俺は荒い息を整えつつ、男たちを殴った拳を開いたり閉じたりして、異常がないかと現実逃避気味に確認する。


 や、やってしまった。助けるつもりはなかったのに……あーバレたら……いや大丈夫だ。うん、きっと大丈夫。そもそも、名月さんは俺のこと知らないだろ。


「……あ、の」


 俺は震える声に気づき、自分の懐に目をやると、そこには困惑顔の名月さんがいた。


 ここで、何も言わずに帰った方が俺的には良いんだけど……


「待てっ……傷害罪だろっ……こ、んなの」


 すると、クズ男さんがピクピクと体を痙攣させながら、俺を睨む。


 意外に回復が早いな、と俺がそれを見て考えていると、手の触感から名月さんの肩はピクリと震えるのを感じる。


 ……流石に今の名月さんをほっぽり出すのは駄目だな。やってしまったものは、しょうがない、最後まで責任は取ろう。


「ふ、ふざけるな! 先にお前らがあの女の子を辱めようとしていたんじゃないか! 何が傷害罪だっ!」


 俺がそう決意していると、車内から客の一人がそう叫んだ。その言葉をきっかけに車内にいた客達が一挙に声を上げ始める。


「そうよ! 私たちは見てたわっ。あなたが女の子に……ほんと、サイテーよ」


「ちゃんと動画も撮ってあるんだ! これは正当防衛だ!」


 車内の熱気が上がったところで最初に叫んだ男が、クズ男を拘束するために動き、両腕を背中に回して取り押さえた。


「て、テメェ。何しやがるっ」


「警察に突き出してやるっ。このクズ男め。そこの綺麗なお姉さん良くやった! あとは俺たちに任せてくれ」


 男は俺に向かってニコリとサムズアップしてきた。俺はそれを見て、うげーっと舌を出して嫌悪を表す。


 自分に危険があったら見てるだけだったやつが、危険がなくなった瞬間に元気になりやが――

 

 そう思った俺だったが、自分の行いを振り返り、俺は頭を振って自分を戒める。


 いやいや、俺も俺だ。最初俺は名月さんを見捨てようとしたんだから。何自分だけは違うって勘違いしてやがる。……ヒーロー気取りのつもりか、しょうもない。


 そして俺は震える名月さんを見てゴホンと咳払いし、チューニングを済ませる。

 

 裏声練習して、女声出せるようにしておいて良かったぜ。誰かに聞かせるつもりなんてなかったんだが、まさかこんな用途ようとで役に立つことになるとは。


「大丈夫? もう安心して、男どもはぶっ飛ばしたから」


 俺がそう優しく語りかけると、名月さんの震えは止まり、硬直した。


 あれ、大丈夫だよね? けっこう良い女声がだと思ってたんだが、男ってバレたか……? 


 俺の心配も束の間、名月さんの瞳からポロポロと大粒の涙があふれ出した。


「あぁー、だ、大丈夫?」


 俺は自前のハンカチをポッケから取り出し、名月さんの涙を拭き取る。


 よかったバレてないっぽい、とお門違いな考えを抱きつつ、俺は名月さんに優しい言葉をかけてから、本題。


「駅員さんに事情も説明したいから次の駅、私と一緒についてきてくれる?」


 名月さんは無言でこくりと頷いてみせる。


 すると、タイミングよく電車は次駅に止まり、ドアが開いたのを見越して俺は名月さんと一緒に降り……るまえに。


「では、みなさん。その男たちを頼みました! 私はこの女の子と一緒にここで降りて、駅員さんに事情を説明します」


 俺は電車の中の客にそう言ってから降りる。


 せっかく、やる気になってくれているんだ。役に立ってくれるっていうなら、それに越したことはない。


「どうかしましたか?」


 すると、またタイミングよく、駅員さんが現れ、俺は車内で起こったことを説明した。


 ―――――――――――――――――――――――


 説明が終わり、男達が駅員さんに連れ去られ終わった後、俺はまだ名月さんと二人でいた。


 正直、俺も傷害罪とかが怖かったのだが、どうやら正当防衛の範疇らしく、俺はすぐに解放された。

 

 しかし代わりに、少しの間、駅員さんに名月さんと一緒にいるよう言われてしまった。


 用事も特に無いし、元々そのつもりだったので俺は二つ返事で了承し、今に至る。


 やることが終わったら、名月さんを自宅に送り届けるらしいのだが。いったいどのくらいかかるのやら。


「……」


 俺は刻々と色を濃くしていく夕焼けを見ながら、約十分、俺達は無言のまま、名月さんと駅のベンチに一緒に腰を下ろしていた。


 俺は、名月さんを覗き見ると、涙は止まっているが、やはり目は赤くなっていて……


 こうやってみると学校の名月さんとは大違いだ。電車のことも怖くて泣いたんだよな? 名月さんに怖いとかいう感情あったんだ……


 俺は若干失礼なことを思いつつ、俺は疑問に思っていたことを質問することにした。


「ねぇ、なんであんな挑発するようなこと言ったの?」


 そう、名月さんにも怖い感情というものがあるとわかった今、何故男どもを逆上させるようなことを言ったのか、俺にはわからなかった。


 そのまま、何も言わずに今のように無言で立ち去っていれば、何も起こらなかった可能性もあったはずだ。


 俺が聞くと、名月さんの重い口が開き始めた。


「……私、男が嫌いなんです、大嫌いなんです」


 うぐ、と自分に言われているようで心にダメージを負うが、俺努めて平然とした態度で名月さんの話に耳を傾けた。


「昔から、私胸が大きくて。小学六年生の頃にはEカップあったんですけど」


 俺は吹いた。


 驚きで喉に唾が引っかかり、咳が止まらない。


「だ、大丈夫ですか?!」


 これ俺が聞いても良い話なんだろうか。


 いやでも、せっかく聞いたことを話してくれてるのだ。……ここは心を乙女にして話を聞こう。


 不埒なことなんて一切ない! 俺は今、誰よりも乙女だ!


「大丈夫。ごめん、続けて」


 俺が両頬を叩いてそう言うと、名月さんは若干の困惑していたが、頷いて話を続けた。


「……その胸のサイズのせいで、思春期の猿みたいな男子の視線にさらされる日々。その頃からブラをつけてたこともあって男子からは『盛ってるだろ!』って言って触られたりして、私は私の体が嫌いになりました」


 過去の話をする名月さんの目には確かな男への恨みつらみが混じっており、俺はぞくりと背筋が凍る。


「その頃から、私は男に苦手意識を持っていて、でもその時の私は弱かったから、何も言い返せなかったし、ちゃんと『やめて』って怒れもしなかった」


 俺は驚愕きょうがくの事実を聞き、目を見開く。


 名月さんのあの気の強さは最初からではなかったのか……

 

「そんなまだ弱い中学生の時に、痴漢に会って。まさに今日あったようなタイプの男の人に、後ろから胸を揉まれたんです……結局、親友が助けてくれてその男の人は捕まったんですけど。その男の人は最後に私に向かって言いました」

 


『あいつから誘ってきたんだ! 俺は何も悪くない!』

 


「許せなかった。私は揉まれていた時、あんなに怖くて、吐きそうで、苦しかったのに。男は全部私に非があると言い張った。でも私はそんなクソ野郎に――何も言い返せなかった」


 その名月さんの言葉には確かな怒りが混じっていたが、俺は名月さんを恐れる感情は湧いてこなかった。


 ただ――彼女の怒りに納得してしまった。


「……その時、私は悟りました。泣いてるばかりだと、私が悪者にされてしまうって。誰にも負けないくらい、強くならなきゃって。だから、今日、あのクズ男に会って……絶対に屈したくなかった。まぁ、最後には負けちゃいました……けど」


 名月さんはそう言うと、しばらく静寂が訪れて――俺に向かって頭を下げた。

 

「……ごめんなさい。自分でも良くない行動だったのはわかってました」


「いや、良いですよ。……十分、わかりました」


 名月さんが男に対して当たりが強いのはそんな背景があったから……だったのか。


 俺は名月さんの話を聞いて、納得するのと同時に複雑な心境に陥った。

 

「この話をしたのは親友以来です」


 すると、俺が自分の心の動きを解読する前に、名月さんがはにかんで言う。


「は、ははっ。そう、良かった。他人だから話せることってあるわよね」


「……そうですね」


 お、重い。そんな大事なこと話してくれたのか。でも名月さん、俺他人じゃないからね。クラスメートだから。マジでごめん。


 俺は心の中で謝罪していると、


「あの、改めてありがとうございました。おかげで助かりました」


 名月さんは顔を上げ、俺ににっこりと笑いかけてきた。


「あ、あぁ……う、ん」


 か、可愛い。なんだこの笑顔。顔ちっさいし、目は細目になると小動物みたいな愛らしさがでる。俺も負けていないが……美貌びぼうで学校の有名人になるだけはあるな……


 悪い方のイメージしかなかった名月さんのその笑顔の破壊力が凄まじく、可愛いに全ての感情が吹き飛ばされ、返す言葉が辿々たどたどしくなってしまった。


「あの……お名前はなんとおっしゃるのでしょうか?」


「お……わ、私?」


 すると、名月さんが改まった顔で尋ねてくる。それに俺は、自分を指差して言うと、名月さんは首を縦に振って応えてきた。


「えーと……」


 名前……かぁ。馬鹿正直に「黒木真」です。なんて言えるわけないし、でも名前を教えないってのも変だよな。


 できるだけ関係なさそうな名前でっちあげて答えるか。でも俺、名前考えるの苦手なんだよなぁ。


 俺は脳をフル回転させ、偽名を考える。


「私は……あ、あおざ。えーと、青桜あおざくらりんよ」


「青桜……さん?」


「そう、青桜。珍しいでしょ?」


「そうですね。聞いたことのない苗字です」


 名月さんは素っ頓狂すっとんきょうな顔でそう言った。


 よーし、なんとか誤魔化せたな。ちょっとだけ罪悪感だが、女装がバレるよりかは断然マシだ。じゃんじゃんウソ、ついていこう。


 俺が冷や汗をかいていると、遠くの方から声が聞こえてきた。この声は……


「お待たせしました。えーと、名月さん。お母さんが待っているので行きましょうか」


 男の駅員さん……


 俺は名月さんに視線を移すと、案の定、名月さんは不快そうな表情で駅員さんを見ていた。


「お迎えが来たみたいだし。……流石に駅員さんには暴言吐かないでよ? またね」


 俺はベンチから立ち上がり、名月さんの後から去ろうとすると――


「ま、待ってください!」


 後ろから名月さんが俺の服を掴んで、呼び止めてきた。


 や、やばい。このパターンは――


「助けてくれたお礼させてください! 連絡先!」


 彼女の片手にはスマホが握られており、彼女の表情はとても必死なものだった。


 しかし、連絡先はまずい。俺がクラスメートだってバレれば、俺の女装もそうだが、彼女にどんな目で見られるか……残念だが……


「ご、ごめんなさい。私、今スマホ持ってなくて……」


「……そ、そうなんですか」


 俺は良心が痛みながらもそう否定のむねを伝えると、名月さんはあからさまにしゅんとなり、凹んでいた。


 本当はスマホ持っているし、なんなら今もバックの中にあるのだが……ごめんだけど、連絡先は駄目だ。俺の正体がバレる可能性のあるものを渡すわけにはいかない。許せ……


「え、お姉さん、さっきスマホ、持ってなかった?」


 すると、駅員さんは何もわかっていない顔で言ってくる。


 駅員、お、お前ええええ! 何やってんだっ。


「え」


 駅員さんの言葉に名月さんは目を丸くし、俺を見てきた。


「あ、えーと、そのー」


 俺が何も言えずにいると、名月さんの顔がみるみる……


 が、がが。それはずるい……く、くそ。もうわかったよ。


 俺は諦めて、バックの中からスマホを探すふりをして、


「……あっ、ほんとだ。ごめんなさい、持ってたみたい。電話番号でも……いいかしら?」


「……は、はい! もちろんです」


 ヘタクソな「実はありました」演技だったけれど、名月さんは見つかって満点の笑顔を俺に見せてくれた。


 心が痛い……


 結局、俺は名月さんと連絡を交換……してしまった。


 ほんと、駅員テメェ、覚えとけよ。もしこれで俺がクラスメートだったってバレたら、テメェのことを生涯呪ってやる!


 俺はニコニコ笑ってある駅員さんに人知れず激しい憎悪を向けたのだった。


***********************


最新話…と言ってもまだ2話ですが、読んでくださりありがとうございます!


もし巨乳ヒロインが好き! 早く主人公とのイチャイチャが見たい! 黒木、頑張れ!


と思ってくださいましたら、

★とフォローあと♡よろしくお願いします!



 


 


 


 

 



 

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