女装好きの俺、男嫌いで有名な美少女の友達になってしまう。

わをん

第1話 男なんてサイテー(裏声)

 人が幸せを感じる瞬間。


 長年の夢が叶った時だとか、自分の子が生まれた時だとか、今のやつと比べると小さいけれど、好きな食べ物を食べる時だとか、友達遊んでいる時とか、大体の人はそう言う瞬間のことをいうのだろう。


 でも、俺は――少しだけ違う。


 高校二年生。黒木真くろきまこと

 

 俺はかつんかつんと、の音をご機嫌に立てながら、外を歩いていた。


 すれ違う人たちは全て、俺の姿を見て振り返って二度見する。きっとみんな、俺の美しさに惚れ惚れしているのだろう。


 あぁ、たまらない。この自分が世界の中心になったかのような優越感。これだから――


 ――はやめられない!


 俺は心の中でガッツポーズを決めながら、そう叫んだ。


 長年の夢なんかないし、子供は苦手だ。美味しいご飯を食べることや友達と遊ぶことは幸せではあるが、これにはまさらない。


 女装こそ俺がサイコーに幸せを感じる瞬間。


 パットをつけて胸を作り、おしゃれな服を着て、可愛いメイクをして、人に見られる。


 男子の時では味わうことのできない、この視線ハーレム状態。男どもの熱い視線が同じ男の俺に向けられていると思うと……はぁ、気持ちいい。


 今日も今日とて、俺は女装し街に出て人に見られる。自分自身の顔が中性的なこともあってか、俺の女装は完璧だ。これは俺を見る男の視線が証拠で、利他共に認めていると言って良いだろう。


(んー、日曜日なのに人が少ないな)


 そう思った俺は更なる人混みを求め、駅に向かい、電車に乗ることに。


 人の目に晒されつつ、駅についた俺は電車に乗る。やはり人はあまりおらず、人目が少ないことにがっかりしつつ、すんなりと席に座ることができたのは僥倖ぎょうこうだった。


 ヒールで歩くのってかなり疲れるし、まだ履き慣れてないから痛いんだよな。ま、可愛いから我慢するけどさ。


 俺はバックを前の方に持ってきて膝に乗せると、早速とばかりに俺は誰かに見られてないかな、と周りを見渡す。


(んー、やっぱり人いないな。見てる人も――あれ?)


 すると俺の視線は――ある服に引き寄せられた。


 濃い紅色のブレザーに、グレー無地のスカート…………あの可愛い制服は間違いない。


 (の制服!)


 今、一番会いたくない人種に俺は見事エンカウトしてしまう。


(さ、最悪だ。こんなところで同じ学校の人に遭遇するなんて)


 山添北やまぞえきた高校とは、俺の通っている高校であり、女装趣味を隠し通して普通の男子高校生として日常を送っている場所。


 一応言っておくが、俺は女装が趣味なだけの普通の高校生なのだ。


 この趣味をあっけぴろに公開するほど、豪胆ではないし、変人でもない。俺は学校ではこの趣味のことを誰にも話したりはせず、隠している。


 だから、この姿で友達に会うことは絶対に避けたい。


 (……誰か知らない人であれっ)

 

 俺は制服を着ている生徒の顔に恐る恐る視線を移すと、俺はがっくしと肩を落とした。


 残念ながら、俺はその女子に見覚えしかなかった。


 丁寧に手入れされた茶髪をサイドテールに、ちょうど百六十センチほどの身長。そして、目に入らざるを得ない胸の大きさ。あれはGいや、それ以上か……


 兎にも角にも、男子が思う女子の理想を詰め込んだような体型をしてらっしゃる美少女がそこにはいらっしゃった。


 (……名月めいげつ千秋ちあき


 彼女の名前は名月 千秋めいげつ ちあき。その容姿から山添北高校では知らない人はいないほどの有名人。


 有名なのは、容姿だけではなく、についても……彼女は極度のとして知られている。


 告白してきた男子たちは必ず玉砕、しかもとんでもない暴言を吐かれて最終的には男が泣く結果になるとか……


 同じクラスで見かけるが、男と一緒に話しているところを見たことがないし、たびたび男に向ける憎悪に似た視線は彼女の男嫌いを確信させるには十分な証拠だ。


 だから、まぁ男である俺は彼女とは一回も話そうと思ったこともないし、彼女も俺のことなんて記憶すらしてないだろう。


 俺は安堵の息を吐く。


 だが、もしかしたらということもあるし、用心に越したことはない。


 俺は彼女とは目線を合わさぬようにして、窓から外を眺めてることにした。


 (……今日は日曜なのに人も少ないし、なんか同級生に会っちゃったし。流れ良くないなー、帰ろうかな)


 俺がそんなことを考えていると、次駅に到着する。俺は降りようと、椅子から腰を上げようとした――その時。

 

「マジでついてないわー」


「また、彼女に振られたのかよ」


 いかにも女遊びしてそうなチャラ男二人組が入ってきた。


 (う、うわー、ガラ悪いなぁ。早く降り……れない)


 なんと男たちはドアの前でたむろし始め、俺はあえなく元の席に戻ることに。


 なんでこんなに席が空いているのに、椅子に座らないんだ……座ってくれ、そして帰らせてくれ!


「今回は?」


「あー、一ヶ月。ヤらしてくんなくて捨てた」


「嘘つけ。ヤらせろってお前が迫ってフラれたんだろ?」


「バレちゃったかー」


「はははっ! お前、いつもそれじゃねぇかよ!」


 電車の静けさに無遠慮な笑いが響く。内容も電車内とは言えないぐらい下品なものだった。


 別に話してても良いけどさ、声少しぐらい抑えろよ。公共の場で大声で下気味の話して恥ずかしかないのかな……


 俺は男どもにイライラしながらも、目をつけられるのを避けるために顔を伏せて寝ているフリをする。


 今日は本当にいいことが起きないなぁ……


「あれ? おねぇーちゃん、可愛いねェ!」


 すると、片方の男のどでかい嬉しそうな声が俺の耳に響いた。


 俺は誰のことかと目を片方開けて、観察するとその声は俺に向けてのものではなく――


「……なんですか」


 名月さんはあからさまにイラついており、声もどこか刺々しい。


 ま、まずい。嫌な予感しかしない……


「お前、見境なしかよっ」


 男の友達と思われる男は後ろで声を抑えずに笑っている。嫌な笑いしかも嫌なノリだ。こいつとは絶対に友達になれないだろうな。


「いやー、俺さ。最近彼女にふられちゃってぇ。良かったら……」


「……お断りします」


 名月さんは眉を寄せ不快そうな声で、そう即答して席を離れようと立ち上がった。


「ちょ、っと、待ってよ」


 男は名月さんの肩をがしりと掴み、引き寄せて、


「酷いなー俺、君に一目惚れしちゃってさ。良かったら連絡先――」


「汚い手で触れないで、けがらわしい。あなたみたいなクズ男に使う時間は私にはないし、私はあなたのこと見た瞬間から大嫌いなの。控えめに言って、あなたと付き合うぐらいなら死んだ方がマシ」


 ――空気が凍る。


 噂通りの男嫌いっぷり。というか、暴言ぷり。これ、普通の男子生徒が言われたらそりゃあ泣くよ。しかし、このチャラ男に対してそれは……


 言われた当人のクズ男さんは何が起こったのか理解できずに、呆然と突っ立って硬直していた。


「じゃあ、二度と会わないことを願ってるわ」


 名月さんはそう言い残し、肩の手を退けて去ろうとする。しかし――


「このッックソ女! 調子乗んなよ」


「キャッ!」


 男は名月さんの肩を力強く掴み、席に放り投げた。先ほどとは違い怒りに満ちた声に変わっている。


 その出来事により、電車内でざわめきが起こり始めた。


 ――嫌な予感が的中する。


「お前、何様だよ。ちょっと可愛いからって図に乗ってんじゃねぇ」


 男の声は荒ぶっており、今にも名月さんを殴りそうな勢いだ。


 だが、俺は寝るふりを続ける。


 俺としてはここで名月さんが何かされようと、自分の女装好きが名月さんと関わることでバレることの方が怖いのだ。


 人間なんて自分の損得で動いてるだけ、親切な人も裏では自分の得するようなことを考えているもの。


 だから、今のような損しかないこの状況に俺は首を突っ込んだりはしない。俺だけじゃなく誰も。


 証拠に、ちらちらと覗きは見るもののスマホに目を戻す奴らばかりだ。助けようと体を動かす奴はどこにも見えず、なんなら、巻き込まれないように別車両に逃げるヤツすら見えた。


 俺は関係ない、関係ない、関係ない。


 俺はそう心の中で唱え続ける。


「……自分の思い通りにならないからって暴力を振るうのね。あなたの好感度もう下がることはないと思っていたけれど、まだ下があったなんて驚きよ」


 俺は目を瞑り、声だけを拾っていると、名月は案外平気そうで、少しだけ安心する。 


 このまま、次の駅に着いてくれれば名月勝手に逃げて、警察に行って……うん、やっぱり大丈夫だ。


 俺は自分の心を抑え、目をつむり続ける。


「……おい、サカ」


「ほいほい。わかったよ、いつものでしょ」


「な、何! やめて、触らないで」


 な、なんだ。何をしているんだ、この人ら。


 ざわざわと更に電車内のどよめきが増していく。


「はーいはい。ちょっと大人しくしようか」


「何をする気よ!」  


「……もうここでやっちまおうか、ブス。見られた方が俺興奮するし、丁度いいわ」


 は?


「おっ、いいじゃん。生意気女子高校生の口を塞いでやれー」


 とんでもないことを言い出したチャラ男の発言で、俺は片目を開き思わず状況を確認した。


 チャラ男は、自分のズボンのチャックを開き始めており、もう片方の男は、名月さんを捕まえて、身動きが取れないようにしている。


 流石の乗客も無視してスマホをいじるものはいなかったが、誰も助けにはいかなかった。


「や、やめてっ!」


「んー、どうしよ。じゃあ、さっきの謝ってくれたら離してあげるかもー」


「……あ」


 俺は関係ない、関係ない、関係ない、関係ない。関わったら、俺の趣味がバレる、俺に被害が及ぶ。


 俺はまた目を瞑り、心の中で唱え続ける。


「誰か助けてっ」


「うるせーな。おい、お前ら手出しすんじゃねーぞ」


 名月さんの聞いたことのない恐怖心の混じった声で助けを求めるが、無惨にも男によって阻止される。


 …………怖がってる。聞いたことのない、声。


 俺は名月さんの助けを求める声につい目を開いてしまって、


「助け、て」


 そして、俺の目の中に――恐怖を浮かべる彼女の表情が写った。


 それを見た瞬間、勝手に俺の体は動いていた。



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