第3話 次の日
――コケッコッコー、コケッコッコー!
「……うるせぇ」
俺はベットの横に置いていたスマホを手を伸ばして、素早く布団の中に誘う。
六時半と書かれたスマホ画面を見てから、俺は停止ボタンを押してスマホを外に放り出すと、また布団に潜り込んだ。
(あぁー、寒っ寒っ……)
意識が覚醒したことで、体がだんだんと外の温度を感じ始めて、無意識のうちに縮こまってしまう。
まだ五月とはいえ、朝は結構冷え込むし、俺の体は熱を布団から放出することを
(あー、やっぱり布団最高。一生ここにいたい)
六時半と早起きできたし、二度寝を決め込むか――そう思った直後、俺の部屋のドアが無遠慮な大きな音を出しながら開いた。
「真っーー! 朝だーよぉっ! とぉい!」
「――うぐっ!」
その朝とは思えない叫び声と同時に、俺の布団という絶対領域に約五十キロの衝撃が加わり、俺は思わず声を上げる。
「朝ダヨォー!」
「……」
無視だ。無視を続けるんだ、そうしなければ図に乗って、うざい絡みが
「朝ダヨーま•こ•とっ! 起きてっ!」
その声が聞こえた瞬間、シーリングライトの光が俺の
「うっ……クソ姉貴……布団返せ」
俺の姉こと――
俺の溜め込んだ熱が逃げ、体が冷えていく……と思いきや、体が妙に暖かい。
「――――っ」
姉貴が、俺に抱きついていた。
俺は気持ち悪さに体が一気に冷え、大声で叫ぶ。
「引っ付くなっ、きもい!」
「えー、起こしてあげたんだから、ありがとうのハグぐらいいいじゃーん」
「俺は起こしてなんて一言もお願いしてない! それに俺はもう自分で起きてたし」
俺は寝起きの最大限の力を使い、ハグしてくる姉貴の両腕を掴み遠ざけ、キスしようとしてくる顔を足で踏んづけて止める。
「姉貴、良い加減にしろよ! 俺は姉貴と違って、まだ寝てても良いの! 早く学校行けよ!」
「もう、真の照れ屋さんっ! 寝てても良いなら、なんで六時半にアラーム鳴らすの? そ•れ•って私を見送るために鳴らし――」
「違うっ、俺は二度寝が好きなんだよ! 都合良く解釈するなっ!」
「二度寝っ?! わかった。私と一緒に寝ましょうか!」
「なんでそうなるんだよっ! やめろ!」
俺の静止も
せ、狭い……
俺のベットは普通のシングルベッドなので、俺とほぼ同じ身長と横幅の姉貴が入ると、本当にぎゅぎゅうで暑苦しくて寝れたものではない。
そして、抱きついてくるのが余計暑苦しいし、うざい。
「離れろ……てか、出てけっ!」
「ふふふっ、あともうちょっと……」
「キ、キモいんだけどっ!」
俺は不気味な笑いをしながら、くっついてくる姉を本気で恐れながら叫ぶ。
く、くそ。力が強い。離せねぇ……
すると、姉貴は俺の耳に近寄り、息がかかるくらい顔を近づけて
「――ねぇ……いつ性転換するの?」
俺は内容と伝え方のダブルの気持ち悪さに身震いしながら、姉貴の馬鹿力から逃れようと体の奥から力を引き出す。
「一生しねぇよ!」
「まだ男に未練があるの?」
「お、れは男にしか……っ未練はない……っ。イテテテッッ!」
「好きな男の理想の女になりたいってこと? それならなおさら切り落とさないと!」
姉貴の片手にはいつまにかハサミが握られており、チョキチョキと音を鳴らし、俺のアソコに近づけてくる。
「ちょ、おいやめろ! 何しようとしてやがる!」
「セルフカットよ」
姉の怖すぎる言葉に俺は顔が引き攣る。
髪の毛でさえ、セルフカットすると前髪パッツンでバッドエンド直行なのにアソコ、セルフカットって……死ぬだろ!
「話を聞け! 俺は女になりたくねぇんだよ! ずっと男のままがいい!」
俺がそう言い返すと、姉貴はキョトンとした顔つきになって
「そんな……お姉ちゃんに心配かけさせたくないからって嘘をつかなくても良いんだよ? 私、そういう性別の偏見とかないからね」
「もう、何言ってもダメじゃねーかっ!」
俺が力の極限に達すると、背中に絡まった腕の力が急にフッと抜けた。
「んー、このくらいで十分かな。よし」
そう言うと、姉貴はベットから起き上がり、俺を指差して言った。
俺は荒くなった息を整えるために、肩で息を吸っていると、
「女装も程々にして、運動しなさい! そんなパワーだと、暴漢に襲われた時、対処できないわよ! じゃ!」
そういきなりすぎる警告を俺に言ってから、姉貴は俺の部屋を駆け足で去っていった。
「余計なっ……お世話だっ。ク、……クソ姉貴!」
俺は乱暴に開かれ、開きっぱなしになった扉向かって姉貴に届く様にかすれた声で叫ぶ。
姉貴=暴漢なんだが、いや暴漢よりも姉貴の方が怖いな。……姉貴に対抗できるよう運動しとこう。
「……はぁ」
あと……今度からこの時間にアラーム鳴らすのやめよ。
俺は疲労の溜息をついてから、布団をかぶりもう一度寝る体勢に入ろうとすると、
――カサッ
背中に違和感を感じた。
「……なんだ?」
俺は背中に手を当ててみると、どうやら何かの紙が俺の背中に張り付いており、俺はそれを手に取って確認する。
その紙には、丁寧な字でこう書かれていた。
『性転換するなら、日本よりタイがおすすめだよ by真の大好きなお姉ちゃんより♡』
「……」
俺は読み終わると、ベットを下に立ち上がり深く息を吸って、
「しないって言ってんだろッ! クソ姉貴があああ!」
姉への悪態を叫びながら、紙をビリビリに破って、ゴミ箱に捨てる。
俺は女装が好きなのであって、別に女になりたいワケじゃない。普通に女の子が恋愛対象だし、生まれ変わっても男で生まれたい。
「……たく。目が覚めた……」
俺はベットから離れると、姉貴が外に出ていった扉の音を聞いてから、一階へと降りる。
「真? 今日はずいぶん早いわね」
すると姉貴とは違い、朝に優しい柔和な声が俺の耳に入った。
――母さんだ。
「……姉貴に無理矢理起こされたんだよ。あー、ムカつく! 母さんからもなんか言ってやってよ」
「真珠は真のこと本当に好きだからねぇ。構ってあげて」
「嫌だよ。めんどくさい」
俺がそう切り捨てるように言うと、母さんは困ったように笑う。
母さんには悪いが、あのテンション泥酔女子高校生に構ってたら俺の精神と性別が崩壊しかねない。
俺ははねた髪を
「それで……さっき上からものすごい大声が聞こえたけど、何かあった?」
俺の体がびくりと跳ねる。
「……ちょっと、タンスの角に小指ぶつけちゃっただけ」
「そう、それなら良いけれど。あんまり大きな声出しちゃ駄目よ? 朝だからね」
「……はーい」
俺は不安を押し殺しながら、いたって
姉貴には女装について話しているが、母さんや親父には一切このことは内緒。
母さんや親父に話したところで、受け止めて……いや、喜びそうではあるが、親に正面から「俺女装して外を歩き回ってる」なんて言えるわけがない。
例え、親がどんな反応するかなんて予想できたとしても……だ。
それに、第二、第三の姉貴が生まれるとなると冷や汗が止まらない。そんな事態に陥ったら、俺はこの家を出ていくしかなくなる。
「母さん、今日はもう出るよ」
「まだ七時回ったばっかりよ? 早すぎない?」
「そういう気分なんだよ」
本当は話を深掘りされたくなくて、この場から離れたいだけだが……
「じゃあ、もうご飯食べるのね」
母さんはそんな俺の心境なぞ知らずに、朝ごはんをテーブルに並べ始める。
ベーコン、卵焼きついでにレタスをトーストで挟んだサンドイッチとココア。
朝ご飯あまり食べない派の俺からするとありがたい軽いメニューだ。
「いただきます」と言ったあと、俺はまずサンドイッチから手をつけ、次にココア、サンドイッチと繰り返す。
食べ終わる頃には腹は膨れ、姉貴によって朝イチから溜まったストレスが解消されていたのを感じた。
「美味しかった?」
「フツー」
母さんがいつも聞いてくる質問に俺は淡々と答える。
すると、母さんは眉を寄せて、不満の視線を送ってきた。
「またそればっかり。真珠はいつも美味しいって言ってくれるのにねー?」
「……美味し、いよ」
「ふーん。そうでしょうとも」
「……くっ」
あのクソ姉貴と比べられるのだけは
俺がそう褒めると、母さんはニマニマと笑って俺を見る。
「……」
俺は空気に耐えきれず食器を洗面台に出すと、早足で洗面台に急いだ。
顔を洗い、髪を直し、歯磨きをする。洗面台でする一通りの身支度を済ませたら、俺は二階へもう一度登り、制服を着た。
部屋にある姿見で自分をもう一度確認したのち、俺はドタドタと階段を駆け降りる。
「あ、真」
「行ってきまーす」
俺は母さんの返事を待たず、玄関ポーチに置いてある自転車にまたがり、学校に向かって自転車のペダルを回し始めた。
―――――――――――――――――――――――
「真っー! お弁当っ……行っちゃった……届けた方が……でも……怒るわよねぇ……何をあんなに急いでたのかしら……?」
―――――――――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます