第38話 思いをくるむ魔法

 次の瞬間、不思議なことが起きた。手元のパーツがほんの少しパッと光ったのだ。本当に一瞬だけ。

 おそるおそるプラスチックケースを指で押し出してくるみボタンを取り出した。

 ころんっと作業台に転がったくるみボタンを見て僕は声を上げた。


「わっ!模様が浮かび上がってる!」


 真っ白な無地の布に模様が浮かびあがっていたんだ!

 うすいピンク色とうぐいす色が混じり合った優しい色合いをしている。見ていると心がほっとするような色合いだった。正面、ノアの隣に座る藤咲さんの方を見ると頬杖をついて楽しそうに笑みを浮かべている。


「思いを込めるとその思いに合わせて布が色づく魔法をかけたんだ。水上君のくるみボタンの色合い、とっても優しくて温かみがあっていいね。きっと優しい思いを込めたんだろうね」

「あ……ありがとう」


 作品だけじゃなくて僕が込めた思いまで褒めてもらえるのは嬉しくてほんの少し恥ずかしかった。


「おりゃっ!」


 ノアの野太い声と共に作業台が揺れる。僕と同じようにプラスチックケースの中が光ったんだけど、僕よりも強い光りを放っていた。


「ほらよ!完成だ!」


 ぶっきらぼうに言うと、ノアは乱暴にくるみボタンを取り出した。カランッと転がり出たクルミボタンに僕と藤咲さんは口を開ける。

 ノアのくるみボタンの色は……淡い薄紫色から白にグラデーションされた色をしていたんだ。所々ラメも入っているのかキラキラしていた。

 この色合いって……。

 僕は藤咲さんに視線を向ける。そうだ。藤咲さんが来ているワンピースの色合いにとっても似てるんだ。


「もしかして……。ノア、藤咲さんへの思いを込めたの?」

「う……うるせーな!俺様はマホ以外の人間のことなんて考えられねえから……」


 上ずった声のまま腕組をしてそっぽを向いた。長い前髪のせいで表情がよくみえなかったけどほんのり頬が赤くなっているのが確認できる。

 ノアは本当に藤咲さんのことが大好きなんだな……。それはそうか。傷ついたところ助けてもらったんだもんね。それだけじゃなくてこんなに優しいんだ。好きになっても不思議じゃない。

 ノアの姿を見て心が温かくなると同時に魚の骨がのどにひっかかったみたいな気持ちになる。どうしたんだろうな僕は。藤咲さんがたくさんの人に好かれるのはとってもいいことで幸せなことのはずなのに……。


「そうなの?ノア」

「……」


 ノアは僕らに背を向けたまま何も答えない。折角勇気をだして藤咲さんのために行動したのに。このまま終わるのはなんだかもったいない。


「そうだ!せっかくだからさ!そのくるみボタン、藤咲さんがもらったら?はじめてノアが作ったものだし……」


 僕の提案にノアの背中がぴくりと動く。藤咲さんはぱちぱちとまばたきを繰り返しながらも作業台に転がっていたくるみボタンを手にして微笑んだ。


「じゃあ……そうしようかな。この色合い、私が一番好きな色だし。ありがとうノア。大切にするね」

「お……おう……」


 消え入りそうなノアの声を聞いて僕と藤咲さんは笑い合った。ノアってば分かりやすく照れてるなー。


「はじめてつくったけどよ……。ハンドメイドってやつも楽しいのな……」

「お。ノアもハンドメイド魂に火が点いたか?僕と一緒に色々作って行こうぜ!」


 僕がにやにやしながらノアを眺めると、僕らの方を向いてノアが叫んだ。


「俺様はとじゃない!マホと一緒に作るんだ!」


 僕はノアの発言にまばたきを繰り返す。

 あれ?今、なんて言った?『ひよこ野郎』じゃないんだ。


「良かったね。ノア。水上君とお友達になれて」


 どうやら僕は『ひよこ野郎』から卒業できたようだ。藤咲さんの言葉にノアは腕組をしたままふんっと鼻を鳴らした。


「友達じゃねえ!」

「まったくもう。素直じゃないんだからノアは!ハンドメイド友達になろうよ」

「うるせえ!ならねえからな!」


 僕がふざけた口調で言うとノアは舌を出してきた。ほんの少しほっぺたが赤く染まっていて照れ隠ししているのがバレバレだ。強がるノアが面白くて、僕は口を開けて笑った。つられて藤咲さんもくすくすと肩を揺らして笑う。

 こうしてノアもハンドメイド作りに加わって、藤咲さんを魔法使いに戻すための日々がスタートした。


 藤咲さんが僕は違う世界に生きているというのがいまだに信じられないけれど、いつか魔法界に帰るその日まで。いっしょにたくさんハンドメイド作品を作っていけたらなんて思ってる。

 大魔法士だいまほうし様だけじゃなく、藤咲さんのお母さんとお父さんにも藤咲さんの優しさがちゃんと伝わるといいな……。それとノアは危険な奴じゃないってことも。

 だから今日も僕は藤咲さんのとなりでハンドメイド作品を作るんだ。

 

 いつものように僕はカランカランっとドアのベルを鳴らした。

 おとぎ話から飛び出てきたようなオレンジ色の屋根に壁に蔦がかかった可愛らしい家。ふんわりとした黒いワンピースを身につけた魔法使いみたいな女の子が飛び出してきた。


「ようこそ!ふしぎハンドメイドショップ『ウィステリア』へ!」

 

 

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