第34話 理由

「……私はね、こことは別の世界……魔法の存在する世界の魔法使いだったの」


 藤咲さんは『魔法使い』という言葉を口にするとほんの少し悲しそうな顔をする。藤咲さんの手元に座ったノアが心配そうに顔を見上げていた。


「私の住む魔法界ではね。正式な魔法使いになるための試験があって、ライセンスを持った魔法使いしか魔法を使うことができないんだ。魔法を使って悪いことをする人もいるから」

「へえ。しっかりしてるんだね」


 あまりにも僕の背筋がぴんっと伸びているので藤咲さんは「そんなに真剣に聞かなくていいよ」と言って笑みをこぼした。


「ジュースとか、お菓子とか食べながら聞いて大丈夫だから」

「それじゃあお言葉に甘えて……」


 緊張で喉が渇いていた僕はオレンジジュースを口にする。


「それでね。私は間違った魔法の使い方をして……正式な魔法使いじゃなくなっちゃたの。さっき言ってたみたいに悪いことしちゃったんだ」

「マホは悪いことなんてしてない!」


 ノアが立ち上がって大きな声を上げたので僕はなんとかノアを落ち着かせようと試みる。


「落ち着くんだノア。藤咲さんが悪いことをするような子じゃないのは僕も分かってるから。その……藤咲さんは何をしたの?」


 藤咲さんは顔をうつむかせ、ふうっとため息をついてから話し始めた。


「魔法界には『魔法獣まほうじゅう』っていう、人の何倍も魔力を持った危険で邪悪な生き物がいるんだけど……私は傷ついていた魔法獣を魔法で助けたの」

「『魔法獣』ってさっきノアに向かって言ってた呪文で……」


 僕はあることに気が付く。ハッと視線を向けるとノアは腕組をして得意気に答えた。


「俺様こそ、誰もが恐怖しひれ伏す『魔法獣』なんだ!」

「ええーっ?ノアが?」


 驚きすぎて思わず作業台に足をぶつけてしまう。邪悪なのは分かるけど、こんなにかわいい姿のノアが危険生物?とてもじゃないけど信じられない。


「大丈夫?水上君」

「いててて。ごめん。大丈夫……続けて」


 僕は足をさすって藤咲さんに話の続きをうながした。


「人間界の空き地と魔法界にある私の家を繋げて私は今ここにいるの」

「ここも魔法界に繋がってるってこと?すごいや……!」


 工事している様子もなく突然藤咲さんの家が現れた理由もうなずける。僕は思わず作業場を見渡した。僕の目には普通の室内にしか見えないけれどもうひとつの世界に繋がっていると思うとワクワクする。


「魔法界のお家なのに藤咲さんのお母さんとお父さんに一度も会ったことないね」

「それはね……。ふたりとも私が悪いことをしたからすっごく怒ってるの。ひとりでどうにかしなさいって。だからこの家には帰ってこないんだ」


 藤咲さんが作業台に視線を落としながら言った。その表情は寂しそうでとても悲しそうだった。


「藤咲さんのお父さんもお母さんも厳し過ぎないかな?いくらなんでも子供をひとりきりにするなんて……。危ないよ」


 僕が怒りのこもった声で言うと藤咲さんは小さく首を横に振った。


「悪いのは私だから。仕方ないよ。お父さんとお母さんはすごく偉い魔法使いでね。私の失敗にはかなり厳しいんだ。大丈夫、家事もご飯も掃除も魔法道具の力を借りているから。だからこれぐらい何ともないよ」


 魔法道具か……。すっごく気になるけど今は聞くべき時じゃない。

 僕には藤咲さんにちゃんと伝えたいことがある。


「ノアも言っていたけど藤咲さんは悪くないと思うよ。だっていくら悪い奴でも怪我をしていたら放っておけないし……助けなきゃ。ノアだってちょっと意地悪かもしれないけど、良い所だってあるんだ」


 僕の言葉に藤咲さんは顔を上げる。ノアもじいっと僕のことを見上げていた。


「だから魔法界の人達も藤咲さんのお父さんとお母さんも間違ってるよ……」


 思わず感情的になって声が掠れてしまう。だって、こんなのひどいじゃないか。藤咲さんの優しさがこんな風に踏みにじられるなんて。お父さんやお母さんにも分かってもらえないなんて……。

 僕はぎゅっと強くこぶしをにぎった。


「水上君……」

「『魔法獣』の恐ろしさを知らねえからそんなことが言えるんだ!でも……まあ、ひよこ野郎にしては良いこと言ったんじゃねえの?」


 ノアは照れくさいのを誤魔化すために僕から背を向けてしまう。しっぽはゆらゆらと左右に揺れていた。


「そう言ってくれるのはありがたいけど……『魔法獣』を助けるのは魔法界ではいちばん悪いことなんだ。普通なら魔法使い失格になるところだったんだけど……特別に大魔法士様がライセンスを取り戻すチャンスをくれたの」

「チャンス?」

「それはね。魔法界と繋がりのある人間界で正しい魔法の使い方をすること……」

「それってどうすればいいの?」


 痛む足に構わず僕は作業台に手をついて前のめりになっていた。


「魔法使いはね……。自分の得意なことと魔法を掛け合わせて、世界をより良くしていくことが使命なんだ。私の得意なことは『ハンドメイド』」

「分かった!魔法のかかったハンドメイド作品でたくさんの人を笑顔にすればいいんだね!」


 僕の答えに藤咲さんは静かに頷く。

 そっか。そういうことなら僕も協力できそうだ。


「だったら僕も協力するよ!これまで通り、一緒にハンドメイド作品を作って行こう!」

「……うん!ありがとう水上君!」


 強張っていた藤咲さんの笑顔が安心したような表情に変わって安心する。

 そんな僕らの間にノアが両手を上げて入り込んでくる。


「おい!ふたりだけずるいぞ!俺様だって……ハンドメイド作品を作るんだ!」

 

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