第31話 男の子の正体
「こら。人を驚かせないの」
衝撃で呼吸も忘れ、体も動かせなかった僕の隣から手が伸びる。僕はなんとか元の僕に戻った。
隣に立っていたのは藤咲さんだ。レース地の薄紫色のワンピースを着ていた。日傘を差して肩にはエコバックが掛かっている。どうやら買い物に出ていたようだ。
「マホ……いてえよ」
さっきまでとげとげしかった男の子が額を押さえて萎れる。あまりの変わりように僕は目を疑った。
いや。そんなことよりもすっごく仲が良くないか?藤咲さんが人にデコピンするなんて絶対にありえない。それほどまでに藤咲さんが心を開いているということなのだろうか……。ということは本当にこの男の子は藤咲さんの『彼氏』なのか!言葉にならない衝撃の波が僕の心に打ち寄せる。
「ごめんね。水上君。ノアが驚かせて……」
「そっか。ノアか……。え?ノアってあのノア!?」
僕が大声を上げると目の前の真っ黒な男の子……ノアが舌をちらっと出した。
「正体バラすなよ。もう少し遊んでやりたかったのに」
一体どういうことだろう。ノアは黒猫の羊毛フェルトのかわいいマスコットだったのに!僕は人間の姿のノアをまじまじと見つめる。
信じられないけど話し方やこの生意気な感じ。全身が真っ黒なところはノアそのものだ。
「そういえば水上君。こんなところでどうしたの?」
「ええっと……お菓子!お菓子を渡しに来たんだ。いつも作業場にお邪魔させてもらってるからさ」
僕は慌てて地面に落としたお菓子を拾いあげる。クッキー割れてなければいいけど……。
「ラッキー!ありがとな!ひよこ野郎」
ノアが僕の手から紙袋をひったくる。ノアが受け取るのも藤咲さんが受け取るのもそう変わらない。結果的にふたりで食べるんだろうし。だけどやっぱり藤咲さんに受け取って欲しかった。
僕はノアのことを無言で睨んだけれどノアは全く気が付いていないようだ。紙袋を手に鼻歌を歌ってる。
「ノア!そんなことしたら失礼だよ。水上君ごめんね。お詫びにお茶でも飲んでいって」
「いいの?あ……でもいつもお邪魔して悪いなって思ってお菓子を持ってきたのに。またお邪魔しちゃっていいのかな?」
僕の行動は矛盾していないか?考え込む僕の様子を見た藤咲さんがふふっと笑う。
「そんなに深く考えなくて大丈夫だよ!私から誘ってるんだし。全然迷惑じゃないよ」
「俺は迷惑してるけどな」
ノアは不機嫌そうだったけど。結局僕はいつも通り、作業場にお邪魔することになった。
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