思いをくるんだくるみボタン
第30話 知らない男の子
僕の足取りはスキップしてしまうほど軽い。夏が近いということもあってじんわりと額に汗が浮かぶ。衣替えしたばかりの半袖半ズボンからはほのかに押し入れの香りがする。
僕がこんなにルンルンなのは今日は土曜日ということもあるけれど何と言っても今日は……藤咲さんの家に向かっているのだから!
いつもハンドメイドショップにお邪魔してばかりだったからお礼をしたくて今日はお菓子を持ってきている。
突然お菓子を持って来たら驚くだろうな!
事の発端はお母さんにネックレスをプレゼントしたことから始まる。僕が作ったネックレスをお母さんとても喜んでくれた。
「綺麗じゃない!こんなのよく作れたね」
「藤咲さんに教えてもらいながら作ったからね」
僕が胸を張って答えると妹がすかさず突っ込んだ。
「出た!また藤咲さん!」
「もしかしてまたお家にお邪魔したの?」
お母さんの声が変わる。まるで雷が落ちる前のお母さんの雰囲気に似たものがあったので僕はびびりながらも頷いた。
「いつもお邪魔してるんだからお菓子ぐらい持っていきなさい!ほら、お金渡すから!」
そう言って僕のお小遣いの数倍はあるお札を手渡してきた。でも困ったな……藤咲さんに渡すお菓子って何がいいんだろう。まさかポテトチップスとかグミなんてダメだろうし……。全然おしゃれじゃない。
お札を見てオロオロしている僕に妹の陽向が助け舟を出す。
「駅の近くのさ~。あのお菓子屋さんの動物クッキーがいいよね。かわいいし、パッケージもおしゃれだし~」
「い……行ってきまーす!」
こっちを見てにやりと笑うのが気に入らないけど……ありがたい情報だ。お母さんと妹の視線から逃れるように家を飛び出した。
無事に駅前の可愛らしいクッキーの詰め合わせを手に入れ、僕はこうして藤咲さんの家に向かっているというわけだ。
藤咲さんどんな反応するかな……。あのおしゃれなアーチ型の門が見えてきたところで僕は足を止めた。
インターフォンを探すけれど見当たらない。表札の近くに小さなベルが掛かっているのを見つける。音楽室にあるような、振ると音が鳴るあのベルだ。
これを鳴らすのかな?とても家の中に居る人が気が付く音が出るとは思えないけど。僕は半信半疑でベルをカランカランと鳴らす。
ドアが開いて僕はドキッとした。ベルの音、室内でも聞こえるんだ!
ふんわりとしたおとぎ話の登場人物みたいなワンピースを着た藤咲さんが来てくれるのだと思ったら……。
出てきたのは男の子だった。
黒髪で前髪が長い。ほっそりとして猫背だ。黒いシャツに黒いスキニー。全身真っ黒なのになんだか様になっていてカッコイイ。
僕の目の前までくると、不機嫌そう睨みつけてきた。前髪が長くて顔が良く見えないけれど鼻がすっとしていて顔が小さい。整った顔立ちは白金君に負けないぐらい女の子からキャーキャー言われそうである。
「何か用かよ」
「え……と?ここって藤咲真歩さんのお家ですよね?」
「そうだよ」
なんなんだろう。この口の悪い子は。僕とそう年齢が変わらなそうなのに巧以上に失礼だ。
「藤咲さんは……いますか?」
「いねーよ。だからとっとと帰んな」
そっぽを向く男の子。あまりにも失礼なので僕はカッとなった。
「君は一体なんなの?ここは藤咲さんの家だよ?」
「ああ俺?俺はね……」
黒い男の子は怒る僕を楽しそうに眺めた後で驚くべき一言を放ったのだ。
「マホのカレシ」
「え……?」
衝撃のあまり僕は手に持っていたお菓子の入った紙袋を落としてしまった。
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