第28話 ネックレスの金具付け

 藤咲さんの手に握られていたのは少し大きめのネジみたいなものだった。先端が鋭く尖り、ねじねじしている。

 

「それ……何?」


 僕が恐る恐る問いただすと藤咲さんは笑顔で答えてくれた。


「これは『ハンドドリル』って言ってね。作品にパーツを取り付けるための穴を開ける道具だよ」


 藤咲さんは手際よく僕達の作品に「ハンドドリル」で小さな穴を開けた。ぐりぐりとネジを回すように動かすと簡単に小さな穴が空く。

 続けて藤咲さんが木の小箱から取り出したのは小さな突起みたいなパーツだった。フックみたいだけど、先っぽが丸まっていてどこかに引っ掛けることはできない。その代わり穴に何か通せそうだ。


「これは『ヒートン』。この穴にチェーンを通してネックレスにするの。キーホルダーにもこのパーツが使われてるから皆見たことあるかもね」


 つまむのがやっとの大きさのパーツを見て僕は思い出した。確かにキャラクターのキーホルダーの頭にはいつもこんなようなパーツがついていたような気がする。

 ヒートンなんて名称があるなんて知らなかったけどね。


「へえ……」


 白金君も初めて知ったようで、藤咲さんの手元をみながら大きく頷いていた。

 それから藤咲さんは目がしょぼしょぼしてしまいそうな作業を、僕らの前で難なくこなしてみせた。

 あんなに小さな穴に小さなパーツをはめ込むなんて……。やっぱり藤咲さんはすごい。

 藤咲さんの真剣な表情につられて、僕らも思わず真剣な面持ちになる。息をするのも忘れるぐらいに藤咲さんの手元を眺めていた。


「おいっ!お前らマホのことじろじろと見るんじゃねえ!」

「痛っ!」

「いてっ!」


 白金君と僕はノアにおでこを蹴られたことでやっと正気に戻った。僕と白金君はおでこをおさえながら笑い合う。

 無事に藤咲さんがヒートンを取り付けたところを見届けると、藤咲さんは戸棚に置いてある薄っぺらい缶を抱えてきた。

 魔法陣が描かれたおしゃれな淡いピンク色の缶だった。何か魔法道具でも入っているんだろうか……。

 藤咲さんが蓋を開けると中から現れたのは色んなネックレスチェーンだった。勝手にひとりでワクワクして少し恥ずかしくなる。


「あとはネックレスチェーンを取り付けるだけだけど……。どれがいいか選んでほしいな」

「ネックレスのチェーン部分ってこんなに種類があったのか」


 白金君が驚きの声を上げる。色はシルバーとゴールドのものが多かったけれどその形状は様々だった。

 チェーンの目が細かいもの、荒いもの。ねじれているものなど本当にたくさん種類がある。

 ネックレスはモチーフだけではなくチェーン部分にも個性を出すことができる。チェーンも含めて作品なのだと思い知らされた。

 ハンドメイドって本当に奥が深いな……。僕は腕組をしてうんうんとひとり頷いた。


「どれがいいんだろう」

「ヒートンがゴールドだから色を合わせるといいかもね。おばあさんが身に着けている所を想像して選ぶといいかも」

「おばあちゃんに似合うネックレスチェーンか……」


 白金君は目をつぶる。たぶんおばあちゃんのことを想像しているんだろう。なんだか僕まで緊張してきた。

 沈黙が続いた後、白金君はそっとひとつのネックレスチェーンを指差した。それは目の細かい綺麗なネックレスチェーンだった。

 大人っぽいデザインでなんだかとってもいい感じに見える。


「いいものを選んだね。それじゃあネックレスチェーンを通してみようか」


 白金君は目を細めながらネックレスチェーンをヒートンの穴に通した。僕も目の細かいシルバー色のネックレスチェーンを選ぶ。

 細かい作業には集中力がいる。決して得意ではないけれどできた時の達成感はものすごく大きい。


「できたあーっ!」


 僕と白金君の声が作業場に響いた。大喜びする僕らを見守るように藤咲さんが拍手を送ってくれる。


「まさか俺がこんなもの作れるなんて……。信じられない」


 ヒマワリと水色の空。まるで夏を閉じ込めたみたいなきれいなネックレスを掲げながら白金君が呟いた。


「本当に綺麗だよね!売り物みたい!絶対おばあちゃん喜んでくれるよ!」


 隣で白金君の作品を見上げて興奮気味に感想を伝えると、白金君が「ありがとう」と照れくさそうに笑う。


「水上君の作品も涼しそうで綺麗だよね。誰かにプレゼントするの?」

「ありがとう藤咲さん。そうだな……僕はお母さんにあげようかな。妹の陽向にはまだ早いだろうし」


 海岸を思わせるネックレスを揺らしてみせる。


「最初は俺が作るなんてって思ってたけど、作って良かった。楽しかったし、この世にひとつしかないネックレスだもんな!」


 僕も白金君と同じぐらい嬉しくなった。

 ハンドメイド作品最大の魅力はこの世にひとつしかない、思いを込められたものであるということだ。

 それだけで特別な気持ちがしないだろうか?プレゼントされた人だけでなく、作り上げる人達もドキドキワクワクする。

 嬉しさを分かち合っていると、五時を知らせるチャイムが聞こえてきた。


「もうこんな時間か。帰らなきゃ!」


 僕と白金君が慌ただしく帰り支度をする。


「藤咲さんに水上君。今日はほんとにありがとな!助かったよ」


 アーチ型の門の前で別れの挨拶を交わす。もっと何か作りたい気持ちもあったけど五時だから仕方ない。


「ううん。楽しんでもらえて良かった。またお店に来てね」

「うん。きっとまた行くよ」


 笑い合う藤咲さんと白金君。あれ……?なんだかとってもいい雰囲気のような。僕の胸の中がざわめく。いやいや。白金君はいい奴だし、ふたりが仲良くしていたって別にいいじゃないか。


「ほら!とっとと帰れ!」


 ふたりの雰囲気を台無しにしたのはやっぱりノアだった。胸のざわめきがどこかへ消え去って僕はひとりで安心する。


「じゃあな!また学校で!」


 白金君の眩しい笑顔とともに僕達は別れた。


 僕は一人、帰り道を歩きながら考える。

 そういえば……あの作品の魔法ってなんだったんだろう。

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