第4話 やってみよう!ニードルフェルト(2)

 時々押さえていた左手にニードルが刺さってヒヤッとした。そのたびにノアがニヤニヤするのがちょっと嫌だった。僕の指は指カバーのお陰で無傷である。


「できた!」


 僕が声を上げると藤咲さんが優しい声色で続きを教えてくれる。


「くちばしと翼のパーツはフェルトで作ってあるからニードルで刺して取り付けてね」

「ありがとう。黒いのは目だよね?」

「うん。さし目は接着剤で取り付けてね」


 これ、さし目っていうのか。僕は手の中でさし目を観察した。その名の通り、突起とっきを下にして差し込めば、なるほど。可愛らしいぬいぐるみの黒目になる。

 僕が驚いた顔をしていると藤咲さんは楽しそうに笑った。

 引き続き真剣に作業を進める。

 特にさし目を取り付けるときは全神経を指先に集中させた。


「……よし!できた!」


 目を取りつけ終わると、大きく深呼吸する。無意識に息をするのも忘れてたみたいだ。

 ひよこのマスコットの完成!


「わあ!すごいね!水上君、手先が器用なんだ」


 藤咲さんが手をパチパチと叩いて褒めてくれる。何だか照れくさくなって、頭をかく。


「そうかなー?」

「全然綺麗な丸じゃねえし!目だってずれてないか?」


 喜ぶ僕を蹴落とすようにノアがいちゃもんを付ける。


「ノア。そういうこと言わないの。気にしないで。本当に上手にできてるから」

「あははは……。ありがとう藤咲さん」


 今まで手芸なんてやろうと思ったことないけど、細かい作業も結構楽しいななんて思った。作品が出来上がった時の感動はサッカーでゴールを決めた時、徒競走ときょうそうで一位を取った時と同じぐらいの爽快感がある。


「カバンに提げられるようにボールチェーン付けておくね」


 藤咲さんは僕の手から出来上がったひよこを手にすると、手際てぎわよくボールチェーンを取り付ける丸い形をした金具……丸カンというものを取り付けてくれた。

 こんな金具にも名称があるんだなと僕は一人で感心かんしんする。

 針と糸がひよこのお尻から頭を貫通させていくものだから、ひよこが痛がっていそうだと思った。


「丸カンからボールチェーンを取り付けて……はい!完成!」

「すごい!ありがとう藤咲さん。本当に魔法みたいにすぐにできるんだね」

「ふふっ。実はね……魔法はこれで終わりじゃないんだ」

「え?」

 

 僕が詳しく聞く間もなく、藤咲さんが窓の外を指さす。


「あ!雨やんだみたいだよ」

「本当だ!やばっ。もうこんな時間か……お母さんにしかられる!」


 そうだ。早く帰らないと。僕はひよこのマスコットをポケットに入れる。リュックサックを背負うと、足をゆっくり動かしながら玄関へ歩いた。


「藤咲さん、今日は本当にありがとう!学校で会ったらまたよろしくね!」

「うん。私こそ!水上君と作品を作ることができて楽しかったよ。良かったらまたうちに遊びに来てね」

「もう二度と来なくていいからなー。へぶっ!」


 ノアの口元を藤咲さんの手が覆う。その光景が可笑しくて、僕は笑いながら手を振った。

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