第3話 やってみよう!ニードルフェルト(1)

「魔法はあの、不思議な現象を起こす魔法だとしてさ。羊毛フェルトって何?」


 僕が首を傾げていると藤咲さんは盛りだくさんなテーブルの上から箱を引っ張り出してきた。それは温かみのある木箱で、他にも針や糸など色んな道具が仕舞われている。


「こういうふわふわの羊毛をニードルを使って形を整えて、マスコットとかブローチが作れるの」

「へえー?」


 そう言って僕にまだ形の整えられていない黄色の羊毛を手渡してきた。

 すごいふわふわで気持ちいい。糸もなしにこのふわふわに形を与えることができるんだろうか?

 藤咲さんが手にしたニードル……縫い物のする針よりも太くて長い針でこの羊毛の形が変わっていくなんて想像できなかった。

 僕がまだ理解できないという顔でいると藤咲さんがくすくすと笑う。


「やってみよう。それと、このフェルトは普通の羊毛じゃないんだ。金羊毛きんようもうの毛からできてるの」

「金羊毛?」


 聞きなれない言葉に僕はまた首を傾げる。


「羽の生えた羊のこと。だからね特別な力が宿ってるの」

「特別な力って?」

「それは……作ったら分かるよ」


 そう言って、いたずらっ子のように笑った。どうやら普通のお店で売っているような材料とは一味違うらしい。

 僕は羽の生えた羊なんて見たことない。だけど藤咲さんが言うと本当にいるんだろなって思った。


「じゃあ、準備しよっか。ニードルが指に刺さると危ないから利き手じゃない方に指サックしてね」

「うん、ありがとう」


 僕は皮でできた指サックを左手の人差し指と親指に装着した。


「最初はたまごの形を作ってみようか。作業はね、周りの物が傷ついたりニードルが折れないようにこの『フェルティングマット』の上でやるんだ」


 そういって藤咲さんが手渡してきたのは発泡スチロールの分厚い板だった。


「黄色の糸をくるくると丸めて……。ちょっと何カ所かニードルで刺してみて」

「え?どこでもいいの?」


 突然の指示に僕は慌てる。初めてやることだ。失敗したらどうしようと思った。しかも藤咲さんの前で……。

 そんな不安をよそに藤咲さんが「うん、いいよ」と優しく言ってくれたので僕は何とかニードルを動かすことができた。


 プスプス。

 綿を針で刺しても何の感触もしないだろうと思っていたら確かな手応えがあった。


「あっ!」


 僕が作業しているすぐ横に座っていたノアがわざと声を上げる。失敗してしまったのかと思って手を止めた。


「ノア。水上君の邪魔しないの」

「へへん!いいだろ別に」


 何だ……わざとか。僕は少しだけノアを睨むと再び金羊毛フェルトに目を向ける。


「あれ……?固まってる!」


 なんと、あのふわふわで何の形にもならなそうな糸のような綿のようなものがたまごの形になったのだ!


「え?どうして?もしかして、魔法?」


 僕が感動していると笑顔をそのままに藤咲さんが首を横に振った。


「ううん。ニードルに返しがついていてね。それが繊維を絡ませて形を固定化させてるんだよ」


 「魔法だよ」って言ってくれるのを期待していたのに。僕は一人で少し残念な気持ちになる。

 でも、こういう手芸も魔法みたいなものかもしれないと思い直した。だってただの糸や布があっという間に素敵な作品になっちゃうんだからね。

 

「ニードルを刺せば刺すほど固くなるんだ。だから、自分で柔らかさを調整できるの。鞄に付けるマスコットにするなら固め。お家で飾る用なら柔らかめで作るとかね」

「ふーん。なるほどねえ……」


 僕は呟きながらニードルを無心で刺した。時々全体のバランスを考えながら向きを動かしたりして。


 プスプスプスプス……。


 ふわふわで形すらなかった金羊毛フェルトが僕の手で形作られていくのは見ていて面白かった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る