長い休日(前編)

嵐のような一日から一晩が経った朝。けたたましく鳴る着信音で目が覚めた。

相手は案の定、誘奈だった。こんな朝から一体何の用だと言うのだろうか。寝起きの悪さも相まって、いつも以上に不機嫌なトーンで電話に出る。


「…朝っぱらからなんの用だよ。」

「うわ声低っ!?何って可愛い彼女からのモーニングコールですけど。」

「彼女じゃねぇだろ。」

「まだ彼女じゃないだけでこの後なるんだから、細かいことは気にしない気にしない!」


朝とは思えない程高いテンションで誘奈は笑う。本当に元気だなこいつ、と思っているとそうそう、と誘奈が会話を続ける。


「昨日渡したチョーカー、ちゃんとつけてよね。あたしもちゃんとつけるからさ。」

「はいはい、わざわざ言われなくてもつけるっての。」

「やっぱり昨日の態度は照れ隠しか、このやろー!」

「うるせぇ、勝手に言ってろ。で、用はそれだけか?」


そう問うと、誘奈は話を続けた。


「それだけなわけないでしょ?ちょっと予定聞きたくてさ。今週の土日、空いてる?」

「土日か、ちょっと待ってろ。」


そう返し卓上カレンダーを見る。今が金曜日だから、明日と明後日か。どちらも空白だった。


「待たせたな。どっちも空いてる。」

「おっけー!じゃあ土日また出かけよ!てか寮帰るの面倒だから土曜朔んち泊めてよ。」


唐突すぎて一瞬スマホを落としそうになったが、なんとか落としかけたスマホをキャッチする。


「別にいいけど、1人用のアパートだから狭いぞ。」

「いいよ別に、気にしないから。」

「あっそ、てかそんな警戒心薄くていいのかよ。俺が悪い奴だったらどうするんだよ?」

「別にどうもしないよ、朔になら何されてもいいって思ってるからさ。」


誘奈はさらっと言ってのける。こいつは本当に人を煽るのが得意なやつだな、と内心思った。


「じゃあ何されても文句言うなよ。」

「それはつまり何かするつもりってこと?いいよ、既成事実作っちゃおうか!」

「やっぱり癪だからやめる。」

「なによー、このヘタレが!」

「うるせぇ、お前はもっと警戒心ってものを身につけろ。」

「はいはーい、適当に肝に命じときますー。」

「お前なぁ……。」

「じゃ、とりあえず明日の9時に駅前集合で!そんじゃまた明日ねー!」


それだけ言うと一方的に電話が切られる。

全く勝手な奴だ、と思いつつ部屋を出て顔を洗う。

朝食は昨日の残りを適当に食べ、いつも通りの制服に着替える。

ただ1つ、昨日と違うのは首元の薄翠と月。

友人達にどう言い訳をしようか、などと考えながら家を出る。

今日は昨日とは別の意味で、騒がしい日になりそうだ。


×××


教室に着くや否や、友人に問いただされる。


「おい朔!昨日のどういうことだよ!!俺たち仲間だと思ってたのに裏切りやがって!!!」

「うるさっ…てか待てよ。誤解なんだよそれは。」

「どこが誤解なんだよ!昨日のあの後、お前と百合女の可愛い女の子が一緒に歩いてるとこ見たって噂になってんだぞ!」

「いやまあ確かに出かけはしたけど…。」

「くそう!この裏切り者が!」

「あーもう、弁解くらいまともにさせろ!」


せっかく人目の少ない場所に出かけたのに、結局こうなるのか、なんて頭を抱える。


「だから違うんだよ、あいつは昔の知り合い。別に彼女でもなんでもねぇよ。」

「昔の知り合い…?本当かよそれ。」

「不本意ながら本当だ。昨日言ったろ、首席の馬鹿と似てる奴に会ったことがあるって。あれ、本人だったんだよ。」

「え、そんな偶然あんの…?逆にすげぇな。」

「世間って案外狭いよな。」


本当は俺を追ってわざわざこっちに来ていた、ということは黙っておこう。話したらまた面倒なことになりそうだし。


「じゃあ、昨日のは幼馴染との再会ってことかー。だとしてもだ!お前あんな可愛い幼馴染が居るとかずるいだろ!!」

「それは俺に言われてもどうにもできねぇよ。あとあいつ確かに顔はいいけど、性格で全部台無しになるタイプだからな?」

「少しわがままなくらいが可愛いんじゃねぇか!贅沢な奴め!!」

「あいつの場合は少しとは言わねぇ…。」


今までの突飛な行動の数々を思い出し、俺は頭を抱える。


「つか気になってたんだけどよ。お前そのチョーカーどうしたんだよ?普段アクセサリーとかつけねぇのに。」

「あぁ、これか。昨日貰ったんだよ。」

「え、その例の子からか!?」

「まぁ、そうなるな。」

「っつーことはもしかして、お揃いだったりするのか!?」

「…一応な。」

「くそ!ずるいぞ、朔の裏切り者!!」

「つーか裏切りも何も、別になんの約束もして無いだろ。」

「うるせぇ!お前なんか彼女にやばい性癖でもバレて引かれちまえ!!」

「謂れのない罪な上に罰が重すぎるだろ…。」

「え、お前まさかバレて困る性癖あんの…?よく分かんねぇけどそれはちょっと引くわ…。」

「もうお前と友達やめようかな…。」


今日は朝からどっと疲れた気がする…。早くも帰って寝たい。

そんなことを考えながら、いつもより騒がしい一日を過ごした。


×××


自宅に帰宅すると、一直線にベッドへ向かいそのままダイブする。

制服がシワになるな、などと考えはするものの、身体が疲れきって動かない。

本当に、昨日とは違う意味で騒がしい1日だった。朝から友人に昨日のことを問いただされ、昼休みには噂の首席が気になる野次馬に囲まれ、帰り際には紹介してくれという勇者まで現れ…。今日だけで1週間分くらいは喋った気がする。


しばらく寝転がったままぼーっと時間を過ごしていると、メッセージの受信音が部屋に響いた。

のろのろとした動きで鞄を手繰り寄せ、中からスマホを取り出す。

画面を見ると、騒がしいあいつの名前。


『ねー、明日どっか行きたいとこある?そういやあたしこの辺知らないし、案内してよ!』


思わずノープランかよ、と心の中でツッコミを入れてしまった。この辺で1日時間を潰せるところというと、映画館の併設された大型ショッピングモールくらいだろうか?


『近くのショッピングモールでいいか?他に1日時間を潰せる場所が思いつかない』

『じゃあそこで、集合場所は変わらず駅前でいい?』

『どの道電車には乗るし、丁度いいんじゃないか』

『りょーかい!んじゃまた明日ね〜』


その後すぐに、手を振る黒猫のスタンプが送られてきた。

明日は、また騒がしい1日になりそうだと思った。


×××


翌日、約束の時間である土曜日の午前9時。駅前は休日だからか、そこそこ賑わっていた。

適当に入口付近で待っていると、少し遠くから小走りで駆け寄ってくる長い青髪が見えた。


「おはよー!若干遅れたかも、待たせてごめんね。」

「別に待ってないからいい。」

「あ、そう?てかこの会話デートのテンプレだよね。」

「別にデートじゃ無いだろ。」

「え、男女が2人で出掛けるのってデート以外無くない?」

「なんかしらあるだろ…多分。」

「無いよ!断言する!これはデートなの!!」


そう言って少しムスッとした顔をした。

それにしても、今日はこの前再開した時とはまた違う印象だ、などと考える。

この前は2つに結われていた髪は、サイドを小さく三つ編みにしたストレート。服装はオフショルダーのシャツワンピースにハーネスベルト。まぁこれはこの前のパーカーと若干系統が似ているような気もするが。

そして当然のように首元で煌めく赤色。


「ところでこの服どう?なかなかに可愛いと思わない?」

「とりあえずそのベルトなに。」

「可愛いでしょ?いい感じのアクセントで。」

「最近の服はよくわかんねぇな…。」

「なんかお年寄りみたいなこと言ってる…。」


可愛いって素直に認めればいいのにー、と誘奈は不満げに言う。確かにいいとは思うが、この誘奈と並んで歩けるほどの服とは一体…などと考えてしまう。


「ま、とりあえず行こうよ。電車何分だっけ?」

「あと10分くらいだな。」

「じゃあ先ホーム行って待とうよ、適当に飲み物でも買ってさ!」

「はいはい。っても自販機くらいしか無いけど。」

「いーじゃん学生っぽくてさ!」


そう言うと楽しそうに自販機のある場所へ向かう。後を追って行くと、目を輝かせた誘奈がこちらを振り返る。


「朔!このジュース自販機限定って書いてある!あたしこれにするー!」

「当然のように奢られるスタンスだな…。まぁ払うけどさ。」

「この前もぜーんぜん払わせてくれなかったから今日もそうかなって。もちろんお金は持ってるからダメなら自分で払えるけどね!」

「別に飲み物くらいいーよ、これでいいんだな?」

「やったー!朔やっさしー!ありがとね!」


がたん、と音を立てて取り出し口に落ちてきた飲み物を手渡す。嬉しそうに両手で持つ姿が、少し可愛いと思ってしまった。


「で、朔は何飲むの?」

「俺は別にいい、喉乾いてないし。」

「そう?じゃあこのままホーム行こっか。」


そう言うと改札を抜けて、ホームへ続く階段を降りる。

足を止めると、誘奈は先程のジュースのペットボトルを開ける。


「これが自販機限定ってやつか!1度こういうの飲んでみたかったんだよね。」

「百合女って自販機無いんだっけ?」

「あるけどなんかお上品すぎるのしかないから、あれはノーカン。」

「自販機までお嬢様仕様なのか…。」

「てかこれ結構美味しいね、アタリだったのかな?」

「そうなんじゃないか?たまにある変な味は本当にまずいの混じってるしな…。」

「飲んだことあるの?」

「俺じゃなくて友人がな。炭酸のコーヒーだったっけな、たしか。まずいしか感想言ってなかったやつ。」

「んーそれは確かにまずそう…。」


味を想像したのか、顔を顰めた。正直あの時はパッケージだけでまずいと分かるやつだったのもあり、友人の正気を疑った。

とりあえず誘奈の感性がまともでよかった、とよく分からない安堵を覚えた。


「ねー、ほんとに喉乾いてないの?」

「特には。」

「でもさ、これほんとに美味しいよ?ちょっと飲んでみてよー!」

「別にいいって。」

「頑なだなぁ……あ、もしかして照れてる?」

「微塵も。」

「即答じゃん!でもそれなら飲めるよね?ほれほれー!」

「わかったよ、飲めばいいんだろ飲めば。」


手渡されたペットボトルには、液体が3割くらい残っていた。口に含むとすっきりとした甘さが広がる。


「ほんとだ、これ結構アタリだな。」

「でしょー?やっぱりあたしのセンスは最高だったみたいだね。」

「たまたまだろ。」

「酷ーい。てか一応関節キスな訳だけど感想は無いの?」

「特には。てか気にしてなかったし。」

「ドライが過ぎない?」

「ペットボトル捨ててくる。」


じとりと薄翠の双眸がこちらを睨む。逃げるようにして飲み終えたペットボトルを捨てにゴミ箱へ向かう。

普段なら、飲み回しなどは何となく嫌でやらないのだが。今日は特に嫌だとは感じなかったことは、からかわれそうだから黙っていよう。


ペットボトルを捨て、ホームに戻るとすぐに電車が止まった。


「乗るやつこれでいいんだよね?」

「ああ。」

「じゃ、早く乗ろ!このまま置いてかれる前に!」

「そうだな。」


車両に乗り込むと、そのまま目的地へと到着を待つ。他愛ない雑談をしていたら、それはあっという間だった。


×××


「着いたー!」

「はしゃぎすぎて転ぶなよ。」

「幼稚園児じゃないんだからさすがにそんなことしないって。」

「どうだか…。」


目的地に着くや否や、楽しそうに駆けていく。その背中を追いながら、どこに行こうかと考える。

時刻はおおよそ9時半、まだ昼食には早いがどうしようか?などと考えていると、誘奈が声を掛ける。


「ねー、とりあえずどこ行くか決めない?朔はどっか行きたいとこある?」

「特には。誘奈は?」

「あたしはそうだなー、うーん。」


少し悩むと、あっと何か思いついたように声をあげた。


「ゲームセンター!あそこ行ってみたい!」

「いいけど、何かやりたいことでもあるのか?」

「うん、対戦型のゲームがあるらしいじゃん?あれやってみたいなって。」

「あぁ、確かレース系とかリズムゲームがあったな」

「おおー!楽しそう!じゃ、早速行こー!」

「ちょっと待てって!」


そのまま目的地まで走り出そうとする誘奈の腕を掴む。


「人多いしはぐれたら面倒だろ。」

「はぐれてもスマホがあるから連絡取れるのに?朔ってば本当はただ手を繋ぎたいだけなんじゃないのー?」

「断じて違う。」


ニヤニヤと笑う誘奈の言葉を一蹴する。

すると、するりと腕を絡めてきた。


「今日はデートなんだから、もっと恋人らしいことにしようよ。これなら思う存分くっつけるしさ。」

「…歩きづらい。」

「可愛い彼女にくっつかれるとか、最高のシチュじゃん?なんでそんなに不満そうなのさ。」

「だから何度も言ってるけど恋人じゃない。」

「あーもう、素直じゃないなぁほんと!」


歩きづらいのも、恋人ではないのも本当のことだ。けれど、これはまずい気がする。さっきからなにとは言わないが腕にずっと当たってる。

けれど、気にしたら負けな気がするから気にしないことにした。


少し歩いて、壁に貼られたフロアガイドを確認する。

今は1階の入口付近で、目的地のゲームセンターは2階だった。


「階段とエレベーターとエスカレーター、どれで行くのがいいかな?」

「エレベーターの丁度隣くらいにゲーセンあるし、エレベーターでいいんじゃないか?」

「あ、ほんとだ。じゃそれでいこっか!」


そう言って2人でエレベーターまで移動する。当然、腕にくっつかれたままだ。もし誰かに見られていたら、また騒がしくなるのだろうと思うと憂鬱になる。

エレベーターの前に着くと、上の階から降りてくるのを待つ。


「しばらくかかりそうだな。」

「そうだね、まぁ時間はたっぷりあるし気長に待とうよ。」

「それもそうだな。」


ふと、ほぼほぼノープランでここまで来てしまったが、果たして本当に楽しんで貰えるのだろうかと考える。前回はたまたま上手く行ったが、今回もそうとは限らない。

もしも、次があるのなら。次はしっかりプランを考えるべきだろうか。


なんて考えているとエレベーターが到着した。乗り込むと目的地の2階のボタンを押し、動き出すのを待つ。

偶然にも他に利用者がいなかったため、すぐにエレベーターは動き出す。

お互い、何も喋ることもなく、ただ目的の階まで着くのを待つ。

ふと、誘奈が口を開く。


「あたしさ、こういう普通の学生っぽい遊びにちょっと憧れてたんだよね。」

「…友達とかと行かないのか?」

「みんなお上品だからさ。お茶会とかはしょっちゅうあるけど、こういうとこはあんまり。だから、今日すごく楽しみだったし、まだ何もしてないけどちゃんと楽しいよ。」


まるで心を読んだかのように、求めていた言葉が紡がれた。少し驚いたが、その言葉に安堵する。

その言葉が本心であると確証は無いけれど、それでも嘘や偽りのない本心だと自然と信じることができたのは、一体何故だろうか?


などと考えていると、エレベーターは目的の階に着いた。

考えるのはここで一度中止にしよう。

今は、ただこの時間を楽しむために。


×××


「はい、これであたしの3連勝ね!」

「なんで初めてやるゲームでこんな高スコア出せるんだよ…。」

「それは当然、あたしが天才だからだよね!」

「全国のランカーが泣いてるぞ。」

「こうなったら全部のゲームのハイスコア塗り替えてやるしかないよね!」

「それつまり何種類やるんだよ…。」

「軽く20くらい…?」

「それは今日だけじゃ無理だ、諦めろ。」


ゲームセンターに着くや否や、対戦型アーケードゲームが物珍しいのか対戦を強いられた。そして非常に不服なことに全敗中だった。

そしてその熱意は留まることを知らぬようで、対戦型でないアーケードゲームのランキングまで次々と塗り替えていく。

そして気づいた頃には観戦するギャラリーに囲まれていた。


「すげぇ…あのキャラ使いこなすのめっちゃムズいのにほぼ完璧じゃん…!」

「あの譜面初見でフルコン取れるとかやばくね?俺3ヶ月くらいかかったのに…。」

「スティック捌きが完璧すぎる…僕も見習わなくちゃ。」


皆口々に感想を述べる。正にプレイで黙らせる、といった状況だった。

すると、チャラそうな男が声をかける。


「ねぇ、そこのおねーさん。君すごくゲーム上手いよね!ちょっと俺の相手してくれない?」

「誰だか知らないけどいいよ。丁度NPC相手にも飽きてきてたからさ!」

「ありがとう!じゃあ遠慮なくやらせて貰うよ。」

「手加減とかいらないからね!」


あっさりと承諾する誘奈に少し不安を覚える。

初対面の相手にこんなことを思うのは失礼だとは思うが、それにしてもなんだか胡散臭い。

もし、負けたなら。何かしら強要されるかもしれない。


「おい、誘奈。そんな簡単に受けて本当に大丈夫なのかよ?もし後で何か強要されたらどうするんだよ。」

「いや正直超絶胡散臭いのはわかるよ。でも負ける気しないからへーきへーき。」

「どこから来るんだよその自信は…。」

「ま、とにかく大人しく見てなよ。負けないからさ。」


負けないからという言葉は自信に溢れていた。

そして、嫌な予感ほどよく当たるもので。男はやはり理不尽な条件をつけてきた。


「随分自信あるんだね?じゃあ君はこのキャラ使ってよ、難しいけど君ならこれくらいできるんでしょ?」

「キャラ縛りねぇ、まぁいいけどさ。これであたしが勝ったら、貴方かなりダサいけど大丈夫?」

「言うねぇ、君。まぁ俺も負ける気ないからなんでもいいけどさ。とりあえずもし俺が勝ったら、俺の言うこと聞いてくれない?もし俺が負けたら君の言うことなんでも聞くからさ。」

「今、なんでもって言ったよね?取り消しはさせないからね!」

「いいよ、お互い全力でやろうか。」


そう言った男の目は誘奈のことを舐めまわすように凝視していた。

やっぱりこいつ身体目当てか…と呆れると同時に、理不尽な条件を簡単に受けてしまう誘奈に不安を覚えた。

もしも負けたらどうするつもりなのだろうか。とにかく勝ってくれ、と願いながら開戦の合図を待つ。

すると、突然誘奈が猫耳カバーのついたスマホを手渡してきた。


「……なに?」

「何って、あたしのスマホ。」

「これをどうしろと……?」

「その角度で、終わるまで持ってて。画面弄ったり高さとか角度変えたらダメだからね。」


ニヤリと勝気な笑みを浮かべるその姿を見て、1つの可能性が脳裏に浮かぶ。

誘奈は本当に、この試合に勝つ気でいるのだろう。

不安は拭えないが、とにかく今の俺には誘奈を信じるしかなかった。


Game Startという表示と同時に、開始を告げる機械音が鳴り響く。

今回のゲームは一人称視点のシューティングゲーム、所謂FPSだ。どうやら、選択したキャラによって使用武器が固定される仕様らしい。


「うわ、あいつ卑怯だな。相性悪い武器わざわざ指定してくるとか、初狩りにしても酷すぎるだろ…。」

「しかもあれ玄人向けのキャラじゃん、あの子確か初心者ってか初プレイだっけ?それで勝ったってなぁ…。」

「んで勝ったら言うこと聞けとか、これで他のプレイヤーまで悪印象になるの最悪だろ。」


皆口々に批判的な意見を述べる。既に敗戦ムードが漂う中、2人の戦いが続く。

平原のようなエリアの中で、2人のキャラクターが銃を撃ち合う。

正直、誘奈は押され気味にあった。誘奈の体力ゲージは半分ほどまで減らされているが、相手はまだまだ余裕そうな状態だ。

少しずつ、着実にゲージが削られていく。しかし相手には殆どダメージが入らない状況がしばらく続いた。


やがて、残り3割程まで体力を削られた誘奈が視界の悪い森のようなエリアへと逃げ込む。

苦し紛れの目眩し、そう見えるような動きで。

男が勝利を確信したように言う。


「隠れたって無駄だよ、このままじゃ君の負けは確定してるんだからさ。」

「でも、まだタイムアップには早いでしょ?そういうのは追ってトドメを刺してから言ったらどうなの。」

「随分余裕そうなこと言うね?もうあと数発で負けちゃうのに。いいよ、そこまで言うならトドメ刺してやるよ!」


挑発に乗った男は、そのまま後を追うように視界の悪いエリアへと足を踏み入れる。

直後、男の体力ゲージが大幅に減った。


「なっ!?」

「よし、ヘッドショット命中!」


視界の悪い中で誘奈の放った1発が、見事に男の頭に命中し、体力を半分ほど削る。

そのまま2発、3発と撃ち込まれた銃弾が足と武器を持つ手に命中し、ゲージが2割ほどまで削られる。


「残念だったね、視界の悪い中なら有利なのはあたしの方!せいぜい逃げ回りなよ、必ず仕留めてあげるから。」

「クソっ!どこに隠れやがった!?」


探し回るように逃げる男のキャラは、足を撃ち抜かれたせいで動きが遅くなっていた。

対して、誘奈のキャラは体力こそ削られているものの、致命的なダメージは受けていない。

誰がどう見ても、完全な形勢逆転だった。


「すげぇ…!ヘッドショットに加えて腕と足にもダメージ入れてる!」

「あの武器、火力高いけど当てるのすごくムズいんじゃなかったか?それで確実に当ててるとか、ランカーでも苦戦するのに。」


観衆がざわめき始める。感嘆の言葉を口々に呟く中、勝負は続く。

着実に削れていく男のゲージと、変動のない誘奈のゲージ。あと1発で勝負が決まるだろうという局面だ。


「これで終わり!」

「っクソっ!!俺が負けるわけ……!!」

「いい加減認めなよ、クズ野郎が!」


吐き捨てるようにそう放つと、銃弾が撃ち込まれる。

そのまま、もう一度綺麗なヘッドショットが決まり、画面が切り替わる。

暫くNow Loading…と書かれた画面が表示された、やがて戦績画面へと切り替わる

誘奈の画面には、しっかりとVictoryの文字が刻まれていた。


試合を終えた誘奈が駆け寄ってくる。


「朔、スマホありがと!どう、かっこよかった?」

「ああ、凄かった。けど無茶しすぎだ馬鹿。」

「勝ったんだからいいじゃん!それにこのゲームはずっと気になってたからちゃんと下調べもしてたしさ。」

「そういうのは早く言え!」

「うわ声でかっ!?そんな怒んないでよー。」


へらへらと笑う誘奈に心配を返せと怒りを覚えつつ、スマホを返す。


「で、結局そのスマホはなんだったんだ?」

「どうせ気づいてるんでしょ?動画撮ってたんだよ、さっきの試合。」

「まぁそんなことだろうとは思ってたけど。それ何に使うんだ?」

「見てればすぐに分かるよ。」


そう言って男の元へと歩いていくと、呆然としている男に声をかけた。


「で、あたしが勝ったからなんでも言うこと聞いてくれるんだよね?」

「………そういう約束だからな。」

「じゃ、さっきの試合SNSで拡散するから。悪質な初狩りの人としてね。」

「はぁ!?」

「さっきの試合中、周りの人の会話聞いてて知ったんだけどさ、貴方初狩り常習犯らしいじゃん。だから注意喚起にIDごと晒してやるって言ってんの。」

「ちょっと待てよ!言いがかりだ!」

「って言ってるけど、ここの常連さん達はどう思う?」


くるりと振り返ると、皆顔を合わせて言った。


「……そいつが初狩りしてるの、俺前にも見たことあるよ。今日ほど理不尽な条件では無かったけど。」

「僕は前にその人の標的にされたことがあるよ。」

「注意喚起の拡散には賛成かな。既に被害者も多いし、今後のためにもなるから。」

「だ、そうだけど。まだ認めないつもり?」


もう一度、向き合うと淡々とそう告げる。それは最早トドメと同義だった。


「ま、待ってくれよ!もう二度としないから、拡散だけは…。」

「そんなの信じるわけないでしょ?とにかく賛成多数だから、この動画ごと上げるからね。だからさ、みんな拡散よろしくね〜。」


言いながら、またくるりと後ろを振り返る。

スマホの画面には件の動画と注意喚起の文が記載されたSNSの画面。恐らくこれを見つけて拡散してくれ、という意図だろう。

すると、どこからともなく拍手が聞こえた。それはやがて大きくなり、いつの間にかそこそこな大事になっていた。

これはまずい。大事になればなるほど、出かけた事実がバレる確率が上がってしまう。これ以上煩わしい日常は御免だ。


「なぁ、割と大事になりそうだからこの辺で一旦離れようぜ。」

「えー、スコアの塗り替えまだ終わってないんだけど!」

「また来ればいいだろ!とにかく面倒事に巻き込まれるのは御免なんだよ。」

「酷い言い草だなぁ…まぁ仕方ないからいいけどさ。」


渋々といった風にそう言うと、再度腕を絡めてくる。今日の移動はずっとこれらしい。


「次、どこ行きたいとかあるか?」

「うーん、そろそろお腹すいたかな。何か食べたいかも。」

「何かって言っても色々あるけど、何がいいとか無いのかよ。」

「じゃあ朔のおすすめあればそれで!」

「なら、3階のカフェとかどうだ?」

「おすすめってことならそこでー!」

「決まりだな。」


そうして2人でそそくさとその場から離れる。

周りの視線がしばらく痛かったが、まぁ仕方ない。

そして3階へ向かうエスカレーターに乗ると、逃げるようにそのまま2階を去った。


×××


「ここが朔のおすすめ?確かに静かだし、いかにも朔好みって感じだね!」

「悪かったな俺好みで。」

「別に悪いなんて言ってないじゃん!読書に適してそうでいいなって言いたかっただけ。」

「そうかよ。」


一瞬失敗したかと思って少し焦ったが、何とかなりそうで良かった、と内心ほっとする。

余談だが、ここの2階の本屋で買った本をここで読むのが密かな楽しみだったりもする。

賑やかなショッピングモールから隔離されたかのような、静かなその空間に足を踏み入れる。


「いらっしゃいませ、2名様でよろしかったでしょうか?」

「はい。」

「畏まりました。こちらのお席でよろしいでしょうか。」

「ここで大丈夫です。」

「ありがとうございます。ただいまお冷をお持ち致します。」

「お願いしまーす。」


2人で席につく。案内されたのは2人用の少し小さめのテーブル席。小さめではあるが、2人で使うなら十分な大きさだ。


「やっぱり、中も静かでいい感じだね。ここ本屋あったっけ?あるならそこで買った本ここで読むのもいいかもね!」

「それなら既にやってる、本屋は2階だな。」

「やっぱりやってると思った!それでおすすめしてきたわけか、成程ね。」


うんうんと頷く誘奈に、見透かされているようで少しもやもやとした感情を抱く。少し嬉しいような、何となく癪なようななんとも言えない感情だった。

一旦それはさておき、メニュー表に目を通す。基本的には飲み物か軽食ばかり頼んでいるが、今頼むなら時間的にランチメニューだろうか。


「決まったか?」

「うん、あたしは決まったー。」

「じゃあ頼むか。」

「あれ、朔ももう決まってたんだ?」

「まぁランチメニューの中ならあれだな。」

「待って、当てるから!」


そう言うとうーんと唸りながら再びメニューに目を通す。

暫くして、あっと声をあげた。


「わかった!これでしょ、小海老のクリームパスタ!」

「当たり。そう言うお前はラザニアだろ。」

「よくわかってんじゃん。でもこの前は朔間違えたからあたしの勝ちね!」

「なんの勝負だよ。」

「お互いのことどれだけ知ってるか検定?」

「疑問形じゃねぇか。」


謎の勝負をしつつ、今度こそ呼び出し用のベルを鳴らす。程なくして、店員がやってくる。


「お待たせ致しました。ご注文お伺いいたします。」

「小海老のクリームパスタとラザニア1つずつお願いします。」

「畏まりました。お飲み物はお決まりでしょうか?」

「アイスコーヒーとアイスティーのストレートお願いしまーす。」

「畏まりました。お飲み物はいつお持ちしましょうか?」

「どうする?」

「デザートとか頼むなら後でのがいいんじゃないか?」

「じゃあそうしよっか。食後でお願いします。」

「畏まりました。ご注文確認させて頂きます。」


そして頼んだメニューが復唱される。そのまま確認を済ませると店員は去っていった。


「いやー、飲み物のタイミングとか完全に忘れてたよね。」

「いつも飲み物かたまに軽食頼むくらいだから俺も忘れてた。」

「2人揃ってポンコツかー。」

「今回ばかりはな。」


そんななんてことない会話をしながら、料理が来るのを待つ。

ふとスマホを眺めていた誘奈が声を上げる。


「ねね、さっきの動画早速話題になってるよ。」

「ああ、あのゲームのやつか。」

「そうそう、皆がちゃんと拡散してくれたみたい。」

「これであいつも懲りるといいな。」

「だよねー。初狩りとかほんと許せないよ。」


むっと少し怒ったような表情と声でそう言う。


「皆が楽しくやってこそのゲームなんだから、それを壊すなんて以ての外だよね。」

「その割には俺のことはボコボコにしてくるけどな。」

「でも朔だって楽しんでるでしょ?」

「まぁな。」

「そういうこと!理不尽なだけじゃつまらないけど、ちゃんと張り合う分には楽しいもんね。」


確かに、たまに勝てた時はかなり嬉しかったっけな、なんて昔のことを思い出す。

あの頃は俺の家でよく遊んでたな。両親も誘奈が来ると嬉しそうにしてたし。


でも、そもそもどうしてそんなに仲良くなったんだったか、正直俺には心当たりがない。いつの間にか一方的に懐かれてて、それが嫌でも無かったから遊んでたとか、そんなだった気がする。

なんて考えているうちに、料理が運ばれて来た。


「お待たせ致しました。」

「あ、パスタは俺でラザニアはそっちです。」

「ありがとうございます。」

「おおー、美味しそう!」

「だな。」

「伝票置かせて頂きますね。それでは、ごゆっくりどうぞ。」


届いた料理に目を輝かせながら誘奈はフォークを手に取った。


「いただきまーす。」

「いただきます。そういやお前こういうの律儀だよな。」

「まぁ一応お嬢様だからねー、一通りの教養はあると思うよ。」

「それがあるなら遅刻魔にはなってないだろ。」

「それとこれとは別なの!とにかく冷めちゃう前に食べようよ。」

「どうだか。」


軽く会話をした後に料理を口に運ぶ。

軽食以外の料理は初めて頼んだが、なかなか美味しかった。それは誘奈も同様なようだった。


「ん、これ結構美味しいね!想像以上かも。」

「だな。軽食以外は俺も初めて食べた。」

「ちなみに朔的にはなんかおすすめとかないの?」

「軽食ならフルーツサンドとかお前好きそうだと思う。」

「へー!ちなみになんのフルーツ?苺ある?」

「季節で変わるから詳しくは知らないけど、確か苺は冬から春辺りのラインナップにあったと思う。」

「苺単体ってあると思う?」

「そういえばそんなのもあった気がするな。」

「やった!じゃあ冬場とかに来たら絶対それ食べようっと!」


そんな会話をしながら、昼食を済ませる。

そして再びショッピングモールの廊下にあるフロアガイドの前に立つ。


「次はどこ行きたい?」

「んー、じゃあ服とか見たいかな!」

「なら1階まで降りるか。」

「おっけー!」


そうして2人で、隣にあるエレベーターに乗り込んだ。

長い1日はまだまだ終わらない。

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