押し寄せる 雄々しい波と お蕎麦屋さん

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悠心と命はよくふたりで映画を観に行きます。なぜなら絃霧はあまり映画館に興味がなく、八葵は家でサブスク派だからです。悠心は映画館そのものが好き(家でサブスクで観るのも好きですが)、命は暗室で観るそのロケーションが好きなのです。


悠心ゆうみ】変に奇を衒わない無難なコメディが好き。ポップコーン無し派。

めい】ありふれたラブロマンスが好き。ポップコーン無し派。


絃葉いとは小霧さぎり八葵やつき】今回はお休み。全員ポップコーン有り派。




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[悠心]「おーい命、こっちだこっち。おはよう」


[命]「はあ、はあ……おはよう。ごめんね秋ちゃん、待たせちゃった?」


[悠心]「んや、さっき来たところだ。それより大丈夫か? 息上がってるぞ」


[命]「電車1本乗り過ごしちゃって……」


[悠心]「珍しいな、命が乗り過ごすなんて」


[命]「未来みらいがぐずっちゃったの……」


[悠心]「はは、未来は命大好きだもんな。にしたってぐずるのは珍しい。……ほら、これいるか? 冷たいからゆっくり飲めよ。さっき自販機で買ったやつだが」


[命]「ありがとう、いただきます。……ぷは」


[悠心]「相変わらずひと口が小っちゃいな」


[命]「すっごく美味しいよ。秋ちゃん、ありがとう」


[悠心]「ん。まあ映画のお供にドリンク買うだろうから、今は喉を潤すくらいに留めとくんだぞ」


[命]「ごめんね、秋ちゃんあんまり自販機使わないのに……」


[悠心]「たまにあるんだよ、使いたくなる周期」


[命]「……うん、そうかも。ありがとう」


[悠心]「ん。……上映までまだ時間あるし、発券済ませたら適当に服でも見てくか?」


[命]「そうしよっか。もう春先の服出てたりするかな?」


[悠心]「流石にまだ冬物ばっかりだろ……」


~~~~~~


[命]「あ、新しいお店だ。帽子屋さんかあ……」


[悠心]「命ってあんまり帽子被らないよな。最後に被ってたのって小学校の通学帽か?」


[命]「うん。そういえばおしゃれ帽子は持ってないかも……」


[悠心]「よし。まだ時間あるし、寄ってくぞ」


[命]「えっ? もうあとちょっとで始まっちゃうよ?」


[悠心]「帽子欲しいんだろ」


[命]「えっ?」


[悠心]「そんな顔してる」


[命]「あはは……秋ちゃんはなんでもお見通しだね……」


[悠心]「おまえは割と分かりやすいよ。絃葉ほどじゃないが」


[命]「雨ちーは確かに分かりやすいね。私はそんなに表情に出ないと思ってたけど……」


[悠心]「ま、長年の勘ってとこだな。何年一緒にいると思ってるんだ」


[命]「……じゃあ、私は映画館で何味のドリンクを頼もうと思っているでしょう?」


[悠心]「ジンジャーエールだろ」


[命]「えっ、正解。どうして?」


[悠心]「いや、好きだろジンジャーエール。サ〇ゼとかでもいつも頼むのジンジャーエールじゃねーか」


[命]「えっ。あ、あはは、確かに……」


[悠心]「これも長年の勘にカウントしていいのか……?」


~~~~~~


[悠心]「いやあ……」


[命]「うん……」


[2人]「「面白かった……!」」


[悠心]「原作とネットにある映画の評判は割と良かったから楽しみにしてたけど、やっぱり映画館で観ると違うな。雰囲気で圧倒されて、声が出そうになった」


[命]「最後でタイトルに繋がる感じも綺麗だったよね。原作小説の表紙そのままのシーンもあったし……」


[悠心]「よく纏まってたよな。分不相応に大人びてしまったティーンの懊悩はやっぱり好きだ。私も文学になりそうな悩みが欲しかったな……いや、悩みなんてないだけいいか」


[命]「ふふ、そうだね。悩まないに越したことはないけど……悩みがある分、救いのために積極的に生きようとするのは、しっかりゴールを見据えてる感じがして、すごく輝いて見えるかも」


[悠心]「どうする? 聖地じゃないだろうが、帰りに海浜公園寄ってくか? ロケーションはほぼ一緒だろ」


[命]「楽しそうだけど……早く帰らないと未来がまたぐずっちゃいそうだから、今日は遠慮してもいいかな」


[悠心]「ん。じゃあ今日はもう帰るか」


[命]「あっ。ごめん、家から電話だ。ちょっと出るね」


[悠心]「ん」


[命]「もしもし? あ、息吹いぶき? どうしたの? もしかして未来がまたぐずって……え? 違う? 息吹とゲームしてたら治まったの? 何時間でも遊んできていい? 流石にそんなに遅くはならないけど……」


[悠心]「(息吹の声か? 知らない間に声変わりしてるな。身長も命より伸びてそうだな……)」


[命]「うん、うん。分かった。じゃあ、もう少し遊んでてもいいかな。夕方前には帰るようにするから。うん、じゃあね。ありがとう」


[悠心]「何の用だったんだ?」


[命]「未来のぐずりが治まったの。もう少し遊んでいてもいいって」


[悠心]「ん、そうか。ならお昼ご飯でも食べていこう。何にする?」


[命]「秋ちゃんは何が食べたい?」


[悠心]「なんでもいいが、蕎麦があれば嬉しいな。蕎麦屋はカツ丼も美味しいし」


[命]「ふふ、分かった。じゃあお蕎麦屋さんにしよっか」


[悠心]「いいのか? 命も食べたいもの提案していいんだぞ」


[命]「私もなんでもいいの。くじ引きで決めてもいいくらい」


[悠心]「はは。じゃあ次ここ来た時はくじ引きでお昼ご飯のお店決めるか」


[命]「ここのショッピングモールって本当になんでもあるから、どこに行っても満足できそうだなあ……」


[悠心]「お蕎麦屋さんは3Fだったか?」


[命]「チェーン店のほうは3Fのフードコートだね。個人店のほうが良かったら1Fかな」


[悠心]「私たちだとフードコートの喧騒に負けて注文できなさそうだな……」


[命]「雨ちーとやっちゃんがいればね……」


[悠心]「声が通らないって酷だよな。個人店にするか……」


[命]「うん……」


[悠心]「あ。そういえば命ってさっきの映画の原作小説持ってるのか?」


[命]「ううん、本屋さんで表紙しか見たことないかな。最近あんまり本読めてなくて……」


[悠心]「もしよかったら貸すぞ。短編で読みやすいから、割とすぐに読み終わると思う」


[命]「うん、じゃあ借りてもいいかな」


[悠心]「映像に原作の空気感との解釈違いはなかったから、映画を楽しめたなら読むべきだな。文章も割と純分っぽくて良かったぞ。命って純分嫌いじゃないだろ?」


[命]「うん、純文学は結構好きだよ。……それにしても秋ちゃん、最近読み物に凝ってるよね」


[悠心]「私はそういう“文学”を生み出せる脳を持ってないからな。ビタミンを自力で生み出すのって難しいだろ? 身体で作れないものは外から摂取するしかないんだよ」


[命]「文学ってかたちがないから、私には何が詰まっているのかが分からないかも……」


[悠心]「まあ要するに文学ってのは悩みの昇華だからな。不定形の悩みを詰めてそのエネルギーで空に放って、それで上がったものを尊んで、観測者である私たちは楽しんでる。つまり、対した悩みもない私は文学を生み出すのには向いてないってことだ」


[命]「私もあんまり深く考えないから、文学的な生き方は難しいかも。昔は憧れてたけど……」


[悠心]「命は書道が得意だろ? 文学になりそうな書道家になりたいと思ったことはないのか?」


[命]「書家しょかと書道家は結構違うんだよ。綺麗な字と芸術的な字は、脳の使うところがかなり違うから」


[悠心]「それはそうか。悪い、変なこと言ったな」


[命]「小学生の時だっけ。夏休みの課題を書くために、私のおばあちゃんの開いてる書道教室に雨ちーと秋ちゃんが来たことがあったでしょ? 秋ちゃんはしっかりお手本を見て書いてたけど、雨ちーは自由に筆を運んでたの。結果できたものは秋ちゃんのほうがしっかりしてたけど、目を惹くのは雨ちーのほうだった。つまり秋ちゃんは書家向きで、雨ちーは書道家向きってことだよ」


[悠心]「そういう観点でも私は創作に向いてないってことか……」


[命]「丁寧な字、自由な字。どっちも好きだけど、私は多分書家向きだから、秋ちゃんの字のほうが好きだなって思ったよ」


[悠心]「そうか、それはありがとう。まあ、気が向いたらまた書かせてくれ」


[命]「もういっそ生徒になっちゃう?」


[悠心]「継続が苦手だからなあ……字が綺麗になったら万々歳だが」


[命]「ん? あれ? 私たちって何回エスカレーターに乗ったっけ……」


[2人]「「……あっ」」


[悠心]「……お蕎麦屋さん、通り過ぎたな」


[命]「間違って地下まで降りてきちゃった……」


[悠心]「どうする? そこにマ〇クがあるが……」


[命]「……いや、お蕎麦屋さんまで戻ろう!」


[悠心]「……賛成。もうお蕎麦の口なんだよな」


[命]「っふふ……」


[悠心]「どうした?」


[命]「私たちってどこに向かってるんだっけ?」


[悠心]「お蕎麦屋さんだろ?」


[命]「っふふ、あははは……」


[悠心]「……どうしたんだよ」


[命]「いや、秋ちゃんって本当に口調が伝染うつりやすいなあって。私が“お蕎麦”って言ってたからかな……」


[悠心]「ん? 今私なんて言った? “蕎麦屋”だよな?」


[命]「……秘密にしとく!」


[悠心]「なんだよ……そんな変なこと言ったか……?」




──────




【ひとことふたこと】

1周年記念の毎日更新、2日目です! 悠心と命の(特に珍しくもない)休日デート回でした! もちろん絃葉公認です。絃葉が命を信頼しているからこそ成り立つデートですね。悠心と命は小2からの付き合いなので、ほとんど家族とお出かけするようなものです。


いつかTwitter(現X)でツイート(現ポスト)した気がしますが、悠心は言葉の初めに付く“お”が見たり聞いたりすると死ぬほど伝染ります。


(例:みんなで旅館にお泊まり時)


[八葵]「へへん、色っぽい八葵ちゃんでさぎを目潰しだ! これでサーブもできないだろう!」

[小霧]「そんな貧相な身体に誘惑なんてされませーん! クリティカル!」

[八葵]「ぎゃー!」

[命]「卓球なら部屋でやらなくても……」

[悠心]「(館内案内メニューを見ている)」

[絃葉]「悠心、晩ご飯って何時からなの?」

[悠心]「夜のお食事は19時からだな」

[絃葉]「えっ(萌え)、もっかい言って?」

[悠心]「そんなに声小さかったか? 夜のお食事は……」

[絃葉]「(悶えている)」

[悠心]「なあ、何もしてないのに急にこいつが壊れたんだが」

[八葵]「そういう時って何かしら手を加えてるのが定石でしょう」

[小霧]「何したのゆーみー!」

[悠心]「何もしてないって……」

[命]「あはは……」


(こんな感じで──)


というわけで毎日更新2日目でした。

明日はみんなでASMRを収録するみたいですよ……。

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