無表情な貴方に愛の手紙を送り続けます。そして、笑って
蒼本栗谷
ありがとう
「貴方に惚れました。婚約してください」
「……はあ?」
一人で夜風に当たりながらワインを飲んでいると、見知らぬ方が私に告白してきました。
聞き間違いかと思いましたが、顔を赤くしている所を見ると聞き間違いではないようです。
「何故、私に? 貴方と私は面識等ないでしょう?」
「ああ、申し訳ない。僕はチリ。貴方の事は知っています、エミリアさん」
チリ、チリ……ああ、あのチカリベ国の方でしたっけ。個人での挨拶はしていなかったのでどこの方かと思いました。
黒い髪に赤い瞳……私とは真逆ですね。私は白銀の髪に、青い瞳。
見た目はかっこいい……より、かわいいよりの見た目ですね。
それにしても……。
「……私の事はご存じないのですか?」
「知っていますよ。無表情の令嬢エミリア。今日の為に沢山調べました」
「はあ」
「貴方が沢山の方に婚約破棄されているのも、貴方が影で悪い女だと言われているのも、全て調べました」
「それだけ調べて、何故私に告白を?」
「調べている内に貴方に惚れたからです」
この方は何を言っている? 私の事を調べたのなら私の家の事も調べたはず。
私の家が悪名高い事を。誰に対しても冷たく、暴力もいとわない家だと言う事を。
この方の感性は可笑しいのでしょうか。普通ならこの事を知ったなら関わるのを避けるはず。
ほら、よく見てください。広間から冷たい視線が私達を見ています。
「……もうお戻りになっては? 私は貴方と婚約するつもりはありません」
「駄目ですか?」
「私の家をご存じでしょう。私と関わるとろくな事になりません」
「承知の上です」
はあ。なんなのですかこの方は。
何故、そんな悲しそうな目で私を見るのですか。私と関わるとろくな事にならないのに。
「どうすれば僕と婚約してくれますか?」
「……婚約するつもりはありません。酔いが回ったのでそろそろ失礼させていただきます」
早く、この場から離れましょう。
勢いで押されてしまう。婚約を受け入れてしまいそう。
「エミリアさん。貴方と婚約する為なら僕は何だってします」
――馬鹿、なのでしょうか。この方は。
何だってする。何故、私なんかに。やめてください。
優しくない、美しくない。表情の変わらない私はつまらない。他の女性の方が美しい、優しい、楽しい。婚約破棄してきた方は皆そう言った。
だから、この方もそう言うのでしょう。つまらないと、美しくないと、優しくないと。
それなら最初から婚約などしなければいい。私は一人でいい。
「――失礼します」
「エミリアさん」
「貴方も早く中に戻るといいですよ。風邪を引いてしまいますので」
「貴方が頷いてくれるまで、僕は諦めませんから」
……どうせ、諦めるのでしょう。期待した所で無駄なのは分かっている。
私は彼の言葉に返事をせず、広間に戻った。
何故か、彼の言葉がずっと頭の中に残った。期待した所で、無駄だと、分かっているのに。
婚約……どうせ後で婚約破棄するのでしょう……分かり切った事です……。
<>
あの日から数日が経ちました。
あの後、彼からは何もなかった。やっぱり、期待しても意味などなかったのです。
「エミリア様、手紙が届いております」
「……手紙?」
手紙が私の元に届けられた。一体誰から――?
よくよく見ると、チリの名前。
それを見て私の心はドキリとなった。
恐る恐る手紙の封を切って中を確認する。
『拝啓。エミリア様。あの日から数日、何も連絡しなくて申し訳ありません。あの後、僕なりに貴方と婚約するにはどうすればいいか考えました。貴方に贈り物をするべきなのか。でも貴方は贈り物など貰っても心には響かないのでしょう。貴方と共に過ごす事も考えました。ですが、貴方は僕の事を知らない。そこで僕は一つ考えました。貴方に手紙を送る事を。手紙を送れば、貴方は僕の事を知ってくれる。そうしたら、貴方と婚約出来るような気がしたのです。エミリアさんから手紙を送らなくても、僕が一方的に送りますので、返事はお任せします。無表情な貴方に愛の手紙を送り続けます。そして、笑って。それでは、よい日をお過ごしください』
手紙を見終えて私は驚きました。
何、を考えているのでしょうか、この方は。どうして、私なんかにここまで出来る? 分からない、理解が出来ない。
笑って? 笑い方を忘れたというのに? 愛の手紙を送り続ける? どうせ飽きて送らなくなるのでしょう?
信じない、私は、信じない。どうせ、この方も周りの方と同じ。だから、信じない。
<>
『素敵な紅茶が届いたのでエミリアさんにもおすそ分けします』
『我が国では祭りが開かれました。よければ参加してください。楽しいですよ』
『白い花を見て真っ先にエミリアさんの事を思い浮かべました。貴方の髪はとても綺麗な白銀ですね。貴方に似合っている』
あの手紙が来た日からほぼ毎日私の元に彼からの手紙が届いた。
何故送ってくれるのか私には分からなかった。分からなかったけれど、私は彼からの手紙を心待ちにしている事に気づいた。
手紙を読むと彼の事を知れたような気がした。諦めの悪い彼に、心が惹かれた。
でも読み進めるごとに私は思ってしまった。彼に私は相応しくない。
でも、でも、私は彼に会いたい、好きになってしまった。それが酷く悲しくて、辛かった。
私を思ってくれる彼に、期待した。彼なら――と。
気づいたら私は馬車に乗っていた。
手には彼の手紙。
『エミリアさん、手紙を送るのは今日で最後になるかもしれません。国での仕事が忙しくなり、自分の時間をとれそうにありません。今までありがとうございました。僕からの手紙はもうないでしょう。お幸せに、さようなら』
手紙を見て私は思い出した。
この手紙を見て私は泣いてしまった。そして、家を飛び出した。
嫌だった。彼からの手紙がなくなるのが、彼のお話が聞けなくなるのが、嫌だった。
彼に会いたい、そして、伝えたい。私は彼に心を掴まれていた。
馬車から降りて私は走る。彼の元に。会いたい、会いたい、会いたい!!
城の近くまで行くと、彼が城に戻ろうとしている姿が見えた。
私は――――叫んだ。
「チリさん!!!!」
「――エミリアさん?」
私の声で彼は立ち止まった。私は走って彼の前で立ち止まる。
必死に息を整える。そして彼の顔を見る。でも、視界がぼやけて彼の顔が見えない。
「え、エミリアさん? 何故、ここに?」
「っ……貴方、に、会いたかった」
呼吸が定まらない。
伝えないと、ちゃんと、私の気持ちを。
でも、上手く声が出ない。
彼が私に近づいてくる。
「落ち着いてください。大丈夫、大丈夫ですよ」
「ひっく……うぅ……チリさん、チリさん……!」
「はい」
「わたし、は、貴方の事が、好き、です。だから、さよならは嫌です!」
彼の顔がよく見えない。格好つかない、これじゃ、駄目なのに。彼に引かれてしまう。
いつものようにしたいのに、いつものように出来ない。涙が溢れてしまう。顔が歪んでしまう。
「……エミリアさん」
「っごめ、ごめんなさい……今、止めます、から」
彼に拒絶されてしまう。嫌、そんなの、嫌。
涙を止めようとしたら、彼に抱きしめられた。
「――え」
「僕も、さよならはしたくありませんでした。……エミリアさん」
「……? はい」
「貴方と、共に過ごしたい。婚約してくれますか?」
「っ――――! は、い、はい!」
私の返事に彼が頬んだように見えた。
「――貴方の笑顔は、素敵ですね」
その後私とチリさんは婚約者となった。
両親からは幸せになりなさいと言われた。そして自分達の都合に巻き込んで申し訳ない。と。
表情豊かなエミリアを見るのは久しい。そう言われた。
私は幼い頃に両親から厳しい躾けをされ、その結果表情が動かなくなった。
でも、今は表情が動くようになった。それはチリさんのおかげ。彼の手紙で私は表情を取り戻した。
今日、私はチリさんと結婚式をする。部屋で彼に貰った手紙を見る。
その時一枚の手紙が私の手から落ちた。
「あっ……」
拾うと、ある一文が目に入った。
『無表情な貴方に愛の手紙を送り続けます。そして、笑って』
最初にチリさんから貰った手紙の一文。それを見て、私は笑った。
「……貴方の手紙のおかげで私は笑えるようになれました。ありがとう」
「エミリア様。準備は出来ましたか?」
「――はい」
手紙を机の上に置いて私は部屋の外に出た。
貴方の愛の手紙で私は笑顔を取り戻した。
貴方と一緒なら、私は何処へでも生きていける。
ありがとう。
無表情な貴方に愛の手紙を送り続けます。そして、笑って 蒼本栗谷 @aomoto_kuriya
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