協力関係

要求されたココアを持ってバタフライの地下一階に降りた。


彼は正面の壁一面に貼られた資料から目を離さずに、その灰色の頭を揺らして言った。

「これ......すごい。ピンクの子だね、朝霧と書き方が違う......彼女1人で? 」

「大体は。アスから受けとった資料を部分的に渡したりはしたけど、それ抜きでも賢い子だよ」

作業机にココアを置いて、回転椅子に腰をかけた。


アスは再び一面を目で追うと、唸りながら置かれたカップを手に取った。

「やっぱり1度話がしたいな。この子も、彩影も、無透も。........................時期が早いのはわかってるよ。まだ混乱させるわけにいかない」

俺の視線に気づき、こちらをちらと見てそう付け足す。会話をしなかったとしても、ふたつの灰色を持つアスが3人に接触すれば、なにかしら面倒なことになる。


「あ、これは持って帰っても良いのかな」

アスはココアを机に戻し棚に並べられた小瓶をいくつか手に取った。砂になったあとのレスレプトを収集したもの。最近郵送したばかりなので、まだ量は無い。

「もちろん、そのために保存してる」俺が持っていたところで何の役にも立たない。気色悪いとさえ思っている。奴らの一部を好き好んで手元に置くはずがない。


それを聞いたアスは瓶を机に置いて、またココアのカップを両手で包んだ。

「うん、ありがとう。........ねえ、この部屋、やっぱり寒いよ」

当たり前だ。いい環境である必要は無い、と暖房は取り付けずにいる。こんなところで話そうというのがそもそも間違っている。

「だからこっちに来る時は宿をとった方が良いって言ってるのに」

「ええ....俺は朝霧と話がしたいんだよ」

不満げにそう言って赤いソファへと腰をおろす。このままバタフライに泊まるというのだから血の気が引く。

寝かせられる場所なんて無い。下の階ならマットを敷けるけど、ここより寒い。としてもソファにブランケットは......そしてなにより間が持たない。


「話すことなんかなにもない」

事実。アスをワレモノのように扱っている自覚はある。余計なことを言って不信感を与えたくはない。

約束が果たされるまで穏便に、確実に、関係を繋げていたい。

「....本当に? おれはいつ言われるかな、って思ってたんだけど」

濃い灰色の目で見つめられて困惑した。俺が、アスに。

「その様子じゃ....そっか。いいんだ。信用してくれてるみたいでおれは嬉しいよ」

なにを.......信用。

その言葉でようやく察しがついた。馬鹿だな。アスとの話なんて、しぃのこと以外に何があるっていうんだ。嫌な予感ならいくらでもある。


「 しぃになにか問題が___ 」

「ああいや、ごめんね。変わりはないんだ......良くも、悪くも」

慌ててそう返すアスの髪が揺れる。

「ならどうして」

「それは......現状報告もなしに協力してもらってばっかりじゃ、人質にとってるみたいじゃないか」

「......同じようなものだ。しぃが目を覚ますなら過程はどうだっていい。協力は惜しまない、惜しむはずがない」

人質を否定されなかったのが引っかかったのか、アスは一瞬眉をひそめた。

「うん、わかってるよ。協力者の中じゃ君が1番よく動いてくれてる。だけど、無茶はしなくていい。しーちゃんの為にも。結局、最後に必要なのは血縁者の色なんだから」


返事に迷った。何を言っても邪魔な気がする。

灰死体に色を戻して蘇生させるなんて、普通信じない。わかってる。だけど。

今はこの灰色に縋るしかない。

「........やっぱり、RGBを揃えないと? 」

「う....ん。ブルーは手元にある、グリーンは目星がついた..............あとは....」

アスは瞬きすると顔を背け溜息をついた。さっきから珍しい表情ばかりする。

「不純物の混ざらない澄んだ色が見つからなくて.........正直言うと、ブルーも選び直す必要があるかもしれない。社長が用意したもので、なにから得たのかは分からないけど......彩影を見てしまうと、少し心もとなくて」

「チアちゃん? 」

「うん、あの子は良い色を持ってる......ちゃんと守ってあげないと」

いざというとき使えるように、か?

........いや、アスにはできない。人間から奪色していればRGBなんてとっくに集まっている。彼の他人への情はどこからきているのか。


「とにかく、しーちゃんのことは最優先で進めてるから安心してよ」

前例もなく、アスが管理しているとはいえ灰死体の保存期間も分かっていない。

血縁者の色素譲渡。しぃの目覚めが早まるのなら強引でもいい。

そのとき、俺が無事である必要は無い。

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