ロダ過去編
乗り気じゃなかった。
だってそうでしょう。いち企業の警備員なんて何が面白いの? ドアの前に突っ立って、毎日おなじ壁を見て。冗談じゃない。
1度仕事場を見れば興味が湧くさ、と。父に連れられ既に30分は建物の中を歩いている。
が、やはり。入る部屋はどこも書類だらけ。すれ違う警備員に覇気は無い。
それもそうだ。実績も、将来性も無い発展途上の企業を一体何から守るというのか。
「ねえ、もういいでしょお父さん。私進路を変えるつもりはないから」
足を止めたお父さんは困った顔をした。
「しかしだなロダ...高校2年の進路調査書に陸軍と書くのは...」
そこまで言われるほど変な選択ではないはずなのに。いいでしょ、私には向いてる。
「前期も書いたけどなんにも言われなかった。今年の担任、体育の教科担当だし。授業中の私を見てたら止めるに止められないの」
「なに? 道理で三者面談の話がないと思ったら.....親は来られないとかなんとか言ったんだろう。他に隠してる書類は? 」
無いですけど。そしてここにいる理由もない。
「無いよ、ね、お父さんはまだ仕事あるんでしょ? 私先に帰るから」
「待ちなさいロダ、帰りは送るよ。だからもう1箇所だけ見てくれないか」
私に何を期待しているの? ため息が出そうになった。
だけど正直、お父さんの仕事内容に興味があったのは事実だ。だって本当に、何をしているのか分からないから。
それで今日はついて行くことを承諾した。これで最後だと言うなら仕方ない、1日くらい付き合ってあげよう。
そう思った。
「分かった。そこを見たら帰るから」
エレベーターで階をふたつ上がった。廊下の雰囲気はさっきの階と特に変わらない。お父さんは早足でどんどん進んでいく。ぼーっとしながら歩いていたら急に立ち止まられてぶつかりそうになった。
「ここ? 」
「そうだ。挨拶は必要ない。みんな自分のことで手一杯だからね」
なにそれ。
お父さんは困惑する私をよそに、ノックもせずにその扉を押した。
その部屋を見て、研究室だ。と思った。
むしろそれ以外のなんでもない。白衣を着た人が十数人、机の上は試験管だらけ。入って左の棚には本がびっしり。右は...蝶?
「皆、気にせず作業を続けてくれ。娘のロダだ。私はいくつか仕事を終わらせてくる。その間、見学させてやってほしい」
「ちょっと」
「すぐ戻るよ、そこに座っていなさい」
紹介されて一応会釈はしたけどこっちを見たのは数人、その視線も直ぐに手元へ戻された。
嫌な感じ。
その中で、黒髪の少年と目が合った。ぱっと目を開き笑顔を向けてくる。あのひと、何歳?
私より下なんじゃ。ほかの研究員達は全員成人しているように見える。
それじゃあ後で、と肩に手を置かれてはっとした。ほんとに置いていくつもり?
そう声に出す前に、お父さんは扉の向こうに消えていった。どうしよう。
このまま立っているのも落ち着かない。仕方なく言われた通りに部屋の隅のパイプ椅子に腰をかけた。かなり気まずい。けどこの気まずさを感じているのは私だけ。
みんな必要最低限の会話しかしていないし、内容も理解できない。
手前の女の人を見た。金髪っぽいけどちょっとくすんだ黄色って感じ、目線を机の高さに合わせて何かを観察している。あれはヤモリ...トカゲ...? 分からないけど、何をそんなに熱心に。
目の端で藍色の髪の男の人がさっきの少年を叩いたのが見えた。あそこの2人だけ妙に仲が良さそうだ。どうでもいい情報ばかり入ってくる。帰りたい。
居心地の悪さを感じながら目線を泳がせていた次の瞬間、急に声をかけられて肩が跳ねた。
「ね」
「っな....なに....」
顔を向けると、そこに立っていたのは黒髪の少年。いつの間に。
「うん......君の気を引きたいんだ、ロダちゃん」
....は。
「ちゃんはやめて。なに...気を...? 」
奥の方で藍色の彼が呆れ顔でこっちを見ているのが見えた。見てないで助けて。
「綺麗な子だなって。あ、俺はアスっていうんだ。じゃあ、よろしくね、ロダ」
よろしくねって......もう会うことはないと思うんだけど。
「仕事しなくていいの」
「うん、今日やりたいことはだいたい終わったから」
「全部じゃないんだ」
話してる暇ないでしょ。というかどこ見て.........私の腕?
「それ、どうしたの」
黒い目が左腕をじっと見つめる。小さい時に公園の遊具から落ちて擦りむいた怪我、跡が残ってしまったもの。
「擦りむいただけ、これくらい誰でもあるでしょ」
「痛そうだね」
何年前の傷だと思ってるの。
「痛いわけないでしょ」
「うーん....女の子なんだし.....。よし、こっちにきて」
よしって。
手を引かれるまま立ち上がった。意味がわからない。
抵抗する暇もないまま藍色のひとがいる机まで連れてこられてしまった。2人の共同スペースなのだろうか。
「アス........」
「ほら、近くで見るとより美人さん」
藍色のひとが悪いな、とでも言いたそうにこっちを見て苦笑った。日頃から振り回されていそうだ。
「ええと、ちょっとまっててね。赤と...黄色....白__ああでも...ブルベかな... 」
ぱたぱたと蝶の棚に駆け寄ったアスは虫かごをいくつか抱えて戻ってきた。
何を始めるのか想像もつかない。
「ほら」
藍色さんがトカゲの入ったケースを滑らせて渡す。雑。
「ありがと」
なにやらガチャガチャとよく分からない道具を漁り始めたアスをじっと見る。
「あ......あんま見ない方がいいと思うぞ」
藍色さんが私の肩をつかんで体の向きを変えさせた。ちょっと、余計気になる。
そうして10分たっただろうか。
「ロダ、腕見せて」
呼ばれて振り返った。
アスの手の上でトカゲが舌を出している。__色が、さっきと違う。独特な鱗さえなければ人間のものと間違えそうな肌色。
「爬虫類、苦手? 」
「別に...特別」
「良かった、じゃあ失礼して」
平気だけど、さすがにぎょっとした。
傷跡にトカゲの両手をぺったりと当てられる。
「なに.......」
少し引き気味にその行為を見守る。アスは片手に持っていた注射器を迷いなくトカゲに挿した。そんなことしたら暴れるんじゃ、一瞬思った。
だけどそのトカゲは大人しくて___と思ったら体をぶるぶるっと震わせた。
次の瞬間、トカゲが色を吐いた。
色が滲み出ている。指先からじわじわと、傷跡に向かって。
振り払うことも出来たのにそうしなかった。心のどこかで大丈夫だ、とわかっていた。
息を止めていた。色の流出が止まってアスはトカゲを腕から離した。
「え」
傷が見えるようになって目を見開いた。正確には、傷のあった場所。
触ってみてまた驚いた。変色どころか凹凸もなくなっている。どういうこと?
「うん、綺麗だ」
アスは頷きながら灰色になったトカゲをハンドリングしている。
何をしたの?
「いつもこんなことしてるの?さっきのは何?」
思わず身を乗り出した。
やっぱり過程を見ておくんだった。高揚を感じる。
「いつも.....そうだよ。だけどこのやり方、効率が悪いし全員が毎回成功するわけじゃないんだ。だから今はもっと正確な別の方法を探してる。あとちょっとなんだ」
そう眉をひそめ話す彼を見て心が浮いた。
この子は天才だ。
きっとこれから大勢助けて尊敬される。
..........それを近くで見ていたい。
「ロダちゃん、お父さんが」
ああ、もう終わっちゃったの。
自分に駆け寄ってきた娘の第一声を聞いて、彼は喜びを隠さなかった。
あの時の担任は驚いたなんてものじゃ済まなかっただろう。
あれほど進路を譲らなかった私が夏休み明けに提出した進路希望にはホームページすらない無名の企業の名前があったんだから。........挙句の果てには進級前に自主退学。今思い出すと少し申し訳ない。まあ、どうでもいいけど。
「ロダさ、おれのこと好きだよね」
「......尊敬はしてますけど」
「それ....好きってこと? 」
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