幼少、少年暦恋慕

@kodukikentarou

甘じょっぱい男の恋愛話

熊本の天草の最南端、牛深市。

かつては漁業で栄えたが、少子高齢化の波は津波の如くに襲う。

その寂れつつ、消滅の危機すら抱えている街の一画のスナック。

朝からウイスキーを嗜む中年の皺の入った灰色のジャケット着た冴えない男。

ウイスキーグラスの氷がカランと子気味良い音を立てると同時に

「まーた、飲んでる、アル中になるよー」

声のする方を一瞥すると

「ガキ共か、何時もの面々つるんで楽しいか?」

男、俺の名、浦部京助。

俺はゆっくり立ち上がり、飲んでいる割にふらつかずに、しっかりした足取りでカウンターに立ち

「ま、楽しくなけりゃつるまんか。麦茶でもいるか?」

少年少女は間髪入れず、喉が余程渇いていたのであろう、条件反射的速度で頷く。

何せ今年の夏は異常らしい。

全国津々浦々で過去の最高気温を上回ったとはラジオ。

ガキ共は麦茶を一気飲みすると今度は

「浦部のおじさんー何かお話してー」

無茶ぶりだ。

突然ンな事言われても困るだけである。

ならばと

「ガキらしく外で遊んで来い」

と煙たい物をどこかにやるかのような論調であしらう。

すると口々に不服そうな声でやんややんや文句を垂れて来るので

「・・・何の話が聞きたいんだ?」

折れる。

子供に負けるとは情けないが、数の暴力の前では仕方ない。

やれやれだ。

ガキ共は口を揃えて

「初恋の話!」

は・・・?

自分でも分かる。

突拍子もなく、ンな事言われても、と。

鳩が豆鉄砲を食ったよう。

暫く思考が停止したが

「ませてんな。他のにしろ」

「きーきーたーいー!」

食い下がって来る。

聞き分けの効かないガキは嫌い・・・まあ、ガキだからこんだけ根性があるのも天晴れである。

だからと言って俺の恋愛話なんて聞いても面白くも何ともないだろう。

やっぱり他の話に・・・

「恋愛話―」

ふう・・・

「つまんねーぞ?それでもいいなら聞け」


そう、あれは俺が埼玉にいて、幼稚園に上がって直ぐだった。


凛とした顔立ちに、真っ白な陶磁器の様な肌に黒漆の様な光沢を放つ髪の少女。

幼心にもそれは美しいと思った。

初めて知った感情だったかもしれない。

それと同時に好き、なんて物でなく、本気の恋をした。

だが、俺は絶望する事になる。

向こうは英才教育を受けており、俺は顔を合わせる事すら躊躇う程底辺族だった。

小学校。

名門校に入るのだろうと諦めていたが、何故か一緒の町立小学校、ま、今は市立だけどな、に入った。

俺は周りに比べて身長が高い割に運動神経ダメ、学問ダメ、どんどん学校での居場所を無くしていった。

その愛した女子、学校での唯一の友達だった三笠に聞いたところ霧島愛華と言うらしい事を聞いたのだがその女子ともどんどん距離が離れて行った。

今でいうイジメだな、それの対象になったんだろうな、蹴られる、物は隠される、罵詈雑言は言われる。

俺は学校を嫌いになった。

あんな場所、行かなくても生きていける。

死?

はん、何でいじめ如くで死にゃあならん。

ボイコットすればいいだけの話。

せんこーの話なんて馬の耳に念仏。

単位はとらないといけないとは言われたのでそれだけ受けて、後は遊び放題やりたい放題。

今思うとやけくそだったのかもしれない。

愛した人を忘れる為に。

格差を呪い、自分を呪い。

だがそれは突然訪れた。

イジメ集団の一角、俺からすればモブ公だが、確か・・・本田っていう男子が俺が霧島の事が好きだと言う事を知って学年中に言いふらした。

そして偶然廊下で霧島と出くわした、そして・・・

「私の事、好きなの?」

俺は如何返答すればいいか分からなかった。

俺は思った、好きと言ったらこの人を傷つけるのではないかと。

臆病者。

そう背中を指さされてもいい、俺はこの人の未来を背負える程大きくない。

そして出た言葉が

「もういい!」

と走り去った。

涙が止まらなかった。

あの後は、何もなく、中学に上がり、とどめを刺された。

親友だった三笠の好きな物作ってあげたいの!

霧島の言葉だった。

そう、霧島は三笠が好きになっていたのだ。

嫉妬。

いや、嫉妬する権利すらないが妬み。

自分の醜さに自己嫌悪して

「ツナおにぎりが好きだぞ」

と本当の事を教える。

それで最後。

そう、俺は転校した。

理由は在り来たり。

親の都合だ。


「どうだ?つまらなかっただろう?」

ガキ共がにまーっと笑う。

「そうかそうか、愛想笑いはしてくれるか」

「霧島さん、入って来て」

は?

俺は耳を疑った。

幻覚か?

其処には・・・

         了

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