第7話 1日外出録アスリー

 灰色の取調室。

 取り調べ(?)は続いていたが、段々と終わりになっていくのがわかった。一通り、もうある程度は話したからだ。

 これ以上は警察(検察も?)に取って有益な情報は出ないと思われたからだ……実際アスリーもこれ以上はあまり知らなかったし。

 ミュールちゃんは書類を整えてから、澄ました顔で言う。

「さて、と。アスリー先生。そろそろアスリー先生にはムショ(刑務所)に行ってもらって、そこで末永く幸せに過ごしてもらうことになるんだけど」

 アルテナ中尉が肯く。

「そうね。ムショはそこまで居心地悪くないって聞くし……って、違うでしょ!」

 アスリーはぼんやり思った。

(アルテナさん。ノリツッコミもできますやん……)


 ミュールちゃんはコホンと咳払いをした。

「失礼。アスリー先生。先生は死ぬまでムショ(刑務所)から出られないんだけど。でもムショに行く前に、まず留置所に行ってもらうわ」

「……ムショに行くのは確定なん?」

「いえ私の願望だけど」

 クスクス笑うミュールちゃん。

 アスリー先生とアルテナ中尉は、可能なら抱き合いたかった程に怯えていた。

(やべーッス! コイツまじヤベーっすよアルテナさん!)

(ごめんなさいごめんなさい! ……実を言うと私も怖いの!)

(そっちの部下なら、そっちでなんとかしてくださいよ!)

(ふえぇ……)

(幼女っぽくなってもダメっす! チェンジ、チェンジで!)

(それには相当マズいことをされたとか、理由が必要なんだけど……)

(ムショ入りを切望してくる未成年軍人ってだけで、十分な理由になると思います!)


 そこでミュールちゃんはテキトーな感じで言う。

「まあムショ(刑務所)の前の留置所だけど……アスリー先生。先生も規則正しい生活を送って、自分の過ちを見つめて反省し、しおらしくしてれば不起訴とかになるかも……知らんけど」

「肝心なトコが曖昧じゃない!?」

「んー。実を言うと警察ではね、留置所も、担当以外の人はどうなってるのかよく知らないのよ。検察とか裁判所とか刑務所のこともよく知らないし。……興味もないし、わりとどうでもいい部分だし。だって捜査と、あとは身柄を確保しとくのが警察の仕事なだけで」

「なんか容疑者に対して酷すぎると思う」

「いえ警察って、もともと調べるだけの機関だから。それが終わるまでの間の繋ぎで容疑者を勾留しなきゃならない、ってだけだからね。裁くのは裁判所だし、検察がどう起訴するか・しないかも警察はあまり知らない。警察は逮捕っていうイメージが強いけど、本命はあくまでムショよ。ムショに行くまでの繋ぎで留置所があるってだけで」

「まあ……そう言われると」

 一方、アルテナ中尉はこっそり思っていた。

「(この子。ムショが本命って言ってる……)」


 ミュールちゃんは少し頬を触る。

「でも規則正しい生活ってのは本当よ。寝る時間と起きる時間も決まってるみたい」

 アスリーは少し疑問に思って、ミュールちゃんに聞いた。

「ところでさ。ムショ(刑務所)はなんとなくわかるのよ。網走とかにあるんだよね?」

「まあ、厳しいムショは」

「じゃあ留置所って、ドコにあるの?」


 ミュールちゃんはごく普通の声で言った。

「ココの、警察署の地下よ」

「地下!?」

「そうよ」

「え!? 地下で粉塵にまみれながら労働すんの!?」

「いえ労働はしないけど」

「独自通貨をギャンブルで集めて『一日外出券』とかないの!?」

 アルテナ中尉がボソッと呟いた。

「聞いたことないなぁ……逃亡の恐れがあるし」

 ミュール准尉が片手をあげる。

「しかしアルテナ中尉。外出先でも黒服が見張っていれば、多少のグルメとかも許されるのでは」

 ぼんやりアスリーは思う。

「(ミュールちゃん、こう見えて結構ノリノリですやん……)」


 ミュールちゃんは続ける。

「留置所はギャンブルどころか……基本は会話すら禁止なはず。それにそこまで人は集まらない。せいぜい一部屋に数人が入るだけだから」

「なーんだ。五段ベッドのタコ部屋じゃないのか」

 ミュールちゃんは肯く。

「待遇はアレ(どれ?)よりもいい……かなぁ。ま、その場所によって色々とあるけれど。労働はしなくていいんでソレはお得かも」

「お得って……時給出るの?」

「出るわけないでしょ」

「ふえぇ」


 ミュールちゃんはグッと拳を握る。

「大丈夫! 留置所暮らしが終わってアスリー先生がムショに行ったら、先生にキンっキンに冷えたビール(小さいやつ)を差し入れするから!」

「それ絶対、後で欲望でやられるやつじゃん!」



 そこでアルテナ中尉が恐る恐る手を挙げる。

「ええと。それじゃあこのへんで。本日の取り調べはここまでとします。これからアスリーさんを留置所に……。えぇとこれから指紋採ったり、身長体重チェックしたり、身の回りのものを一旦回収したり、あとその……あそこのチェックとかもあります」

 アルテナ中尉が少し俯いた声でそう言うと、ミュールちゃんは(何故か)凛とした顔で言う。

「アルテナ中尉。指示・伝達が不明瞭に思います。どの場所をどうチェックするか、詳しく表明していただきたく」

「う……えっと、その……、女性の、なんと言うか」

 ミュールちゃんはクスクス笑うと、一転して凛とした表情になった。……彼女の瞳は本気っぽかった。

「はっ、アルテナ中尉。特に注意すべきは、膣及び肛門ですね。了解しました」

「ふぇぇ」

 アスリーはハッキリ思った。ミュールちゃんはサイコパスではあるが(確定)、かつ、性癖はかなりのSだと。



 #すいません。この物語の当初予定は『アスリーが変態』というもので、作品情報にもそう書いたのですが。なんかソレを上回るものが出来てしまった感じです……。



 アルテナ中尉が言う。

「でもまあ、アスリー先生はあまり隠さず供述してくれたし。後は警察の本格捜査になるけど……色々と大丈夫な気はするわ」

 しかしミュールちゃんは、やれやれだぜと承るように言った。

「アスリー先生。ムショに行く前に、せいぜい留置所ライフを楽しむことね。もし先生が取り調べに協力的じゃなかったら色々アレするところだったぜ」

 アスリーは少し怯える。

「アレ、って何さ。アレって」

「アレはアレよ。このご時世でそんなん言えるわけないでしょ」

「でも人権団体も頑張ってるって聞くし、取調室は録音録画もされているんでしょ?」

 アルテナ中尉が言う。

「アスリー先生。取り調べの技術も色々あるんだけど、よく使われるのは『アメとムチ』が多いかな。まず、めっちゃ怒ってる高圧的な刑事が取り調べて、その後に被疑者を庇うような優しい刑事が出てくるの。……これって、どちらも供述を引き出すためなんだけど。でもだいたいは落差で『優しい』警官のほうに色々喋ってしまうようね」

「なるほど。ギャップ萌え、ですな」

「……」


 そこでミュールちゃんは言う。

「でも。確かにアスリー先生はあまり隠さず供述してくれたけど、それだけって感じじゃないかな? だって普通の人はそもそもパクられないもの。なのに先生はパクられて、警察舐めてるし、ショタの人生(と言うか性癖)を狂わせたし、ヘンな媚薬使ってるし、なんか同人誌うんぬんで民事がどうとか聞いたし。ほんと人間として最低レベルだと思う。先生って履歴書の長所のとこに『だけどドラッグはやってない』と書くのがギリギリなくらいで。なんか本当に残念な人よね……」

 アスリーは身に覚えがあり、さらに痛いところを突かれたので、顔を歪める。

 そこにアルテナ中尉は軽く叫んだ。

「ミュール准尉!」

「は、はい?」

「口を慎みなさい准尉。私達が警察側だからと言って、それで相手を貶すことは許されないわ。容疑者も人格がある一人の人間です。だから私たち警察側も、同じ一人の人間として向き合わねばなりません。それに警察は裁く機関ではないと貴方も言ったはずです。ミュール。容疑者を見下し、侮辱することは私が許しません」

 そう言われたミュールちゃんはビッと背を伸ばした。

「すっ、すいませんでした、アルテナ中尉!」

 アルテナ中尉はアスリーに頭を下げた。

「ミズ・アスリー。部下の非礼、お詫びいたします。しかし彼女は未成年で未熟者。お許しください」

 それを聞いたアスリー。アルテナさんの、こちらを尊重してくれている言動が心にしみた。……今まで警察は『敵』だった。民事でお世話になった時もだ。

 だが、違うのだ。違った。警察は……法律を尊重し守らせる機関なのだ。逮捕などはその一つの手段に過ぎないだろう。

 アスリーは涙ぐんで、言った。

「うぅ。アルテナさーん! そんなに気遣ってくれてありがとー! 私、私とっても嬉しいよー! 本当にありがとー! いい人や、本当にいい人やー!」


 感激で、半ば泣いているアスリー。


 ちょっと時間をおいて。

 アルテナ中尉は、言った。

「えーと。ごめんなさいアスリー先生。今のが『アメとムチ』なのよ……」

「はい?」

 ミュールちゃんも言う。

「チョロいですよアスリー先生。私が『悪役』の『ムチ』になって先生に恨まれた後、アルテナ中尉が助け舟を出して『アメ』となる……そうすると容疑者はコロッといっちゃうわけ。実際アスリー先生はかなりグラついてたし」

「……だ、騙した?」

「騙したわけじゃないけど……」

 アスリーは天に向かって吠えた。

「よくもだましたアアアア!! だましてくれたなアアアアア!!」


「いえ。だから役割分担、的な。それくらいの感じ」

「そんな軽いノリで騙すの!? 警察こええよ!」



 アスリーはぜえぜえと呼吸を整えていたが。興奮が収まってから、言う。

「そうだ。ねえアルテナさん。警察は色々な容疑者(犯人も)に接するから、色々な人の性的指向にも理解があるって聞いたんだけどさ」

「『理解』というか、割とどうでも良い……的なものの感じみたいだけど。まあ、うん」

「アルテナさんならわかってくれると思うんだ。私の、このMっ気を」

「(ごめんなさいアスリー先生。私、本職は警察じゃなくて軍人だから、そんなに幅広くはカバーできない……)」

「アルテナさん。実は。実はだよ? さっきミュールちゃんにぎゃんぎゃん言われた時……私、少し興奮して感じちゃってさ。性的に」

「えぇ……」


 アスリーは、おおっとする。

「待って。私はSもMもイケる口なんで(後の半分は優しさでできている)、高圧的に罵られたらMッ気に触れて性的に興奮し、優しい警官にはSっ気が発動するかも。永久機関っぽいね」

 アルテナ中尉はそっと手を口元にやる。

「(アスリー先生って色々面倒な人だけど……どこ行っても楽しく生きていけそう)」

 アスリーは身を乗り出す。

「ねえ。優しい警官ってどれくらいな感じなの? 土下座して私の足を舐めてくれる警官がいれば、私、性的に興奮するんで色々と白状するかもしれない」

 ミュールちゃんは狼狽えている。

「え。そこまでのマゾ警官は、多分訓練校の時点でふるい落とされている……と思いたいけれど」

「えー。そういうのは両方用意しておくべきじゃん!?」



 アルテナ中尉はぼんやりと思っていた。

「(んー。アスリー先生も、興奮する・しないで物事を決めてるから。ウチのミュールと大差ないように思うけどなぁ……)」



 ちなみに彼女アルテナ中尉こそ、この場で唯一の常識人である。


 いや読めばわかると思うけど。一応。念のため。




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