04 休憩時間の話
翌々日。
遅い休憩時間に、昼食を取っていたときのことだ。がらんとした社員食堂は、俺の貸し切り状態になっている。
割烹着姿の厨房のおばちゃんが、テーブルの上に飴玉を置いた。
「青木ちゃんゴメンやでー、うどんしかなくってー」
五分前。
ほがらかに笑うおばちゃんは俺の姿を見るなり「定食は全部、終わっちゃったよぅー」と言った。それで「うどんが喰いたい」と、わざとらしくニヤニヤしてやったのだ。遅い時間に休憩を取ったので、定食が切れたのは仕方ない。ニヤついた顔をしたのは「気にしてないよ」という意味だ。たぶん通じているだろう、たぶん。
うどんを喰い終わったころ、おばちゃんがやってきた。
テーブルの上に、個別包装されたクッキーを三枚置く。
「なんなん、これ」
彼女はペロリと舌を出す。
「サービスサービスぅ」
「ええって、そんなん」
「あら青木ちゃん。神戸訛り、上手くなったやないの」
そんなこと言われると。悪い気なんか、しなくなるじゃないですか。
自分でも頬がゆるむのがわかる。
「そりゃまあ、周り全部が標準語アクセントじゃないもん」
「それもそうやね、あらっ」
会話中断するほどの、おばちゃんの言葉の大元の視線の先。菊田がいた。
菊田は俺に「お疲れー」と言い、疲れた顔で片手を上げる。そして食券を買い、俺の近くにどっかりと腰を下ろした。
「おばちゃん、うどんに肉のせてくれる? できる?」
言いながら、おばちゃんに食券を出す。相手は「しゃーないなぁ」と笑みを浮かべた。
「菊ちゃんの言うことだったら、断られへん」
そうは言いつつも、おばちゃんは破顔の笑みをたたえて厨房へと向かう。菊田は彼女の後ろ姿を確かめながら、俺に向かって声をひそめた。
「なぁ? ピンクドールハウス、行ってみいひん?」
「は? なにそれ?」
「だからさぁ、先輩が言っとった『廃墟』やんかー」
「はっ? なんなん、その廃墟の名称」
「元ラブホや」
そこまで話していると、おばちゃんが菊田のために肉うどんを持って来た。 見るからに甘辛く味付けされた牛肉とネギのみじん切りが、丼から溢れんばかりに載せられている。
「す、すごいボリュームだな」
思わず言うと、菊田は「うっふん」と唇をゆるめた。
「俺だけの、まかない料理」
「へえ、いいねぇ。ところでさ」
うどんを食べはじめている菊田に顔を突き出し、声をひそめる。
「ラブホ、ってなんだよ? 俺は行かないよ?」
「んなこと言うなやー」
ずるずると一気に麺を啜りつつ、相手が上目遣いに見てくる。
「そんな可愛い仕草、似合わんぞ」
「軽く考えてーな? 単なる廃ホテルに行くだけ。ほんだら全然たいしたこと、ないやんか?」
「廃ホテル、と言ってもなぁ」
菊田を見据えつつ、片手で頬をさする。
「俺はおまえや佐々木先輩みたいな、物好きじゃないんだよ」
「せやけど、近所に連続首吊り現場があったら行ってみたいと思わんの? 外観だけでも。入れそうやったら中まで入るやん」
「悪趣味だろ、それ」
「ほんだら神戸の社員、みんな悪趣味やんか」
「『みんな』て、なぁ」
「そうや? 結構『みんな』武勇伝みたいに話しとるわ、表立っては出していないだけでな」
同期は美味そうに汁を啜る。
「とりあえず先輩と今夜、おまえんとこ行くわ。用意しといて」
「あ? 決定なの?」
「あほ。当たり前やろ。それとゴメンやけど、これ。一緒に片付けといて」
菊田が言い捨て、立ち上がる。そして、すたすたと出て行ってしまった。
「えー……」
嫌だ、と言っているのに。
ま、今夜か。彼らが来たら、そのときに断ればいっか……!
明日は折角の休みなのだから、ゆっくりしたいんだけど……。
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