Life is not all beer and skittles ③




 以前任務で冒険者を装う必要があり、その際に自前で冒険者協会に登録していたので、職に困ることはない。


 受付に自身が二級冒険者である事を示す、ウーツ鋼がはめ込まれたネックレスを渡す。

 この冒険者に協会が支給するネックレスの形状は所属によって異なり、森人冒険者協会のものは十字架のネックレスの中央に、階級を表す鉱石を嵌めたものになる。


「登録を確認いたします」


 受付嬢は私が渡したネックレスを金属の箱に入れると、こちらにそれをよこす。


「では、こちらに指をかざしてください」


 言われた通りに従うと、箱は青く光った。

 冒険者登録の証明書の代わりであるネックレスは、そこに本人の指紋が登録されている。

 この金属の箱を使用することで、ネックレスの所持者と登録された冒険者とを照合できるらしい。


「はい、本人のものと確認がとれましたので、以後こちらの協会で依頼をご受託いただけます。本日はどうなさいますか?」


「何分依頼を受けるのは久しぶりでな。できれば合同のものがいい。何かあるか?」


「そうですね、でしたら……」


 そう言って紹介された依頼は、三パーティーでの調査任務だった。

 依頼の内容自体に魔物の討伐等は入っておらず、うまくこなせばかなり割のいい仕事だ。

 逡巡する間もなく快諾し、冒険者が集まるまで時間ができた。


 この待ち時間に制限はない。

 今日中に冒険者が集まるかもしれないし、いつまでも集まらないかもしれない。

 なので本来は受付に空いている日程を伝え、協会側に調整してもらうのがセオリーだ。

 しかし私は金策に困っているわけではなく、急いで他の依頼を受ける必要がない。

 なので、今回は「待機」という形をとり、待ちながらエールでも飲もうと酒場に足を向かわせる。


「エールを」


 銅貨二枚をカルトンの上に置くと、それを回収すると同時に木樽ジョッキになみなみ注がれたエールを渡された。

 エールを受け取りつつ空いている席を探すと、ふと冒険者たちの声が聞こえてきた。


「聞いたか?新人の話」


「いきなり一級、って話か?」


 この手の話は、一昨日あたりからよく聞く話だ。

 どうもこの街に新たにきた旅人が、格別の待遇で一級から冒険者になったとか。


「どんなコネ使ったんだろうな?まだしょんべん臭い女二人組らしいぜ?」


「協会も何考えてんだか。魔人冒険者協会にまで噂になってるって話だ。よほどの異例なんだろう」


「身の丈に合わない階級に成った冒険者なんて、どうせすぐ死ぬだけだ。いつ死ぬか賭けねぇか?」


 趣味の悪い話で声を上げて笑い、男たちが酒を飲んでいた。

 どうにも騒がしいので、吹き抜けの二階に席を探すと、二階には誰もいなかった。

 これは好都合だ。

 回り階段を上がって、カウンターデスクの一番奥に座った。


「ふぅ…それにしても、いきなり一級か……」


 もし、深層で戦った守護者が冒険者になるのなら、きっとそんな待遇だろう。

 何せ人類最強武装であるVllをもってしても、勝てなかったのだ。

 それこそ、『序列クラス』でもなければ相手にすらなるまい。


 この序列クラスというのも、私はあまり好きな言い回しではない。


 どうにも、この世界の人々は序列をつけるのが好きだ。


 例えば私が所属していた人類解放戦線であれば、戦士10万人の頂点に立つ者たちをRêsレーヴズと呼び、順位付けしている。

 これは他のどの組織や国にも似たような風習が存在する。序列クラスとはつまり、「もしも特定の誰かが他国の組織に属したならば、序列入りするだろう」と民衆が勝手に思った者をそう呼ぶのだ。


 戦っている本人からすれば鬱陶しい事この上ない評価だが、これはもはや習性みたいなもので、仕方のない事ではある。


 私もかつて、次のRêsレーヴズと称されて遇されたものだ。


「はぁ。やめよう、頭が痛くなるだけだ」


 やっと組織を抜けたのだ。

 捕まるまでの束の間、この宵を楽しまなくてどうする。


 一日この酒場で時間を潰す目算を立て、少量ずつエールを飲んでいく。


 私は酒が好きだ。

 戦士に嗜好品は御法度だが、隊長が時々、こっそりと飲ませてくれてこの味を知った。

 いつかもう一度、あの人と酒を飲みたかった。


 気づけば再び鬱々とした思考に堂々めぐりとなり、ジョッキを傾ける頻度も上がっていた。


 そんな時。



「よお。依頼を待っているのはお前か?」



 たった数度、聞いただけの声。


 けれど、それはしっかりとトラウマになって私の心にこびりつき、聞こえた瞬間にはぎょろりと瞳を動かして彼女を見る。


「なっ!?しゅごっ、ぶはぁっ!!?」


 思わず飲んでいたエールを吹き出しながらせき込みつつも、心臓は爆死しそうなほどに早鐘を打つ。


 殺される。

 殺される!

 殺されるっ!!


 なんで、どうしてここにこいつがっ!?


 失禁しかけながら、私は椅子から転げ落ちていた。




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