Life is not all beer and skittles ①




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 バシリカ式教会の身廊を歩きながら、私は左右の側廊を見ていた。

 連綿と続くリブ・ヴォールトのアーチは美しく、その先に続くアプスとチェペルを際立たせる。

 また、早朝ということもあって、斜陽がステンドグラスから降り注いでは教会を神聖に彩っていた。


 わずかに舞う埃が光を反射して、煌めく身廊の先から一人の女性が私を呼んだ。



「久しぶりね、フェルト」


「シスター…」


 修道服を着こんで柔和に微笑む、森人の修道女だった。


「10年ぶりかしら?随分大きく…はならなかったようね?」


 私のどこを見たのだろう。

 どうにも胸部を見ていたような気もするが、だとすればそれはあまりに無礼というものだ。

 再会の喜びもどこへやら、自分の眉間に少し皺が寄るのを自覚した。


「シスターこそ、あまり老けていないようで安心した。様変わりしていたらどうしようかと」


「ふふ、そんなにおだてなくていいのよ?さぁ、いらっしゃい」


 そういって両手を広げる様子に、私は一瞬たじろぐ。

 けれど、勇気を出してその手の中にいくと、あとはシスターが勝手に私を抱きしめた。


「この10年、ずっとあなたを心配していたわ。会えて本当に嬉しい」


「……あぁ、すまない。帰るのが、遅くなった」


 目頭が熱くなって、そんな自分を律するために声は固くなる。


「いいのよ。元気に育ってくれたのなら、あなたをこの孤児院から見送った甲斐があるもの。ところで、ソフィアは一緒ではないのかしら?」


 その言葉が、怖かった。

 それだけが、聞かれたくなくて、ずっとこの足は教会を遠ざけていた。

 聞かれた瞬間には私は固まって、何も答えられなかった。


「フェルト……?」


「あっ、いや……その…」


「……いいわ。もう大丈夫。ごめんなさい、聞かれたくなかったのね。あなたがここに足を運んでくれただけで、私は十分。辛いことがあったのなら、気が済むまでここにいていいのよ」


「ありがとう…やっぱりシスターは、良い匂いだ」


 私にとって、母親同然の人。

 その懐かしい匂いを嗅いで、ここ最近ずっと張りつめていた心がわずかに解ける。


 私は作戦に失敗した。

 人類解放戦士に失敗は許されない。

 しかも私は、戦線の秘密兵器Vllを貸与されていたにも関わらず、それを破壊されて敗北した。

 Vllは失われた技術ロストテクノロジーであり、もう量産も模倣も不可能な貴重すぎる兵器。

 それを貸与されるというのは、戦線からの絶大な信頼あってのもの。

 これを裏切ったとなっては、もうただ抹殺されるだけでは済まない。

 きっと、普通には死ねない。

 戦線に与えてしまった損害に見合うだけの代価を、身体と痛みで払い続けて死んでいく。


 それは嫌だ。

 それだけは嫌だ。

 人としての死に方すら奪われたら、私は何のために戦っていたのか。

 あれだけの地獄を生き抜いて、多くの犠牲を払って。

 死に物狂いで勝ち取った生存権を、もう二度と奪われたくない。


 だから、逃げた。

 戦線と私をつなぐ、あらゆる機材を迷宮に置き去りにして、たった一人で逃げ続けた。


 わかってる。

 そう長くはもたない。

 戦線の目は世界中にある。どんなに逃げても、何年生きられたとしても、きっとどこかで見つかって地獄に引きずり戻される。

 わかっていたから、せめてもう一度。

 これが最後だと、そう思えばこの教会に来ることができた。


 とっくに私のことなんて忘れていると思っていたシスターは、こうして私を抱きしめてくれた。


 もう、十分だ。


 心が落ち着いたので、私はシスターから離れる。


「あら?もういいの?」


「ああ」


 あまり長居するわけにもいかない。

 踵を返して、出ていこうとした時に目についた。

 中央塔で跪き、祈りを捧げる小さな女の子に。


「シスター…あの子は、孤児院の子か?」


「いいえ、あの子はティア。あの子のお父さんが今入院していてね、回復するまでの間、うちで預かっているのよ。って、フェルト?」


 シスターの説明もおざなりに、私は引き寄せられるように女の子のもとへ向かっていた。

 その熱心に祈りを捧げる様子が、きっと昔の自分に重なったのだ。



「何を、祈っているんだ?」



 話しかけると、年齢不相応に落ち着いた様子で、ティアは私を見上げる。



「お父さんが、早く目を覚ましますようにって」


「天人に、か?」


「うん。天人様は、なんでもできる。きっと叶えてくれる」


 すぐに目をつむり、祈りを再開したティアの頭を、私は思わず撫でた。


「あぁ。きっとそうだ。その祈りは、貴様の願う所に届いているに違いない」


「うんっ…!ありがとう、お姉さん!」


 ガラにもない事をして、私は教会を去った。






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