No sweet without sweat




「何もねぇな」


 夜が明けて、ティアにせがまれるままにあの燃えていた村に戻ってきた。

 しかし、そこには未だわずかに煙が立ち上るばかりの燃えカスと、灰しか残ってはいなかった。


「まぁ、焼畑農業の原理で言えば、きっと数年後にはどこよりも力強く木々が生えるさ」


「それは若干不謹慎では?」


「マジ?ノンデリだったかな」


 不安になってティアを見ると、彼女は俺の事なぞ見てはいなかった。

 かつて自分の家があったらしい場所で、呆然と立ちくしている。

 彼女はここに、何があると期待していたのだろう。

 焼けた死体と故郷しかない、この場所に。


 いや、あるいはそれこそを求めていたのかもしれない。

 己の中に燻る、復讐心を決して忘れぬように。


「おっかねぇなぁ」


 後頭部を掻きながらティアに近づき、その頭に手を置く。


「ティア、これからどうしたい?」


「天人様……」


 俺を見上げたその表情は、至って平静だった。

 泣いているか、絶望しているか。

 何かしら表情に変化があるだろうと思っていたのだが、変わらずこの子は感情を出さない。


「お願い、天人様。お父さんとお母さんを、助けて」


「おっと、まだそう来るか」


 てっきりこの景色を見れば変わると思ったのだが。


 正直な話、多分もう死んでいると思う。

 恐らくは性奴隷の確保を主として襲撃したきた魔人が、子持ちの親を生かしているとは考えにくい。

 よっぽど美人だったら話は違うのかもしれないが、ティアに「必ず助ける」と約束するにはあまりに望み薄だ。

 ワンチャン、父親はモルモット用に生かされている可能性も……

 いや、無いだろ。

 遠目からでもわかる、あの絶望的な状況からティアを助け出すには相当な無茶が必要。

 その過程で魔人を手にかけていれば、にべもなく殺されているに違いない。


 だがそれを説明するのも気が引けるので、ここにくれば言わずとも理解できると思ったのだが。

 8歳の子供には酷過ぎたか。


 しかし、狭い村だ。

 顔見知りの死体も散々見たはずなのに、無反応というのは気になる。

 現実が見えていない点も含めて、既に彼女は壊れているのかもしれない。


 どうしたものかとライアに顔を向けると、ティアが俺の右腕に抱き着いてきた。


「天人様、天人様。お願い。ぱぱとままを助けて。ティアは何でもする」


 ん?今何でもって。

 いやいや、ふざけている場合じゃないな。


「昨日何度も説明したろ?俺は天人様じゃないって」


「天人様だよ。ティアの天人様。何でもするから、お願い。お嫁にだってなる」


 何度言って聞かせても、これだ。

 この子の言っている天人様とは、俺の考えているものとは違うのかもしれない。

 「ティアの天人様」ってのは何なんだ?


 困り果てていると、何か言いたそうにしているライアと目が合う。


「あの、002、もう少しティアに付き合ってみませんか?」


「ライア…?」


「敵の強さは大方昨日の四人と大差ないでしょう。失われた技術ロストテクノロジーは出来る限り人前で使わない方がいいと、昨晩話しましたよね?その実戦での練習に、丁度いいのではないでしょうか?」


「……それ、マジで言ってる?」


「ええ。それに……ここでティアを無下にするのは、あまり得策ではありません。彼女を見放してしまえば、路頭に迷って餓死か魔物に殺されるのがオチです」


「そうだな。で?」


「それは、少し、心に煩慮を残します」


 それはあまりに、無理な方便だ。

 実戦での練習だと?

 そんなもの、魔物相手にやった方が良いに決まってる。

 下手をすれば瘴国に狙われるかもしれない、危険な事案だ。

 もしも敵対前提で接敵するなら、皆殺しは必須。

 一人でも逃してしまえば、それは後々に尾を引くだろう。


 そのリスクに比べてしまえば、俺は全く持って躊躇なくティアを置いて先へ進むし、現にそれが恐らく最善。


 しかし振り返ってみると、どうにも俺はこの世界で目覚めて以来、最善とは程遠い選択ばかりしてきた。

 その代名詞とも呼べるライアが、こうして目の前にいる。

 骨身に沁みて、最善であろうとしていたのだが……


 結局俺は、ライアを助けたこと自体は、後悔していないのだ。


 「最善の選択」と、ライアが言ったように煩慮を残さない「後悔のない選択」、きっとどっちをとっても間違いではない。


 そこまで考えたところで、ライアのティアを見つめる目が気になった。


 心配そうに、見守るように。

 ああ、そうか。

 単純な事だ。

 ライアはきっと、子供が好きなのだ。

 千年前の自分を重ねている部分もあるのだろう。


 なら、選択肢は一つだ。


「そこまで言ったからにはライア、魔人の足取りを追うのはお前に任せていいんだろうな?」


 笑って、言外に俺が了承すると、彼女は嬉しそうに頷く。


「はい…っ!任せてください、002」

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