信奉者一号
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天人様には、女性しかいない。
本来天人様にしか許されていない神秘の末端に触れる事を許された種族である私たちは、古くから天人様の眷属としてお仕えしてきた。
その弊害として魔人との関係は険悪だったが、近年は魔人主要三か国の中でも最大最強の国である「魔界」との和平交渉が成立し、世界がまた一つ平和に近づいていた。
だからこそ、と母は言っていた。
私達森人は、天人様の眷属として強くあらねばならない。
特に、他種族では守られる存在として扱われがちな女性こそ、阿る事は許されないのだと。
森人にとって、女性とは天人様の象徴。
泣く事も、諂う事も、あってはならない。
男性と対等に、いや男性以上に家族や仲間を守るために前線に立ち、旗手となるべし。
それが母の教えで、だから母は逃げなかったのだ。
母が逃げなかったのだ、私も最後まで。
例えこの身が矮小な幼児であろうとも、家族を必ず助ける。
諦める事など出来ない。
そうだ、例え一人でも。
「ティア、おいで」
そんな覚悟だって、私にはあったのに。
002、と自称した少女は優しく私の手を引いてくれた。
天人様には、美しい翼が生えている。
その頭には美しくも儚い天理の輪が浮かび、常にプネウマの光彩を放つという。
だから、002が「天人という種族」でない事などわかっている。
けれど、これほど優しくて、強くて、何よりも美しい女性が他にいるだろうか?
きっと本物の天人が並ぼうと、002の方が美しいに違いない。
だから、彼女なのだ。
彼女こそが、私が待ちわびた天人様なのだ。
そして天人様は神であり、聖母であり、私の全て。
私の左手を引いてくれるこの人こそ、お仕えすべき御方。
「ん?ティア、その手首、怪我してるのか?」
聞かれて、私は自分の左手首を見る。
そこには奇妙な文様が巻き付き、わずかに赤く光っていた。
「これは……お父さんは祝福の証だって言ってた」
「生まれつきなのか?」
「うん」
すると、天人様はライアを見る。
「ライア、これが何なのかわかるか?蒙古斑にしては綺麗すぎる」
「そうですね……ええ、確かに、これは祝福と呼ばれることもある、特殊なモノですね」
「ほう?」
「地域や種族によって様々な呼ばれ方をしますが、生まれつき身体に文様が浮かび出るのは『
「ティア、お前異能が使えるのか?」
「わかんない」
「ティアはまだわからないと思いますよ。力を持っている事は確かですが、覚醒には時間が掛かりますから」
「へぇ、だってよ。よかったな」
私には何の話なのかさっぱりわからなかったが、とりあえず首肯する。
「ねぇ天人様、これはどこに向かってるの?」
「んー?ライアが森人の移動経路を追えるんだってさ。空気中のプネウマに、足跡みたいなのが残るから、その跡を追ってるんだ」
「そこに、お父さんとお母さんがいるの?」
「どうなの?」
「大勢で移動した跡が残っているので、恐らく魔人に誘拐された人々の場所には迎えると思います。何分人数も多いので、敵はそれほど移動もできていないはずです。そろそろつくと思いますよ」
「だ、そうだ」
と最後に天人様が締めくくる。
さっきから天人様に聞いても結局ライアが答えてくれるので、もしかしたら直接ライアに聞いた方が早いのかもしれない。
一瞬そんな不敬な事が頭を過っていると、天人様が私の瞳をじっと見つめていた。
「なぁに?」
「いや、ティアに言っておかなきゃいけない事があると思ってな」
「?」
「これから多分、また沢山人が死ぬ。残酷なものを見せてしまうかもしれない。嫌だったら付近でライアと一緒に待たせるが、どうする?」
「やだ。一緒に行く」
即答すると、天人様は快活に笑う。
「ははっ、問題なさそうだな。それともう一つ、これは俺との約束だ」
「…約束?」
「あぁ。俺たちの戦いを、誰にも言わない事」
「どうして?」
「もしかすると、口外すればその情報を求めてお前が危険に会うかもしれん。だから、俺たちの力は誰にも言うな。約束できるか?」
「…わかった」
「よし、いい子だ」
頭を撫でられながら、私の中には不安が溢れていた。
お父さんもお母さんも、私と約束をして離れ離れになったしまった。
もはや私にとって最悪なジンクスとなってしまった約束を、天人様と交わしてしまう事が不安で。
そうならないよう、ただただ祈った。
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