ここで塩を一つまみ





「…………ん……ここは…?」


 焚火に枝を放っていると、横から小さな声が聞こえた。

 見ると、寝かせていた女の子が起きたようで、寝惚け眼をこすりながら体を起こしていた。


「おや、起きたか」


 ライアに目配せし、コップに清流から組んできた水を入れてもらい、女の子の前に置かせる。


「……あなた達は、誰?」


「俺は、002って呼ばれてる。あっちの女はライア。お前が川辺に打ち上がっていたんで、放っておけなくてな。自分の名前は言えるか?」


「ティア・ホーキンス。8歳」


「8歳か。大変だったな」


 頭を撫でると、表情を変える事無くされるがまま。

 まだ寝惚けているようで、何があったのかもまだ思い出せていないのだろう。


「どこか痛い所はないか?」


 ティアは自分の身体を少し動かし、首を振る。

 無口というか、大人しい子なんだろうか。


「腹、減ってないか?最高の粗食を振る舞えるぞ」


「?」


 言いながら、俺は焚火の近くに刺していた串を取る。

 串には迷宮産のゲキマズクソ硬肉が刺さっていた。

 自分が食うだけならば干し肉のまま食べるのだが、今回は一度水に戻している。

 それだけではない。


 なんと、ライアが神秘によって塩を作ってくれたのだ。

 こんなくだらない事に神秘を使う人はあなたぐらいですよ、と呆れたように言っていたが、そんな事はもう忘れた。


 俺は自信を顔に湛えてローブの陰に手を突っ込み、三つ指で塩をつまんで取り出す。

 串を低く持ち、そこへ天高くから指をこすって塩を振りかけた。


「何してるの?」


 無垢な疑問に、俺も純粋な気持ちを返す。


「こう振りかけると、肉がうまくなるらしい」


「……ふふっ。お姉ちゃん変なの」


 顔をわずかに綻ばせ、笑ってくれた。

 若干8歳の子供に忖度されたような気もするが、気のせいだろう。


「そら、食べな」


 串を渡すと、まずティアは水を飲んだ。

 その後、臆することなく肉を喰らい、眉を顰める。


「……ごめんなさい。美味しくないかも」


「やっぱりな」


 予想していた事だ。

 旨味がないのだから、塩をかけたところで変わるまい。

 しかし、ティアからの信頼はわずかに薄れたような気もする。


 だがまぁ、問題なく食事をしている姿を見れて、安心した。

 特に心の方が心配だったが、今のところは問題なさそうだ。

 そんな事を思っていた矢先。


「それで、お姉ちゃん。私の事、悪魔が追ってきてなかった?」


 直近の事を覚えていないのだろう、などと、それは俺の勝手な勘違いだったようで、ティアは全てを覚えていた。

 覚えていた上での、平静だった。


「甲冑の奴らか?そうだな」


「あいつらの事、どうしたの?」


 目から光が陰り、ティアの肩が震えているように見えた。

 それが恐怖からか、怒りからか、絶望からかはわからない。


「それはまぁ、ご想像に任せるさ。ただ、もう二度とお前の前には現れないだろう、とだけ言っておく」


「……そっか……お姉ちゃん達、強いんだね」


 喜ぶでも笑うでもなく、ただ無感情に。

 その様はとても8歳には見えない。


「まるで、お母さんが言っていた天人様だ」


「…ん?」


「私達森人の、救世主。神様であり、英雄。千年前、私達を何の見返りもなく守り抜いてくれた人たち。いつか天からもう一度、会いに来てくれるってお母さんが言ってた」


 やはり、ライアが言っていた通り天人とはかなり別格の存在のようだ。

 神のように信奉されているとは。


「会いに来てくれたんだね、天人様!」


 今までの態度を一変、ティアは目を輝かせて俺の手を握った。


「い、いや俺はそんなんじゃ…」


「お願い、天人様っ!ティアの願いを叶えて!」


 ティアは目をぎゅっと瞑り、両手で俺の手を包んで己の胸に寄せる。


「あの人の形をした悪魔共を皆殺しにして、お父さんとお母さんを助けてっ!」


 上擦って、希望に満ちた声で。


 とんでもないお願いをされてしまった。




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