「俺を選べ」



 その戦いは、二日に渡って続いた。


 時間にして、52時間31分。

 分速撃破数16体。

 一時間に961体のペースで殺し続けた。


 その間、一睡もせず、一度も食べず、一度も飲まず、一度も止まらず。


 大切にしていたはずの人としての感性すら、いつしか忘れていた。


 一度受け入れてしまえば、あぁ、なんて事はない。


 空腹も、睡魔も、疲労さえ。


 こんなにも置き去りに出来るのだと、鏖殺を終えて理解した。


「はぁ……はぁ……」


 その静謐に、しばらく困惑した。


 52時間もの間、戦い続けて感覚が麻痺していたのだろう。

 全ての魔物を殺し尽くし、訪れたしじまに酔いしれるようにしばらく静謐が続いた。


「……オーバーヒートか」


 ふと手に握っていた二丁のライフルを見ると、銃身が赤く焼き付き、もうしばらく稼働しない合図を送っていた。

 ほぼ全ての武器を使い果たしてしまったが、また時間を置けば使用可能になるだろう。


 別段この身体は、機械というわけではない。

 あくまでも遺伝子を操作され、改造されて作られた人間だ。

 ライア曰く身体のあちこちをアーティファクトに置換されてはいるようだが、生物であることに代わりない。

 そのため、疲労や睡魔は無視できるというだけで、その分の負担は戦闘終了後に押し寄せる。


指一本動かすだけで激痛が走る程の疲労であったが、鉛のように重くなった身体をそれでも前に動かし、電磁パルスで濁った球体に近づいていく。


 ただ沈黙を貫き続けたソレに触れると、非表示になっていたデスクトップが視界に表示され、警告が出た。


「超魔法を停止し、コアと迷宮の接続を切りますか?この操作は重大な事故、または人為的災害に繋がる恐れがあり、推奨されません:ウーシアシステムより」


「うるせぇ、イエスだ」


 一顧もくれる事無く、俺は触れた指に力を込めた。

 すると、パルスシールドにヒビが入り、あっという間に殻を破るが如く中身が露わになった。


 中には、ライアがいた。

 いや、正確には俺はライアの顔を知らない。

 だからそれが本人なのかどうか、俺にはわからない。


 けれど、その泣き腫らした顔を見れば、きっとそうなのだろうと確信できる。

 瞳には幾何学的な文様が浮かび、細い身体は太陽を知らず真っ白。

 仮にも千歳越えの姥桜の裸体だが、どうにも俺にはガキのそれにしか見えなかった。

 声につまり、ただ嗚咽を噛み殺してこちらを見上げる様は、まるで捨てられた子犬のよう。


「もう一度言うぜ、ライア」


 特段感情を込めるでもなく言うと、ライアの肩が怯えるように震えた。


「俺にはお前が必要だ」


 何を言われると思っていたのか。

 驚いたように、少しだけ嬉しそうに、その目が潤む。


「これから先も、俺にこの世界のガイドをして欲しい。だから、俺を選べ、ライア」


 そうして伸ばした俺の手を、彼女は逡巡するように見つめた。


「でも…002、あなたは何も知らない。私をここから出せば、きっとあなたに迷惑をかける。世界を敵に回してしまう…!」


「ハッ!そん時はまた、今みたいに全員ぶっ殺してやるよ。安心しろ」


「そんなの…いくら何でも、滅茶苦茶ですよ…?」


「出来ねぇと思うか?」


 俺が笑いかけると、ライアは初めて笑い返してくれた。


「ふふっ。いいえ、きっと出来てしまうのでしょうね、あなたなら」


 あまりに美しく、綺麗な微笑み。

 こんなにも可愛い笑顔を、俺は見た事がない。


 ない、はずなのに、胸につかえるこの既視感は、何だろう?


 俺が当惑している間にライアは俺の手を取っていた。


 これからもよろしく。



 そんな風に言って、引っ張り上げようと思っていたのに。



 その計画は、俺の背後に落下してきた存在の、その無遠慮な轟音に掻き消えた。




「コアの露出を確認。『守護者』を排除し、これを回収する」



 振り返った先には、人型の兵器が佇んでいた。

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