be out of order ⑦
照星の先に映る魔物の、急所に照準を合わせた。
強化人間だからか、手が震えたりぶれる事はなく、一度俺が合わせた照準は寸分たがわず脳天に合い続ける。
一応呼吸を止めて、トリガーをそっと引いた。
するとアサルトライフルの銃口にエネルギーが注ぎ込まれ、瞬時に撃ちだされる。
ギィン、と俺が知っている銃とは異なる炸裂音が鳴り響き、多足の魔物の頭蓋を吹き飛ばした。
「ヒット。右角から同族個体が二体出てきます」
ライアからのアドバイス通り二十メートルほど離れた曲がり角に照準を置いておくと、まるで予知のように魔物が姿を現す。
再び暗い洞窟内を青い銃声の花火が瞬き、労せず行く道を確保する事に成功した。
「やっぱ使いやすいな、この銃。反動も少ないし」
「流石002です。どの銃も完全に使いこなせていますね。そのレムナント7番はお気に入りに登録しておきましょう。エネルギーの消耗は問題ありませんか?」
聞かれて、身体の奥底へ意識を向ける。
俺が最初に目覚めた部屋から持ってきたいくつかの武器は、俺の中に存在するプネウマとやらをエネルギー源に起動し、俺の体力が尽きるまで撃てるらしい。
「問題ない。いい感じだ」
返事を返しつつ着ていたローブをめくり、その懐の陰に沈み込ませるようにライフルを格納した。
俺が着ているこのローブは「魔法のローブ」らしく、質量にして20トンまでを仕舞うことが出来る。
因みに俺にはまだこの魔力とプネウマの違い、神秘と魔法の違いがわかっていない。
ライアに聞けばいいのだろうが、また早口が始まりそうな予感がするのであえて聞いていないだけだが。
銃を仕舞うついでに干し肉を取り出し、齧りながら歩き出す。
この身体になって三日が立つ。
食事は全て、殺した魔物の肉で済ませてきた。
しかし、焼いても煮ても干しても、不味い事この上ない。
ライア曰く、俺の身体は食事を必要としていないらしく、大気中の魔力で補完できるらしい。
だが、人間だったころの感性をそう簡単には捨てられず、今でも空腹を感じる。幻覚らしいが、それでも一応経口摂取は空腹のままに欠かしていない。
「せめて、塩でもあればな…」
そもそも、この肉自体巨大化した虫の外骨格の下にあった、硬い筋肉である。
旨味の欠片もないのはご愛敬だ。
お行儀悪く食べ歩きしながら先ほど倒した魔物の元まで行き、通路の角を曲がる。
すると、奥から光が差し込んできていた。
「002,おめでとうございます。出口ですね」
「……そうだなぁ」
たった三日だったが、洞窟暮らしをすると自然光は目に染みる。
目を細めて、眩しい光へ歩き出した。
「……なぁ、ライア。お前はどうだった?この三日間」
「そうですね。この千年、あなたを待ち続けていましたから、こうして会話をして、役目を全う出来て、夢のようでした」
「楽しかったか?」
「ええ、とても。幸せでした」
「俺はさ、まだ思い出せないんだ。親の顔も、自分の名前も、何にも。だから、もしもお前が居なかったら、こんなにすんなりと脱出は出来なかった。あの部屋から出るのだって時間が掛かって、自分が力を持っている事にだって、気づけなかっただろう」
そう、それこそ最初に襲われた芋虫相手に殺されて、終わりだった可能性もある。
本当に、俺一人では何もできなかった。
「お前はいつも早口で、いらん説明までしてくるけど…でも、そのおかげで沢山の事を知る事が出来た」
だからこそ、この右も左もわからない世界で、外に出てしまっていいのか。
そんな葛藤を抱えて、足取りは重かった。
「大丈夫ですよ、002。あなたなら、必ず自分の力で生きていける。望むのなら、きっと元の世界にだって戻れます。それは、あなたが強化人間だからじゃありません」
「え…?」
「もう、遥か追憶の向こう側。朧気ですが、私をコアにする前、父が言っていたのを覚えています。002、あなたはいつか必ず目覚めると。そして、私達に希望を与え、今度こそ争いの連鎖を断ち切ってくれると」
「それは…きっと俺じゃない。強化人間としての自我は、転生、と言っていいのか憑依と言うべきなのかはわからないが、俺という自我に消えた。だから、お前の父親が期待した002ってのは、多分俺じゃない」
「そうかもしれません。ですが、私は確信しているんです。あなたの中にある、その芯の強さを。存在も不確かで、困惑冷めやらぬあなたに言い寄る私を、それでもあなたは信じてくれた。身体を一瞬とはいえ託し、話に傾注してくれた。きっとあなたは、『良い人』です」
あまり関心出来た表現ではない。
人間なぞ、良いも悪いも主観に左右される。理非曲直とは即ち、培ってきた常識という名の偏見と差別によって形成されるものだ。
少し見え方が変われば簡単に悪人となり得る他人を、良い人、なんて一分の隙もない表現をするべきではない。
「あなたはあまり納得していないようですね。けれど、私は002ではなく、『あなた』を信じているんです。千年の寂寞ゆえの、まやかしかも知れません。それでも、どうかこのまま、信じさせていてください」
どうか、このまま。
もう一度、強く念じるように言ったライアの声を聞きながら、俺の足は出口の寸前まで迫る。あと一歩で、異なる地層を踏む。
「……本当に、いいのか?このまま、俺が何者なのか、その名前さえ聞かないまま。顔も合わせる事もないまま。千年待ち続けてきた会話が、このたった三日間で果たせたのかよ?このまま俺を脱出に導いて外に出す事だけが、お前の望みなのか?」
「ええ、それが私の望みです。もう二度と出会う事はないとしても、これから先も続いていくあなたの長い旅路、その最初に、側に居られた。それだけで十分です。夢はいつか覚めるもの。前に進む事を、どうか胸を張って選んでください」
最後に、ライアは声を硬くして、機械音声を解く。
「ですが最後に……願わくば、私の両親に代わりに伝えていただけませんか?」
「何をだ?っていうか、生きてるのか?」
「わかりません。長命なので天寿を全うする事はないと思いますが……もしも生きていて、出会えたらで構いません。母の名は、ウーシア。父の名はレイヴン・フォルテ・エンドウォーカー。母は天人で、父は魔人です」
「…わかった。何と伝えればいい?」
「……『愛している』と」
「ッ!?」
予想だにしない言葉だった。
今までの話を総合すれば、父はライアをコアにし、千年間幽閉した張本人のはず。
そんな相手に千年越しに届ける言葉が、愛している、だと?
理解し難く、一瞬真意を問いたくなってしまうが、それをぐっと堪えた。
ライアが選んだメッセージを、変える権利も理由を知る必要も、俺には無い。
「必ず探して、必ず伝える」
言うべき言葉は、これだけだ。
「ありがとう、ございます。やはり、あなたに出会えてよかった……では、いってらっしゃい」
──あなたの進む道に、溢れんばかりの幸せがありますように。
祝福を込めて、ライアは俺の背中を押した。
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