be out of order ⑤



 俺が目を開けると、すぐに違和感に気付いた。


「この感じ…また別人の身体か?」


 薄々気づきながら自身を見下ろすとやはり、それは他人の身体だった。

 細く、華奢な少女の身体だが、何故か服を着ていない。

 可笑しな点はそれだけではない。


「電磁パルス…」


 顔を上げて見渡すと、この少女の周りを電磁パルスが囲っていた。

 そっと手を伸ばし、その膜に触れると、触れた指先に電流が流れて弾かれる。


「痛っ…」


 これではまるで、内側にいる者を守るのではなく、外に出さないために展開されているような。

 強化人間としての俺が展開する電磁パルスと、裏と表が逆になったようなシールド。


 理解が追い付かず、電流で濁る電磁パルスの外を凝視する。

 すると、そこには悍ましい数の巨大芋虫共が地面を埋め尽くし、犇めき合っていた。


「ッ!?何なんだ、これ…!?」


 咄嗟に首を回して辺りを確認し、「それ」を見た。


「っっ!?」


 巨大な、ミミズ、なのだろうか。

 しかしそれは芋虫とはわけが違う。

 そのサイズは縦に五メートルはある。全長なぞ推し量る事も難しい。百メートル、は流石にないと思うが、あったとしても不思議ではない。

 そう思えるほどの巨体が、芋虫を押しつぶしながら徘徊していた。


「…これは、一体…」


 理解に苦しむ状況に、眩暈がした。

 しかし、その眩暈は感情による思い込みなどではなく、物理的なモノなのだと遠のく視界を見送って悟る。


 しばらく頭を抱えて、眩暈が収まるのをただじっと待った。






 待ち続けて、やっと意識がはっきりしてきたので目を開ける。


「……あれ?」


 すると、景色は元に戻っていた。



「えっと…俺は確か、聖地を抜けて…寝てたんだっけ?」


「はい。その通りです、002。気分はいかかですか?」


 相変わらず、ただの独り言にライアからの返事が返り、先ほどまでのが夢だったのだとわかった。

 けれど、同時に既視感が俺を襲う。

 この声、ライアの機械音声染みたこの抑揚、今さっき聞いたような。



 夢の中で、俺は別人の少女になった。

 その時に発した少女の声。

 それが、ライアの声に似ていたのだ。


 如何せん夢だったのでそんな事にも気づかなかったが…一体どういう事だ?


「なぁ、ライアって…俺のガイドだよな?」


「はい。002専用の迷宮探査用ガイドです」


「その辺り、よくわかってないんだが…そもそもお前って、どういう位置づけなんだ?プログラム…なんだよな?」


 昨日丸一日この迷宮をライアの案内の元散策し、ライア曰くもうかなり出口に近いらしい。

 もちろん、それは全てライアのおかげだ。

 この迷宮を知り尽くし、無数に存在する分かれ道も悉く正解を教えてくれる。

 もはやカーナビみたいなもんで、隠し通路なんかもガンガン使いながら進んでいるので、本来の迷宮脱出より十倍以上時間を短縮できているらしい。

 戦闘もスキャンを小まめに行いながら進んでいるので、かなり避けられている。

 それでもある程度接敵してしまうのは、やはり俺が魔物にとっての好物だから、らしい。


 昨日一日で散々聞いた「プネウマ」っていうのもよくわかってないし、魔力やら魔法やらレーザーやら、世界観もよくわからん。


 だが結局、今一番わからないのはこの脳内彼女的存在になっているライアさんである。


「プログラムかどうか、という問いには、定義によります」


「…は?」


「知的生命体と人工プログラムを分けるものとは何でしょう?動物も人間も、生物とはその身体のコントロールを電気信号によって行っています。これが複雑に進化し、前頭前野が発展すると知能を獲得しますが、これもまた所詮はシナプス間隙の神経伝達物質の行き来でしかなく、知能も感情も科学反応の一部です。であるならば、電気的な化学反応によって思考するプログラムも知能を持っていると解釈する事も出来──」


 何を言い出すかと思えば、またもライアの悪癖が出ただけである。

 この早口屁理屈はどうにかならないのか、と考えたところで、その滑稽さに気付く。

 悪癖?悪癖ってなんだよ。

 決められたAIが、こんな楽しそうに知識自慢始めるか普通?


 いや、もちろんそういう風にプログラムされたAIだというのなら、あり得なくはない。

 だがこの悪癖はあまりに一貫性がなく、人間的な情緒だ。


「ライア、はいかいいえで答えろ。お前は生物か?」


 あるいは、早口で回答から逃げていたのかもしれない。

 逃げ道を塞ぐような聞き方をすると、ライアは初めて押し黙った。


「…ライア、答えろ」


 ここで逃がしては、あの夢の答えが分からない。

 黙ってしまったライアの、答えを急かした。

 長い、あまりに長い沈黙の末。






「……………はい」




 ライアは、ただ俺の提示した回答方法に沿って、そう答えた。

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