be out of order ④



「今、この聖地跡から出る通路は二つありますが、進むか出るかの二択なのです。いかがいたしますか?」


 ライアの言葉を聞いて辺りを見回すと、立ち並ぶ廃墟があってもなおよく見えるほどの、巨大な横穴が正面奥に空いている事に気付く。


「見回した限りでは一つしか通路は見当たらんが、もう一つは?」


「あの横穴の脇に小さな縦穴が空いているのです。現在は縦穴の上に小屋が立っているので、外部から来た者にはわからないようになっています」


「なるほど、それが迷宮の奥に続くわけだな?で、俺のガイドとしてはどっちがおすすめなんだ?」


「本来あなたが作られた用途として、この迷宮の守護と恒久的な持続のための探査子機という側面が強いです。私はそんなあなたをガイドし、迷宮の普遍に貢献するのが役目。しかし…」


「しかし?」


「見ての通り、ここは千年放置されています。もはやその意義は果たされておらず、あなたに自立した意思がある以上、私はあなたにこの迷宮からの脱出を強くおすすめいたします」


 意外な言葉だった。

 迷宮をガイドする存在が、迷宮から出る事を勧めるなど。

 いや、これが単なるプログラムされたAIならば、あり得ていいのか?

 このような、相手を慮る提案が。


 しばらく顎に手を当てて考えてみた。


 罠である可能性。

 そもそもこのライア自体、まだ信じるに値しない。


 夢である可能性。

 そもそもこの意味不明な状況が、俺の夢ならば納得がいく。


「うん、考えてもわからん。こんなところいられるか!俺は先に迷宮を出るぞ!」


 真っ先に死にそうなセリフを吐いて、俺は通路へ向けて歩き出した。


 だが、その歩はわずか三つで止まる事となる。


 上から降ってきた、無数の巨大な芋虫によって。


「ギャアア!きもっ!なに!?きもっ!!?」


「002、下がって!危険です!」


 疾呼する声なぞなくても、既に俺は全力で背中を向けて飛び退いていた。

 無理もないのだ。一メートルはあろう芋虫は身体中に疣があり、くすんだ緑と赤の斑点で構成された身体は生理的な嫌悪感を駆り立てる。

 そんな芋虫が、一気に十匹は落ちてきたのだ。

 鳥肌なんてもんじゃない。よく気絶しなかったなと自分を褒めたいほどだ。


「ライア、このきもいの何!?」


「地中に生息するただの虫ですが、迷宮に散逸しているプネウマを食べて魔物となったのでしょう。一度プネウマの味を知った生き物はそれから先、無際限にプネウマを求めます。002、体内でプネウマを生成するあなたは彼らにとって垂涎ものというわけです」


「マジかよ…」


 今もこちらに向かって這って向かってくる芋虫に悪寒が止まらず、両手で自分を抱く。


「このままでは捕食されてしまいます。002,戦い方はわかりますか?」


「わかりません!」


「では、身体の操縦を私に!使い方を教えます!」


「はい!?そんなこと言われても…!」


「大丈夫です!抵抗さえしなければ自然に権限を譲歩できます!」


 何を言っているのか終始わからなかったが、しかし、次の瞬間には浮遊するような感覚が俺を襲い、同時に意識が遠くなる。

 無意識に耐えようとすると、「002、力を抜いてください!」とライアに怒られ、抗うことなく身体を手放す。


「脅威度を測定。脅威度1/10ワン・オブ・テン以下と断定。排除します」


 気づけば身体が勝手に動いていて、勝手に喋っていて。


 戦闘を、勝手に始めていた。



 けれど、体の主導権を奪われたとはいえ、俺には確かに体の感覚があった。


 まるでマリオネットのように、意志とは無関係に体が走り出す。

 右手の手掌の先が熱くなる感覚と同時に、手の表面が淡い緑色の光を放ち出し、次の瞬間にはレーザーの剣のようなものを握りしめていた。


 その剣を振るい、まず一匹を切り捨てる。

 すると、近くの芋虫が飛び跳ねて口を開き、本来芋虫に存在しない獣のような牙で迫った。


「パルスシールド展開、5%」


 ライアが俺の口を使って呟くと、体を円形の電磁パルスが覆い、芋虫が弾かれる。

 転がる芋虫に左手の手掌を向けて、今度は火炎放射のように火が放たれて纏めて四匹が焼き焦げた。

 一息つく間もなく、ライアは残り五匹の芋虫へ剣を向ける。

 レーザーの剣は形を変えて掌に小さく纏まり、そのまま機関銃のように細かく乱射を始めた。

 戦闘が始まって十秒も立たぬ間に、辺りには弾けて死んだ芋虫の体液が散乱するばかりとなった。


「戦闘一時終了。周囲一帯をスキャン」


 そう呟くと、視界が一瞬だけ大幅に拡張され、周囲の生体反応を検出する。


「敵性反応無し。身体の権限を002へ」


「おっ?やっと喋れるようになったか。身体も自由がきくな」


 体に異常がないか見回して、寄れた服を直す。


「いかかでしたか、002。力の使い方の基礎となる部分は一通りお見せしましたが」


「はいはい、なるほどね。今みたいな感じでこれからも戦っていく感じね?」


「ええ、そうなります」


 もう一度殺した芋虫と、その体液で汚れた服を見て、俺は一切の躊躇なく踵を返した。


「とりあえずさ、武器、取ってくるわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る