第16話 娘のこと

 第十六話 娘のこと




「名は、旭という、利発な娘だ。歩き始めてすぐ、剣を教えた。一人でも生きていけるように。村は貧しくて……病で、働き盛りの男がどんどん倒れた。俺が、村の連中のために薬を買いにゆくことになっても、旭は泣かなかった……」


 葵は、湯のみの中をじっと見つめている。思い出しているのだろうか。


「村の女たちが、薬を待っている。旭も、俺を待っている。こんなところに閉じ込められている場合じゃない」


 朱鷺が、優しそうに葵を見つめて、徳利の酒を注ぎ足してやった。


「村へ帰るときは、俺と珊瑚も連れて行ってくれるんでしょう?」


「ああ」


「そうなんだ。じゃ、旭ちゃんにお兄ちゃんとお姉ちゃんができることになるんだね」


「ちょっと待て。なんで俺より年上の人間を俺の子にしなきゃならんのだ」


「えーダメですか? 大家族のほうがきっと楽しいですよ。それにほら、俺も珊瑚も、貴方がいなきゃ死んでたわけだし」


「お前らが生きてるのは、お前と珊瑚の生命力だ。それと、楽しければいいってもんじゃない!」


 思い切り否定されて、朱鷺はわざと子供っぽく駄々をこねている。


 私は、この二人の関係も少し気になったのだけど。この、ぬるくて楽しい時間を壊したくなくて、口を挟まずにゆっくりと酒を飲んだ。


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