第14話

第十四話 紫翫香一座


一瞬、空気がピンと張り詰めた。

珊瑚ちゃんが息を飲むのが聞こえる。葵までが、わずかに目を大きくした。


「無謀だと思うかもしれないけど、一応、作戦はあるんだよ」


朱鷺が、ゆるゆると上半身を起こして、地図を引き寄せる。

そして今度は、大内裏の東側にある大きな敷地に丸をつけた。


「土御門殿。現在の陛下の生家でもある。ここで来月、宴があるんだ。陛下が臥せって以来、歌舞音曲の類は、公には禁止されてきたけど、蘇芳の皇子最愛の緋芽が気鬱の病らしい。それで気晴らしというわけだ」

「それと、朱雀門の破壊と、関係あるの?」

「ああ。朱雀門にかけられた術は強力で、皇子以外の人間には手出しもできない。

だが、皇子の身体の一部を手に入れることが出来れば、なんとかなるかもしれない」

「身体の一部?」

「髪の毛とか、爪とか、無理なら、皇子の肌に触れた布、なんかでもいい。

それさえあれば、皇子と波長の合う武器が作れるはずだ。武器班の空良彦は、術も使えるしね。波長の合う武器が出来れば、朱雀門にかけられた『術』を破ることができる」

「で、その髪とか爪とか、どうやって手に入れるの?」

「そこで、女性陣の出番です」


にっこりと笑う朱鷺の顔が、なんだか怖い。

私と紗枝は思わず目を見合わせた。


「宴に、紫翫香一座が呼ばれてる」

「シカンコウ?」

「当代切っての歌と踊りの名手、紫翫が率いる芸人一座です。彼らは、ウチにずいぶん協力してくれてる。今回も一肌脱いでもらいましょう。

一座の中にもぐりこんで、蘇芳との接触を計る」

「……誰がもぐりこむの?」

「貴方達のうちの、誰か」

「えええええ!」

「あ、もちろん、こっちからも誰か行かせますよ。ただ、男は皇子に近づけないからね。

女なら比較的行動が自由だ。葵、紫翫を呼んで話しましょう」


反論は受け付けない、といった態度で、朱鷺はさわやかに微笑んで話を打ち切った。




とまぁ、ここまでがおとといの話で、今、私と紗枝は、妙な衣装を着せられて、青鳥の巣の中の道場で、踊りの稽古をしている。

早い。展開が早すぎる。

思わず、この三日間を遠い目でふり返ってしまっていたら、


「木璃ちゃん、右手、下がってる!」


紫翫の厳しい指摘が飛んだ。慌てて、手をピンと伸ばす。

あの翌日。朝早くに、青鳥の巣へと、人気役者の紫翫がやってきた。

そのとき、例によって、朱鷺の仕事部屋に集合していた私たちは、ド派手な人物の登場に度肝を抜かれた。


「こぉおんにちわ! 紫翫ちゃんでーす!」


スパーン、とキレの良い音を立てて戸板を開けたその人は、紫の振袖に金色の帯を締め、頭に花冠を乗せ、唇を真っ赤に染めていた。

おまけにかなり、ご機嫌なテンションだ。

手に持った銀色の扇子で、葵をぺちぺちと叩いては絡みまくる。


「葵、ひさしぶりー! 背、伸びた? 伸びた?」

「うるさい!」


男にも女にも見えるその人は、けらけらと笑いながら自己紹介をして、私たちが名乗ると、青鳥のみんなと同じく、例のお客人ね、とつぶやいた。

そして、紫翫は、朱鷺からの話を聞くと、おもむろに私たちの手を順ににぎって


「良し……良し……あなたは駄目」


と、何かを判別したのだ。ちなみに、手を握られた順は、私、紗枝、ゆう子である。

何を判別したのかと問うと、紫翫はゆう子をびしっと指差して、こうのたまった。


「だって、彼女、宴の日に月の物が来ちゃうわ」


ああ、ゆう子、お察しします。いくらなんでも男の……それも同僚の居る前で、生理周期をずばり当てられちゃあねぇ。でも、元々喘息持ちなわけだし、外されてよかったのかもしれない。

もっとも、当のゆう子は、珊瑚ちゃんに抱きついて、なにやら小声でぐちぐちといじけていたけど。

聞けば、紫翫は触れるだけで相手の体調がわかるらしい。

実際、朱鷺の肩を叩いたときに、酷い! と驚いていたので本当なんだろう。

まぁそんなわけで、紫翫が率いる紫翫香一座に紛れ込ませてもらうのは、私と紗枝、それに、兵藤と葵になった。

男二人は、荷物にまぎれるか女装するかしてこっそりついてくるとか言ってるけど、女装って……。朱鷺はともかく、兵藤と葵はきついんじゃないかな、と私は声に出さずに思った。


「はい、少し休憩」


紫翫の一言に、私と紗枝は床に座り込んだ。

あー……きっつい!筋肉痛で身体がカチンコチンだ。

何をしているのかと言うと、栄えある潜入メンバーに選ばれた私と紗枝は、目下、踊りの稽古中だ。仮にも紫翫香の一員として宴に出席するのに、一曲も踊れない、作法も知らない、ではすぐに素人とばれてしまう。

よって、紫翫がじきじきに指導してくれてるわけなんだけど……これが、無茶苦茶キツイ。

日舞は昔、少し習ってたけど、紫翫の教えてくれる踊りは似て非なるもの。なんてゆーか、時々パントマイムっぽいのが入って、動きのリズムがいきなり変わったりする。

けれど、紫翫はそれをとても優雅に、踊る。

紫翫はあえて性別を秘密にしていて、その中性的な身体でどんな役も、どんな踊りもこなした。紫翫の踊りは一度見たら忘れられないという評判らしいけど、それは本当だと思った。


「さて、じゃあ最初からいこうか」

「え、最初から?」

「もー無理だよー。膝が爆笑中」

「爆笑でも号泣でもいいから、とにかく最初から!これで今日はおしまいにするから、ね?」


なだめるように言われて、私と紗枝はのろのろと立ち上がる。

気づけば、もう日が暮れてきている。

考えてみれば、紫翫はビッグイベント前の忙しい時期に、自分の一座を抜けて、私たちの指導のために青鳥の巣まで来てくれているのだ。

弱音ばかり吐いても居られない。

おまけにこんなハードな踊りを、紫翫は唄いながら踊っているのだ。

紫翫の首がつい、と上を向いたのを見て、私と紗枝も扇を構えた。


「ひとぉめ せきぃかさ ぬりぃがぁさ しゃんとぉ……」


扇をかざす、ふり返る、首をかしげる……。

紫翫の歌声以外、何も頭に入れないことにして、私はひたすらに、身体で音を追いかけた。




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