第13話 兵藤と朱鷺の読んだもの

 第十三話 兵藤と朱鷺の読んだもの




「お風呂、沸かすよー」


 食堂で晩御飯を食べたあと、部屋でだらだらしていると、紗枝がみんなに呼びかけた。


 なんと、たった三人、珊瑚ちゃん含めて四人しかいない女子のために、朱鷺がお風呂を増築してくれたのだ。


 珊瑚ちゃんは今まで、部屋に盥を持ち込んで行水してたらしいので大喜びしている。


 ちなみに兵藤は、これまであった浴場を、ここの人たちと使っている。


 うーん、本格的に修学旅行っぽくなってきたよなぁ。


 お湯は自分たちで沸かさないといけないけど、薪はここの人たちが割っておいてくれるから、そんなに手間がかからないし、快適だ。


 まぁ……私はちょっと、集団でお風呂、ってのに抵抗があるんだけどね。


 私は生まれつき、右の肩甲骨の下から、左の腰にかけて大きなあざがあるのだ。それも、赤っぽい痣じゃなくて、青痣みたいなの。


 別に痛くもなんともないんだけど、人に見られるのはなんか、ね。


「珊瑚ちゃん、胸おっきー」


「ちょっとゆう子、アンタもうちょっと遠慮しなさいよ」


 ……この、デリカシー少な目の二人相手に、気にしてもしょうがないか。


 私は、三人を横目で見て、少しブルーだった気分を追い払った。それにしても、私たちこんな調子でいいのかしら。


 今朝の、兵藤の「納屋木っ端微塵ショー」からずっと、朱鷺と兵藤の姿が見えないから、夕飯のあと朱鷺の部屋に行った。


 そしたら、文字通り頭をつき合わせて、あお向けで眠っていて、朱鷺のそばには、刀を抱えた葵が、暇そうにうずくまっていた。


 口数の少ない葵に、なんとか話をさせたところによると、二人は昼からずっと、この状態で眠っているらしい。


 兵藤の方はまったく問題なく、ほんと普通に寝てる、って感じだったけど、朱鷺の顔は青ざめていて、葵がときどき、口元に手をやって、息を確認していた。


 酷いときだと、呼吸が止まることもあるらしい。


 まだ当分、目覚めそうにないと聞いて、私はすごすごと部屋に戻ってきて、今に至る。


 二人とも、大丈夫なんだろうか。葵には、珊瑚ちゃんには何も言うなと言われてるし、ちょっと心配だ。心配しつつも、出来ることは何も無いのでお風呂の準備をしていると、いきなり部屋の戸ががらりと開いた。


 そこに立っているのは葵だ。


「朱鷺と兵藤が、目をさました」


 その言葉を聴いて、珊瑚ちゃんが部屋を飛び出していく。


 葵も、私たちに一瞥くれてから、彼女の後を追った。


 えーと、今のは、私たちにも来いって言ってるのかしら?


 首をかしげていると、後ろから紗枝が、お風呂は後回しだね、と肩を叩いてきて、私たち三人は、手ぬぐいを放り出して、朱鷺の部屋に向かった。


「朱鷺ー? 兵藤ー? 入るよー」


 一応、声をかけて板戸をあける。そこには、正座をした兵藤と、私たちの予想以上に衰弱した朱鷺がいて、思わず目を見張った。


「やぁ。みっともなくてすみませんね」


 珊瑚ちゃんが、朱鷺の上半身を後ろから抱きしめるように支えて、朱鷺はやっと体を起こしている。顔は青ざめて、唇も紫色、なのに額には汗をかいていて、随分辛そうだ。


 葵が、たぶん薬湯だろう、湯気の上がる椀を、二度、三度と朱鷺の口に運んでやり、何度かそれを飲み込んだあたりで、朱鷺の顔にようやく赤みがさした。


「こんなに負担がかかるなんて……すみません、僕だけが行けばよかった」


「兵藤のせいじゃないよ。これはいつものことだから気にしないで」


 そう言われても、兵藤はうなだれている。


 朱鷺は苦笑して肩をすくめた。


「俺一人じゃあ、とてもじゃないけど目当ての情報にはたどり着けなかった。兵藤には感謝してるよ」


 真剣な声で礼を告げると、朱鷺は葵に、地図を出してくれと頼んだ。


 葵は無言で、部屋の隅に転がっていた巻紙の一つを取り、文机を朱鷺の近くに引き寄せて、その上に広げた。


 それは、四角ばかりで描かれた地図だった。


「大内裏の地図だ」


「ダイダイリ?」


 紗枝が、代打入り?、とか他の発音も試しながら尋ねた。


 大きい内裏、で大内裏、と朱鷺が訂正する。


「帝の住む都城だよ。周囲を築地で囲んである。広さは東西が三八四丈、南北が四六〇丈。中心には、帝の住まう内裏がある」


「えーっと……、紗枝さんたちの感覚で言うなら、まぁ皇居ってことです。東西が1キロ強、南北が1,3キロ。周囲には壁と垣根と十四の門があって、その中心に、天皇の暮らす内裏があります」


 この赤いところが内裏ですよ、と兵藤に地図を指さされて、私たちは覗き込む。


 へぇ、こんなに広いんだ。偉い人ってお城に住んでるイメージが……って、そりゃお侍さんか。


「以前は、この十四の門は、割と自由に通行できたんだ。けど今は、北東にある『上東門』と北西にある『上西門』以外はすべて閉鎖されてる。


 特に、一番人の出入りが激しかった朱雀門の閉鎖は厳重だ」


 そこまで一気に言うと、朱鷺は深くため息をついて、また薬湯を飲んだ。まだ顔色があまり良くない。すると兵藤が少し姿勢を正して、朱鷺の説明のあとを受け継いだ。


「この京を開放する重要なポイントはここ、朱雀門です」


 兵藤が巻紙を更に広げる。


 そこには京の町の地図が描かれていた。


「現在、蘇芳の皇子は、二つの地点を基本に術をかけています。一つは京の南端、『羅生門』、そして羅生門を北上し、大内裏への入口となる『朱雀門』。


 簡単に説明すると、羅生門には『陰』の術が、朱雀門には『陽』の術がかけられています。この二つの陰と陽の力が、完全に拮抗することによって、京をすっぽりと包む『結界』が成り立っているんです」


 兵藤が、朱筆で地図に印をつける。


 二つの門は、京の中心、町を東西に分ける朱雀大路の北端と南端にあった。


「この二つの門のどちらかを破壊すれば、力のバランスが崩れ、結界は消滅します」


「だったら、羅生門壊すほうが簡単そうね」


 だって、帝の住んでるトコのすぐ近くにある朱雀門より、羅生門のほうが警備とか薄そうじゃない。


 私が思わず口を挟むと、兵藤は肩をすくめた。


「それが、羅生門は、壊しても意味が無いんですよ」


「どうして?」


「羅生門にかけられている『陰』の術は、穢れていくこと、壊れていくこと、を力の源としてかけられてるんです。今、あの門のあたりは治安も大変悪く、羅生門自体も朽ちてぼろぼろになっています。死体や汚物が捨てられ、貧民や見放された病人が集まり、いずれは朽ち果ててゆくだけの場所……。あの場所を壊したとしても、その『壊れる』という負のエネルギーが、かえって結界を強くしかねない。だから、壊すとしたら、こちらなんです」


 トン、と音を立てて、兵藤が地図の一点を叩いた。


 もう一つの、朱書きの丸印。


「朱雀門。ここを破壊します」

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