第12話 兵藤の術

第十二話 兵藤の術




「ひょう……どう?」


 人ごみを掻き分けて、呼びかけてみる。

 なにか悪いことが起こったのかと心配して、肩を叩こうとしたら。


「やっ……たあああ!」


 兵藤が、いきなり拳を突き上げて叫んだ。

 うわ、何コイツ。私は思わず後ずさる。


「あ、木璃さん!できました!」


「お、おめでとう。で、何が?」


「『術』をマスターしたんですよ! 陰陽系とも密教系とも違って、少し戸惑ったんですけど、コツをつかんだらできました!」


 ほら、と、嬉しそうに、地面に空いた大穴を指さされて。

 私は硬直した笑顔で、よかったわね、と応えた。

 すると、私の『状況が理解できていません顔』がわかったのか、朱鷺がにっこり笑って、兵藤にアドバイスした。


「木璃にも見せてあげたら? ついでに、集まったウチの野次馬にも。何がなんだかわかってないみたいだし」


「あ……そ、そうですね」


 是非、そうして欲しい。

 何が起こったのか、私と紗枝はさっぱりつかめないのだから。

 すると、兵藤は、少し下がっててくださいね、と私たちと野次馬を遠ざけた。


「あそこの倉庫、ガラクタばっかりだから、試しに使ってもいいよ」


 朱鷺の指差した先には、木造の納屋がある。

 何に使うんだろう、と疑問に思っていると、兵藤が納屋に向き直って目を閉じた。

 背後の野次馬たちからも、息を飲む音が聞こえる。


「……深き大地の地の龍よ、我の力を流れとし、汝の爪を呼び醒ませ!」


 突然の、鼓膜が破れたかと思うほどの爆音。

 そして、兵藤の足元から、稲妻のように走る地割れ。

 一瞬の後に、納屋が木っ端微塵に吹き飛んだ。


「よしっ」


 よし、じゃないっ! 今のは何!?

 私は、口を半開きにしたまま、兵藤をしみじみと見つめた。

 こいつ……ああ、そうか。もともと、なんか人外のわざを使えるんだっけ。

 それを、「この世界」仕様にカスタマイズしたってわけね。


「ほんとうは詠唱なしで出来るようになるのが一番なので、もう少し頑張ります」


 ちょっと恥ずかしそうな兵藤の様子に思わず止めてしまっていた息を盛大に吐くと、野次馬たちの間から、一際、不機嫌な声が響いた。


「なんなんだ、この騒ぎは」


 濃紺のマントを纏った葵が、眉をしかめてやってくる。

 人垣は、彼の通る道の通りにきっちりと別れ、葵は朱鷺の隣に立った。


「兵藤が、『術』を使えるようになったんですよ」


 頭一つ分……いや、二つ分は低い葵に、にっこりと笑って、朱鷺が報告する。

 いつも思うんだけど、なんで朱鷺は、こんなに葵を尊重するんだろう。


「使い物になるのか?」


「もちろん。使い慣れてくれば、俺より強いんじゃないかな」


「ふざけるな。お前みたいなのが二人も居たら、危なくてかなわん」


 朱鷺は、肩をすくめてから野次馬たちに向かって、仕事に戻るように告げた。後には、朱鷺と葵、兵藤と、紗枝、私、それに遅れてやってきたゆう子と珊瑚ちゃんが残る。


「兵藤くん、すごいなぁ。手品師みたいや」


 ゆう子が、のんびりした声で感想をのべる。

 おいおいおい、手品師、って。なんか激しく間違ってるよゆう子。


「手品師ってゆーか、イリュージョニスト?」


 嬉しそうに言われて、兵藤は照れたように頭を掻く。

 今の、褒めてるのか? 私としては若干疑問が残るけど、まぁ本人が嬉しいならいいか。


「さて、『術』も使えるようになったところで、今度は俺を手伝ってもらおうかな」


「ああ、そうですね」


 二人は、二人だけで何か納得して、さっさと屋内に入っていった。

 またも説明なし。……しょうがない、ものすごーく話しかけづらいけど葵に聞いてみよう。


「ねぇ葵、あの二人、今度は何するの?」


「しらん」


 にべもなく返された。なんとなく予想はしてたけど、げんなりだわ。

 そうですかー、とモゴモゴつぶやいて引き下がろうとしたら、葵が再度、口を開いた。


「が、朱鷺とあいつで出来そうな事と言ったら、『読む』ことぐらいだな」


 あ……そうか。私たちが、ここで何をすべきなのか、どうすればこの街を開放できるのか、まだ解ってないんだものね。

 納得していると、ふいに珊瑚ちゃんが歩みよってきて、葵の服をひっぱった。

 兵藤たちの去った方角を指差して、少し困った顔をしている。


「……ああ、またアレをやるんだろうな。」


 珊瑚ちゃんは、小さくため息をついて頬に手をあてている。葵は、自分より少し背の高い彼女の頭を軽くなでてやってから、踵をかえした。私は思わず呼びかける。


「どこいくの?」


「医療班」


「え? 葵、またケガしたの?」


「違う。薬湯を準備させる」


「薬湯?」


「朱鷺は、眠らなくても、意識を自分の体から切り離すことができる。そうすれば、いつでも夢が見られるからな。だがそうすると、あいつの体には不自然な負担がかかるから、目が覚めたときにはいつも、衰弱しているんだ」

 それだけ言うと、葵は今度こそ去っていった。

 そっか、朱鷺のために薬湯を準備しとくんだ。葵もちゃんと、朱鷺のこと大事にしてるのね。おまけに珊瑚ちゃんの頭なんか撫でちゃって。

 愛想無しの少年が、はじめて、少し優しく見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る