第11話 やること何にもないの
第十一話 やること何にもないの
人間とは、慣れる生き物なのだ。
いやぁ、慣れっておそろしい。
ここへ来てから、もう三週間が過ぎた。
最初はもう、何がなんだかわからなくて、緊張して、無駄に疲れたりもしたのだけれど。
「木璃、お茶とってー」
私は火鉢の上に掛けられた薬缶をもちあげて、紗枝に渡す。紗枝は、おせんべいをくわえたまま、器用に礼を言うと、自分の湯飲みにお茶をついだ。
その隣では、ゆう子と珊瑚ちゃんが、あやとりをして遊んでいる。珊瑚ちゃんは声が出ないのだけれど、なぜかゆう子との意思疎通は円滑だ。最近は、ゆう子から手話も習ってるらしい。そういや、手話通訳のボランティアしてたよね、と私はぼんやり思い出す。
……平和だ。
あれから三週間、私たちは、VIP待遇でここにとどまっている。
危険だから外に出るなとは言われているが、敷地内の庭は自由に歩きまわれるし、けっこう広い。おまけに、女子が珍しいのか、別世界から来たのが珍しいのか、みんな何くれとなくかまってくる。
男所帯でむさくるしいのは否めないけど、朱鷺からきつーくお達しが出ているらしく、不埒なことをする輩もいない。この大人数のなかで紅一点だった珊瑚ちゃんは、私たちが来てずいぶん喜んでいる。
以前より元気になった、と朱鷺から礼を言われたくらいだ。
兵藤はというと、朝から晩まで、書物を読んでいる。どうやら古文書の類から御伽噺まで読み漁っているようだ。食べているときも、しゃべっているときも、何か読んでる。さっき廊下ですれ違ったけど、歩きながらも読んでいた。
意外と器用なヤツだ。
で、時々、朱鷺となにやら相談をして、また本を読む。
何をしてるのかたずねると、「現状の打開策を練ってます」と、書物から顔をあげずに返された。一応、何か手伝うことがあったら言ってね、とは申し出たのだけれど。
これまた、文字から目を離さずに、ありがとうございますといわれて、会話終了。
私たちをここへ連れてきた葵は、しょっちゅう出かけている。
で、そのたびに、血まみれで帰ってくる。
それは本人の血のときもあれば、返り血のときもあり、どちらにせよ心臓にわるい。
そして、どちらにせよ、葵は朱鷺に怒られている。
朱鷺は、ほんとうに、ほんっとうに甲斐甲斐しく、葵の世話をやく。
仕事……反乱軍って、お仕事になるのかしら……?の、ことはもちろん。
食事、傷の手当、着物のつくろい、洗濯……女房役というより、女房そのものといった感じがする。だいたい、食事にせよ傷の手当にせよ、ここには専門の班があるのだ。
朱鷺がしなくてもいいんじゃないの?と、何となく聞いてみたら、したいからしてるだけ、と気楽な答えが返ってきた。実際のところは、朱鷺以外に、葵にむかって、飯を食えだの傷の手当しろだのと強く言える人がいないから、という理由もあるらしい。
そんな中で、私たち四人、とりわけ女子三人は、ものすごーく怠惰で楽チンな生活を送っている。
いいんだろうか、こんなことで。
紗枝は身体がなまるとか言って、毎朝早くからジョギングに出かけている。ついでに、剣道も習い始めたみたいだ。頼もしくて何より。ジョギングといっても、ジャージがあるわけはなく、用意された着物に袴をつけて草鞋をはいて走り回っている。
余談だが、大学の卒業式以来、着物なんて着ていなかったけれど、慣れるとそんなに堅苦しいものじゃないと解った。
今、私たちが着ているのは……小袖よりもさらに袖の短い……何ていうのかな、これ。
まぁとにかく、袖の長さがかなり短い着物、といったところだ。
色は藍色。ここではみんな、青や緑の服をよく着てるから、その一環なのだろう。
ゆう子は、珊瑚ちゃんと意気投合して、ほぼ一日中一緒に居る。彼女の、音の無い言葉が、ゆう子にははっきり読み取れるようだ。あやとりだの折り紙だのと、子供じみた遊びに二人で熱中して、きゃっきゃ言っている姿は、可愛らしくもある。
で、だ。
私、は、何をしているかというと。
これがほんとーに、なにもしていないんだな。
やろうと思えば、できることが、実はけっこうある。
おじいちゃまの方針で、小さいころからいろいろ仕込まれてきたおかげだ。
和裁ができるから、着物縫ったりとか、つくろいものとか。
料理だって、一人暮らし長いから、ある程度お手伝いもできる。
実は剣道も、大学生のころまでやっていたから、紗枝と一緒に仕込み直してもらえば、割と使えるようになるのかもしれない。
一応、経理もやってたし、算盤習ってたし、だから朱鷺のやってる、経費の管理とかも手伝えるかも?
と、いろいろ考えるのだけれど。
結局、別に私がどうしても手伝わなきゃ困るような事は無くて、となると自分のために何か……と思っても、どれも進んでやりたいような事ではなくて。
どうしようかな、と考えてるだけで、何もしていない。
なんでも”それなり”にできる、私はほんとうに器用貧乏なのだ。
だから、「これができます!」と人に胸を張れるものがない。
そんなわけで、結局私は、せんべいをかじりながら、ゆう子と珊瑚ちゃんがきゃっきゃっ言いながら遊んでいるのを眺めているだけだ。
ふあぁ、と間の抜けたあくびをした時、お腹に響くような爆発音がした。
「何!?」
「あ、紗枝!」
飛び出した紗枝を追いかけて、私も廊下に出る。
ざわざわと人が集まる気配をたどると、中庭にたどり着いた。
そこには、うつむいた兵藤と、微笑んでいる朱鷺、そしてクレーターのように凹んだ地面があった。
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