第10話 妹

第十話 妹






 一人、思考の渦に身を投じていると、またしても紗枝に、眉間をつつかれた。

 痛いなもう、解ってるってばっ。思わず、紗枝のおでこをつつき返す。


「ちょっとぉ、アタシは眉間に皺よせてないでしょ」


「うん、ただの仕返し」


 不毛な争いを見て、朱鷺が笑っている。


「まぁ、オレたちも、貴方たちが何をするためにここに来たのかはまだはっきり解ってないし、しばらくは気楽にしてて下さいよ」


「はぁ……」


 気楽に、といわれましてもねぇ。ため息をついたとき。

 げほん、と、ゆう子が咳き込んで。私と紗枝は、慌ててゆう子の肩を抱いた。


「ゆう子!」


「深呼吸して!」


 紗枝が後ろに回り、背中を撫でてやる。私は、ゆう子のスカートのポケットに手を突っ込んで、薬を探した。

 無い……!


「どうしたんですか!?」


 朱鷺が慌ててきいてくる。その間にも、ゆう子の呼吸は、細く、高くなっていく。


「喘息なの! いつもは薬があるんだけど、見当たらなくて……」


 いつもスカートのポケットに入れてるのに! 私はもう一度、ゆう子の制服のポケット全部に手を突っ込んだ。

 やっぱり、無い。

 すると。

 今まで朱鷺の後ろに控えていた珊瑚が、私とゆう子の間に割って入った。

 彼女は、ゆう子の首と胸に手を当てて目を閉じる。

 それでも、ゆう子の咳は収まらないけれど、珊瑚はその態勢のまま動かない。

 するとしばらくして、ゆう子の吐息がだんだんゆっくりになってきた。


「そう、ゆう子、深呼吸して……!」


 紗枝が、ゆう子の背中をさすりながら言う。

 何度か痙攣したあと、ゆう子は静かに大きく、息を吐いた。


「なおっ……た……?」


 少し枯れた、ゆう子の呟きが聞こえる。

 よかった。しゃべれるならもう大丈夫だ。

 私と紗枝が、ほっとため息をつくと、珊瑚はゆう子の体から手を離して、にっこりと微笑んだ。


「治して、くれたん?」


 珊瑚は笑顔のまま、小首をかしげる。代わりに朱鷺が答えた。


「珊瑚は、少しだけど他人を治癒する能力があるんだ。熱や痙攣なんかには特に有効だ」


 役に立ててよかった、と言いながら、朱鷺は珊瑚の頭を撫でている。

 珊瑚はとても嬉しそうだ。


「明日から、珊瑚の部屋をここの隣に移させるよ。何かあったらすぐに呼んでやってくれ」


「え、でも、そんなん悪いし」


「いや、珊瑚もその方が喜ぶ」


 珊瑚は激しく首を縦に振っている。そんなに振ると、その細い首から頭が取れちゃうんじゃないかと私は密かに心配した。


「珊瑚ちゃん、ありがとう」


 ゆう子は恐縮したものの、好意をありがたく受け取る事にしたようだ。珊瑚の方もとても嬉しそうで、にこにこしている。


「さて、と。今日は疲れたでしょう。オレたちはそろそろ退散するよ。これからの事は、明日また話しましょう」


 朱鷺が、珊瑚を促して立ち上がる。

 兵藤もそれに続いた。


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