第9話 彼の身の上私の身の上
第九話 彼の身の上私の身の上
「こんなこと誰かにしゃべるの初めてだから、うまく説明できないんですが……。さっきの朱鷺さんと同じです。ただ、僕は、必要なときに、自由に本を読むことができる。その本には、この世界のことが書いてある。過去も、未来も、別の世界のことも」
「別の世界?」
「そう……。僕たちがここへくる前に居た世界では、パラレルワールド、って言葉がありましたね。世界は一つじゃない、バウムクーヘンのように何層にも重なっているんです。普通の人間は、他の層に行くことは無い。でも、僕はこれまで、自らの意思とは関係なく、他の層へ飛ばされてきました」
「どうして?」
「『世界』がそれを望むからです。僕は、世界の全てが読める。そう、前の世界で初めて、僕の『読んで』いるものに名前があると知りました。アカシックレコード、というそうですね。過去から未来まで、世界の全ての事が書かれている年代記……。程度によっては、普通の人にも読めるようです。朱鷺さんのように、また、僕たちが前に居た世界の、数少ない占い師や預言者のように。
僕は……理論的には、今、自分が居る世界のことを、全て知ることが可能です。だから、自分の居る世界の事を知りすぎてしまったとき、その『世界』は僕を異物としてはじき出す。世界の流れを変えるものは危険ですから」
「じゃあ……じゃあ、今、この世界のことも、全てわかるの? 朱鷺たちの問題を解決する方法も、私たちが元の世界へ戻る方法も」
「……木璃さん、国立国会図書館、って知ってますか?」
いきなり話題が変わって、少し面食らったけど私はうなずく。
馬鹿にしないでよね。国立国会図書館は、日本国内で出版された全ての本を収納する図書館だ。蔵書は莫大らしいけど、一度行って見たいとは思う。
「では、国立国会図書館に、司書もなく、データベースも利用できない状態で、とある少年漫画のヒーローが、初めてバスケットで点数を入れた場面を探せ、と言われたら?」
「作品名もわからないの?」
「ええ、作品名も、ヒーローの名前も」
「……かなり、難しいわね」
「ちゅーか、そんなん、でけへんやろぉ」
ゆう子が間延びした声で割り込んでくる。
あ、ゆう子。いつの間におにぎり二つも食べたんだろ。
「まぁ、つまり、僕の能力はそんな感じなんです。どこかに『ある』のは解っているし、だいたいの見当はつくけれど、正確にその一冊だけを探すとなると、至難の業です」
一同、がっかりのため息。
なんだか解ったよーな解らんよーな説明だったけど、とりあえず、何でも解るわけじゃない、って事は解った。
うーん、結論までややこしい。
「世界の全てを知ることができるなら、それはもう、人間じゃなくて神様ですからね。……僕は、ただの人間なのに、神様の領域に足をつっこんでるから、ハンパ者なんです」
「アンタ、何したのよ?」
「わかりません。ただ、生まれつき、こうなんで」
「生まれつき?」
「僕は父も母も知りませんし、子供のころの記憶もあまりありません。物心ついたころには、この能力があったから……」
「子供時代すっ飛ばして大人になっちゃったわけね」
「まぁ、人より早う大人になる子供も、世の中にはようけ居てやるよ」
ゆう子、それはちょっと意味が違うんじゃないの?
兵藤もそう思ったのか、苦笑して話を続けた。
「神様の領域に手を出した人間は、『世界』から嫌われます。ある程度の時間をひとつの世界で過ごすと、僕は自動的に、別の世界に飛ばされるんです」
木璃さんたちと働いていた世界には五年前に来たから比較的長かった、と兵藤は懐かしむように言った。
「じゃあ……アンタは今まで、一人で、見知らぬ世界に飛ばされまくってきたの?」
「ええ。でも僕みたいな人もたまには居て……だいたいは僕と同じ境遇なんですが、能力がもっと弱い人は……さっき言ったように、朱鷺さんみたいに、夢でしか『読む』ことができない人なんかは、ずっと同じ世界に居られるようです」
名指しされた朱鷺は、にっこり笑って、それはよかった、と言った。
「予言者と呼ばれる人でも、僕らのように『世界』に受け入れられないほど、強い能力を持っているわけじゃない」
「『真理を知るものは放浪者だ』ですね」
笑顔のまま、朱鷺が口をはさんできた。
「オレが前任者から聞いた言葉です。あなたのような人の事を言うんですね」
兵藤は、肩をすくめてうなずいた。
私には、その心境はわからない。
どんな感じなんだろう。学生時代、一人暮らしを始めたときは心細かった。転職したときも。でもきっと、そんな比じゃない心細さを、この、猫背で目のぎょろっとした男は感じてきたのだろうか。
「僕はいつも……何の意味もなく、見知らぬ世界へ飛ばされてきました。でも、今回は、ここへ来た『意味』があるようですね」
まさか木璃さんたちと一緒とは思いませんでしたけど、と彼は笑う。
「そう! それ。理之助くんはともかく、なんで私らはここにおんの?」
「さぁ、それはわかりません。『世界』はきまぐれですから。でも、ゆう子さんたちにも、ここへ来た『意味』が何かあるのかもしれませんね」
言われて、女子三人は顔を見合わせる。三人とも、ごくフツーのOLなのだ。
強いて言うなら。
紗枝は、小柄なのに力が強くて、空手と合気道ではかなり強い。今も仕事帰りに道場に通ってるし、夏には合宿にも行ってる。この世界では、ひょっとしたら役に立つのかもしれない。
ゆう子は、手先が器用だ。最近は和裁をやっているらしく、去年は自分で縫った浴衣を見せてくれた。あと、手話ボランティアもやってるから、朱鷺の妹さんとのコミュニケーションに役立つ、かもしれない。
私は……私は、何も無い。これ、と言えるものが無い。両親は顔も覚えないうちに亡くなって、祖父母に育てられたんだけど、この祖父がかなり古風な人だった。ので、日舞、お茶、お花はもちろん、長刀や剣道まで、とにかく和風なものは一通り習わされた。あ、お琴もやったっけ。私はそれなりに、どの習い事でも先生に褒めてもらったけど、でも、才能がある、というのとは全然別だった。
そう、いわゆる器用貧乏なのだわ、私。
でも結局、三人とも『強いて言うなら』というレベルなのだから、そこらへんのOLと大差ない。なのに、私たちがココへ来た意味なんてあるんだろうか。
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