第8話 読める人の話

 第八話 読める人の話






 あらま、お腹空いてるんだわ、私。

 そうよねー、お昼ちょっと少なかったもん、と心の中で言い訳していると。

 絶妙のタイミングで、戸が開いた。


「おまたせ、食事持ってきたよ」


 朱鷺が、大きな籠と薬缶を片手に、ひょい、と顔を見せた。

 あまりにいいタイミングだったので、思わず吹き出しそうになった。

 私たちの、笑いをこらえた顔を不思議そうに見ながら、朱鷺は部屋に上がってくる。

 後ろから、兵藤もついてきていた。

 うーん、それにしても地味だわ、兵藤ってば。

 朱鷺みたいに華のある人の側にいると、存在がかすみまくっている。


「とりあえず、こんなものしかなかったんだけど……」


 朱鷺が持ってきた籠には、竹の皮に包まれた大きなおにぎりと、まだ青さの残るみかんが入っていた。

 うわぁ、なんか懐かしい感じ。いかにも、人の手で握りました、って感じのごつごつした大きなおにぎり。

 急に、空腹感が増した。


「さぁ、召し上がれ」


 促されて、おにぎりにかぶりつく。

 あー、おいしい。お米の甘い味がする。

 朱鷺は私たちにお茶を配りながら話し始めた。


「ウチは男ばかりのむさくるしい所帯でね、女性にはちょっと暮らしづらいかもしれないけど、善処するから」


 風呂とか厠とかも貴女たち専用に建ててるとこだから、と言われ。なんだか悪いなぁと思ってしまう。

 だって、私たちは……少なくとも私は、ここで何の役に立てるのかさっぱりわからない。なのに良くしてもらって……。

 食べるスピードが少し落ちたとき、部屋の戸がカラリと開き、朱鷺がもう一人現れた。

 ……はい?

 思わず、目の前の朱鷺と見比べる。

 すると朱鷺は、もう一人の朱鷺に向かって、手を差し伸べた。


「ああ、珊瑚。起きてたのか。おいで」


 珊瑚、と呼ばれた人は、小さくお辞儀をしてこちらへやってくる。

 それは朱鷺に瓜二つの人で……あれ? この人、女だ。朱鷺に比べて幾分小柄だし、それに髪の色が違う。


「この子は珊瑚。俺の妹だ。よく似てるだろう? コレは違うけど」


 そう言って朱鷺は、彼女の長い髪を一房取る。朱鷺の髪では金色の一房だったそれが、珊瑚と呼ばれた人の髪では、銀色の一房になっている。

 うーん、並ぶとなんだか目出度いな。


「ちなみに珊瑚は声が出ない。俺の代わりに毒を呷ったからね。少し不自由かもしれないけど、耳は聞こえてるから、話し相手になってやってくれ」


 はい? 今、なんか衝撃的な一言を聞いた気がするんですけど。

 目の前の珊瑚は、朱鷺の袖を掴み、非難するような顔で、小さく首を振っている。

 朱鷺はそんな彼女の頭を撫でて、先に言っておいた方が楽だから、となだめている。


「どーゆーことかわからへんのやけど、どーゆーこと?」


 ぽかんと見ていると、ゆう子の間延びした声が聞こえた。

 よくやったゆう子、その、おっとりしつつも遠慮の無い発言は君にしかできない。

 珊瑚を隣に座らせた朱鷺が、笑顔のまま話し出す。


「ついでだから、ちょっと説明しておこうか。俺はね、蘇芳の皇子の腹違いの兄。妾腹の生まれで、母は幼いころに死んだ。でも、三歳の時だったかな、俺に夢を『読む』能力があることが解ってね。それからは、ずっと、宮中から一歩も出ずに『夢読み』をしてきた。天皇家の血筋には、必ず、こういう能力を持った人間が出るんだ」


 うわぁ、なんというか、ものすごいファンタジックなお話。

 目を丸くしている私を他所に、朱鷺はさらに話を続ける。


「蘇芳の皇子は、小さいときから利発で、俺たちにも優しかった。女官の目を盗んで、三人で遊んだ事もあったよ。けど、立太子の礼を済ませ、成人になってしばらくしたころ……あの女がやってきた。


 名を、緋芽という、美しい女で、どこかの公家の紹介だったが、身元ははっきりしない。蘇芳は、緋芽を愛してしまってね。それ以来、俺は『悪夢』を読むようになってしまったんだ」


「悪夢って、どんな?」


「民が飢える、火災が起きる、川が氾濫する……そんな夢ばかりだ。それも全ての元凶は緋芽だ。それに怒った蘇芳は、俺を殺そうとした。珊瑚は、直前でそれを知って、俺に変装して、蘇芳の前で毒入りの酒を飲んだ。命が助かったのは奇跡だった」


「では……今は誰が夢を読んでいるんです?」


 今までもくもくと食べ続けていた兵藤が発言する。そうだ、こいつにもイロイロ説明してもらわなくちゃ。

 思わず兵藤の顔をまじまじと見ると、口元にご飯粒がついていた。

 あーもーっ、緊張感のない奴っ。


「今は……蘇芳が読んでる……ことになってるんじゃないかな」


「蘇芳の皇子には、読む能力があるのですか?」


「無い。少なくとも俺の知る限りは」


「ちょっと兵藤」


 そのまま、朱鷺とどんどん話を進めて行きそうだったので、私は思わず止めに入る。


「ここが、私たちの居た世界とは違うことは解った。いまいち実感ないけど。この人たちがどういう人で、何をしようとしてるのか、も一応、わかった。それで? 兵藤、あんたはいったい何なの? いろいろと訳知り顔で喋ってるけど、私たちは全然、ワケわからんのだけど」


「あ、そ、そうですよね。すみません、はい……」


 うぅ、イライラするなコイツ。でもこの喋り方が私たちの知ってる兵藤なわけで、ここへ来てからの、饒舌だったり、戦ったりする兵藤の方が、初めて見る彼なのだ。


「えと、あの、その……どう言ったらいいのかな。その、信じて貰えないかもしれないですけど、その、僕は、木璃さんたちとは、なんと言いますか、『違う』んです」


「あのね兵藤。今更、こんなファンタジーでエキセントリックな状況で、信じるも信じないも無いでしょうよ。この際、あんたの言うことは全部、ほんとの事として信じるわ。だから、わかりやすく、かつ手短に説明してもらえるかしら?」


 そうだそうだー、と。隣で紗枝が気の抜けた合いの手を入れる。


 兵藤は、もごもごと口ごもって頭を描いている。見かねた朱鷺が、新しいお茶を入れて、兵藤に勧めた。


「あ、ども、ありがとうございます。いただきます、はい」


 ずず、っと音を立ててお茶をすする。

 あーもう、早く喋れっつーのっ。

 イライラを募らせていると、兵藤は、湯のみの中を見つめたまま、話し始めた。


「僕は、自分が何者なのか知りません。親が居た覚えもないし、子供の頃のことも、あまり覚えていない。僕は……僕は『読める』者なんです」


「何を読むの?」


「世界の、全てを」


 一瞬、場が静まり返り、兵藤のため息だけが響いた。

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