第7話 青鳥の巣のあれこれ
第七話 青鳥の巣のあれこれ
廊下はまるで迷路のようだった。壁の色が違うから、入り口から部屋までは黄色をたどっていけばいい、と朱鷺に言われ、辺りを見回す。
なるほど確かに、はっきりした色彩ではないけど、赤っぽい壁、青っぽい壁、と、色分けされている。屋外に面した廊下を渡っているとき、カーンカーンと金属を打つ鈍い音が聴こえ、男たちの話す声が耳に入った。
かがりび篝火がたくさん焚かれて辺りは明るい。雰囲気はさしずめ鉄工所といったところだ。
その中から、金槌を持った男が、こちらを見止めて歩みよってくる。
「朱鷺!」
呼ばれた朱鷺は、片手を上げて応える。
「やぁ空良彦、精が出るね」
空良彦、と呼ばれた人は、いわゆる細マッチョで、後頭部でまとめた短い髪が尻尾のようだった。
「今、『炎天』と『曇天』を改良してるとこさ。あ、そちらが例のお客さん?」
……なんでみんな「例のお客」を知ってるんだろう。
こちらは何も知らないのに。
少し居心地悪く感じていると、朱鷺が私たちを紹介してくれた。
わぁ、すごい。名前、四人とも覚えてくれてるんだ。
私は妙に感心した。
だって、兵藤はともかく、制服着たOL三人なんて、似たり寄ったりじゃない?
「ども、土木武器担当の空良彦です」
肩にかけた手ぬぐいで顔をぬぐって、彼は軽く頭を下げる。
ドボクブキ……土木と武器……?
彼の後ろには、なにやら妙な形の鉄の塊……なんとゆーか、大人が5人くらいは乗れそうな、てんとう虫?……が、ある。それは土木の管轄なのか、武器の管轄なのか、さっぱり解らない。
鉄の巨大てんとう虫には、数人の男性が群がって、かなづちでたたいたり、鉄板をはめこんだりしている。
「どう?少しは調整できるようになった?」
「まぁ、『炎天』は大丈夫だ。でも『曇天』はそもそも原理的に無理だな。ありゃあ吹っ飛ばし専門だ」
「ま、そーだろうね」
朱鷺の質問に、空良彦が、鉄の塊を指差しながら答える。
へぇ、これは武器なんだ。
どこをどうやったらどんな効果が発揮されるのか、まったく見当がつかない。
すると、今まで黙っていた兵藤が、おどおどと質問した。
「あのぅ、これって、どんな武器なんですか?」
空良彦は、口の端をニィ、と自慢げに上げた。
「『炎天』は大量の火を噴くんだ。そこらの民家なら一瞬で焼けちまうだろな。五丹のやつらの使う炎だって……ま、猩々相手はちょっと不安だが、他のやつらとなら、渡り合える。『曇天』は、そこいら一帯を巻き込んで、大爆発を起こす。こいつを使うときは、一発打ったあと、ものすごい勢いで撤退しなきゃならんのが、難点といえば難点だな」
「それぞれの構造は?」
「『炎天』は油と、キツイ酒を仕込んである。しこたま蒸留を繰り返して、飲めねぇくらいキツくなった酒だ。それを霧状に噴霧して、着火。原理はこれだけだが、朱鷺とか俺とか『術』を少々使えるものが運転すりゃ、効果は倍増だな」
「術……どんな術ですか?」
「ん? 術は術だろ。……って、ああ、アンタらにゃわかんねーのか。あとで朱鷺に聞きなよ」
「それで、もうひとつの方は?」
「『曇天』はな。おがくずを撒き散らして着火するだけ、いたって簡単な作りさ」
おがくず?
そんなの燃やしたって大したことにはならないでしょうに。
なんか、『炎天』にくらべてずいぶん見劣りするな、とか思ってたら。
兵藤が、感心したようにつぶやいた。
「粉塵爆発ですか……」
フンジンバクハツ? 聞きなれない言葉に首をかしげると、兵藤が説明してくれた。
「空気中に一定の濃度の、可燃性の粉が浮遊している状態で火種があると、大爆発するんですよ」
「そんなことで!?」
「たまに新聞なんかにも載ってましたよ。小麦粉や砂糖、炭鉱で出る炭の粉なんかでも危険です」
「おがくずでも?」
「ええ。もちろん、爆発させるには、粉塵の濃度や、酸素の量など、それなりの条件が必要ですが……」
それを瞬時に調整して引火させるのは、すごい技術です、と。
兵藤が言うと、空良彦が「おほめいただき光栄」とおどけて見せた。
「ウチの技術者は優秀で助かるよ。今度、あなたたちにも演習をお見せしますね」
別に見せてもらわなくてもいいんだけど、という言葉を飲み込んでいるといつの間にか空良彦が近くまで来ていた。
「青龍はほれ、まあこんなもんだ」
「うーん、こっちはいまいちですねえ」
青龍、と呼ばれたそれは瑠璃色のさやに納まった刀のような薙刀のようなもので、朱鷺はそれを抜きもせずにいまいち、と評価をくだしてみせた。
「もうちっと文献がないと青龍典侍の長巻を作るなんて無理が過ぎる」
「まぁそれはそうだな。こっちは出来れば儲けもの、くらいの感覚で居てくれたらいいよ」
朱鷺は、空良彦に、あとでまた寄る、と声をかけて、私たちを部屋にうながした。セイリュウナイシノスケってなんだろう、その説明はないまま再度、廊下をたどると、鉄工所の気配が遠ざかる。
廊下は、相変わらず明るい。このへんは『土木』の担当なのだろうか。
装飾は一切無いが、頑丈な作りをしている。私がきょろきょろ辺りを見回していると、朱鷺に声をかけられた。
「ここは、もともと焼き物を作る職人たちが暮らしてたんだ。ちょっと改造したから、ごちゃごちゃしてるけど、頑丈で便利な建物だよ」
さっきの作業場には登り窯があったんだ、とか、もとが焼き物屋だから茶碗には事かかない、とか。
朱鷺は説明しながら歩いてくれる。
そして、廊下の突き当たりにたどり着いた。
「さて、お姫様方の部屋はこちらで。兵藤くんは向かいの部屋を使ってくださいね」
まるで修学旅行の部屋割りのようだ。はぁい、と間延びした返事を返していると、朱鷺は、あとで軽い食事を持ってくる、と告げて、元来た廊下をたどってかえった。
とりあえず、部屋に入り、土間で靴を脱いで、 畳の上に足を投げ出す。
先ほどの朱鷺の部屋も、土間と畳、という作りだったから、この作りは全部屋共通なのかもしれない。
かなり広い部屋で、畳を数えてみると、ちょうど二十畳あった。
紗枝は早速、押入れを全て開けて中を確認している。ゆう子は、部屋の隅に置かれた調度品のたぐいをしげしげと見つめていた。
で、私は。探索は二人に任せて、行儀悪くあぐらをかいて座っている。
旅館みたいにお茶セットって置いてないのかなー、なんて部屋を見回すがもちろんそんなものは無く。
文机の上に硯と筆が置かれているだけだった。
「当たり前、か」
旅行に来たわけじゃないのだ。私はため息と共につぶやく。そう、旅行じゃないのだ。
まさかこんな、マンガみたいな話が、自分の身の上におこるなんて思ってもみなかった。
けれど、現実。
ベタにほっぺたをつねってみたら、痛いし。疲れた足も、埃だらけの制服も、お尻の下の畳も、全部、現実だ。とゆーことは、この状況だって現実だ。
ぼんやり宙を見つめていると、いきなり、紗枝に眉間を突かれた。
「いたっ」
「眉間に郵便局のマークができてるよ」
あらやだ、皺になっちゃう。思わず眉の間をこすると、紗枝が笑った。
「木璃、難しい顔しないの。しょうがないじゃない」
「しょうがない、って?」
「なんかワケわかんないことになっちゃったけどさ、悩んでもしょうがないじゃん。どうしようもないんだから」
考えても無駄な事で悩むのは木璃の悪い癖だよー、と肩をすくめられて。
私も同意せざるを得なかった。
「こんだけぶっ飛んだ状況だとさ、かえって冷静になっちゃうわ」
「それはそうねー」
二人で顔を見合わせて笑う。そのとたん、私のおなかがぎゅるぅん、と鳴った。
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