第5話 ご説明願います

第五話 ご説明願います




「そっか。何も知らない人から見たらそうだよね。そう、猩々は帝に代々仕える、山の物の怪だ。今は蘇芳の皇子の親衛隊『五丹』の長をしている。五丹は、蘇芳の皇子の警備はもちろん、都にいる反乱分子の取り締まりにもあたっている。やつらは六波羅に探題を置き、都を脱出しようとするものや、皇子を悪く言うものを片っ端からとっ捕まえている」


「そんなん、困るやん」


 ゆう子が、例によって舌足らずな声で、当たり前のことを言う。

 けれども朱鷺は深くうなずいた。


「そう、困るんだ。だから俺たちは、まず、この封鎖の根源である蘇芳の皇子を倒して、街を開放しようとしてる。いつの間にか大所帯になっちゃってね、今や、反乱軍『青鳥』の名前は随分有名になっちゃったな」


 反乱軍? なんとゆーか、実に馴染みの薄い言葉だ。朱鷺は一気に喋って疲れたのか、湯飲みのお茶をすすった。

 さて、状況はともかく。そう、まったく理解できない状況はともかく、ひとまず置いといて。私は、おそるおそる、疑問を口にした。


「それで、あのー……朱鷺さん?」


「朱鷺、でいいですよ」


「じゃあ、朱鷺。さっき、私たちが来たとき、『例のお客人』って言ってませんでしたか? 私たちのこと、知ってるの……?」


「あぁ、だいたいはね。夢で読んだから」


 その一言に、いきなり、兵藤が目を見開く。


「読んだ……?」


「あぁ、貴方もですか。『読める』のは」


「どうしてそれを知っているんです。僕と同じように『読める』のなら、こんなところにとどまってはいないはずでしょう?」


「なんのことかな? そうか、貴方、純血種なんですね。俺は夢を見ているときにしか読めないから」


 話にさっぱりついていけない。さっき兵藤が「僕みたいな人間」うんぬんと言ってた、あれに関係あるのだろうか?

 兵藤のギョロ目に視線を合わせて無言で問うと、あとで説明します、と小声で返された。


「すまない、話をとぎれさせてしまったね。そう、俺たちは、貴方がたが来るのを知ってた。俺は、夢の中で未来や過去を『読む』ことができるんだ。夢の中で俺は、いつも巨大な本棚の前で、一冊の本を持っている。本は自分では選べない、気がつくと持ってるんだ。そこには、過去のことや未来のこと、この世界の様々なことが書いてある。俺はそれを読んで、まつりごとに助言をしていた」


「それって……いわゆる夢占いってこと?」


 占いの類をまったく信じない紗枝が、首をかしげて質問した。


「違うよ。占いは不確定な未来を当てずっぽうで判断するものだろう? 俺が読むのは、確定された事実だけ。たとえば、1年後に都で疫病が流行する、という事実を読む。そしてそれを役人たちに告げる。彼らは、下水や井戸を整備しはじめる。すると、疫病が流行する、という未来の事実はなくなって、俺はまた、別の未来を読む。その繰り返しだ」


「それじゃあ、貴方の予言があたったのか、その予言がなくても疫病なんてはやらなかったのか判らないじゃない」


「そうだね。けれど、俺の読んだ夢は外れない。現に今、こうして貴方たちがここにいる」


 たしかに。そう言われて、紗枝も反論をやめた。

 けど、だったらなんで朱鷺は、こんなとこに居るんだろう。政治に携わってたんなら、反乱軍なんかとは縁遠いはずなのに。

 私がその疑問を口にしようとしたとき、紫紺の暖簾が勢いよくはためいた。


「葵! どこにいくの?」


 そのまま部屋を横切ろうとした葵を、朱鷺が呼び止める。

 葵は、さもうっとおしそうに舌打ちをした。


「諜報班のヤツが、探題につかまった。助けにいってくる」


「ちょっと待って! それなら浅黄たちがさっき帰ってきたから、彼を行かせてください」


「かまわん、俺が行ったほうが早い」


 その言葉を聞いたとたん、朱鷺はすばやく立ち上がって、流れるような仕草で葵の腕をつかみ、それを背中へねじり上げて、彼を畳の上に取り押さえた。


「怪我人は、おとなしくしててください」


「……このくらい、怪我のうちに入らん」


「じゃあ、俺を突き飛ばして出て行ったらどうですか? いつもの貴方なら、そのくらいの力はあるでしょう」


 朱鷺が、にっこりと笑った。……けど、目が笑ってない、目が。ものすごい怖いんですけど。

 葵は盛大なため息をついて、押し黙り、抵抗をやめた。朱鷺が、私たちに、今度は先ほどと変わらない柔和な笑顔で、葵を押さえたまま話しかけてきた。


「悪いけど、そこの送話機とってくれる? ……そう、壁にかかってる緑のやつ」


 言われて壁を見る。お椀をひっくり返して掃除機のチューブをつないだようなものが壁にかかっていた。

 私はそれを壁から外して朱鷺に渡す。チューブはけっこうな長さがあるらしく、葵を取り押さえている朱鷺の手元まで難なく届いた。


「浅黄、朱鷺だ。悪いが俺の仕事部屋まで来てくれ、大至急だ」


 朱鷺の声が、部屋の外からも響いてくる。なにこれ、館内放送? そういや先月、会社で避難訓練やるとき、私が放送かけたっけ。

 どーでもいいことを考えていると、いきなりがらりと、戸が開いた。


「呼んだか?」


 入ってきたのは、大男。体も大きいし、顔も大きい。身をかがめて部屋に入ってきた。

 すっごい、いかつい人―……。私が思わずまじまじとみつめていると、隣でゆう子が


「力石徹……?」


 と、つぶやいて首をかしげた。おお、確かに似てる……でも『あしたのジョー』はちょっと古いんじゃないか、ゆう子。


「悪いね、浅黄。諜報班が探題につかまったらしい。六波羅へ閉じ込められる前に奪還してきてくれますか」


「場所は?」


「葵、場所は?」


「……樋口冨小路」


「わかった、行ってくる。翡翠たちを連れて行くぞ」


「よろしくお願いします」


 力石……もとい、浅黄、とやらは、私たちをチラッと見遣って、またその大きな体をのしのし揺らして出て行った。

 それにしても。葵がずっと押さえつけられたままで、なんだか可哀想だと思うのは私だけだろうか。

 朱鷺は首だけを器用に動かして浅黄を見送ると、再度、私たちに微笑んだ。


「申し訳ないけど、話の続きはこの人の治療をしながらでいいかな?」


「あ、はい……おかまいなく」


 おかまいなく、は余計だろ兵藤。こっちはかまってもらわなきゃ全く現状が理解できないの


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