第4話 青鳥の巣の朱鷺
第四話 青鳥の巣の朱鷺
それから。馬車に揺られたのは三十分近くだっただろうか。とっぷり暮れた闇の中に、光が見える。入口から身を乗り出してそれを見つめると、その光は、大きな建物から漏れてくる明かりだった。
視線の先には、何階建てなのかわからない建造物が、柔らかい明かりをこぼしている。何階建てかわからない、といっても、別に超・高層、ってわけじゃない。建物の形がいびつで、どこからどこまでが1階分に相当するのかわからないのだ。
そういや昔、軍艦アパートってゆー建築法を無視したような建物があったっけ。
とにかく、その建物は巨大だった。
馬車が近づくと、その入口に、人が一人立っているのが見えた。私は目を凝らす。逆光だけれど、その人物は、長身に長髪の、たいそう美しい人だとわかった。
男? 女? この距離ではわからない。髪の長さからすると女だろうか。
ほどなく馬車はその建物の入口に到着し、葵は無言で馬車を降りた。私と兵藤もそれに続く。先ほど、遠めに眺めていた人物が声をかけてきた。
「おかえり、葵」
「朱鷺……」
「まったく、また派手にやったんでしょう? あ、そちらが例のお客人?」
「ああ」
うあぁ、綺麗な人! 腰まで流れる漆黒の髪には、一房だけ、金色の髪が混じっている。細い長身、大きな瞳、それからものすごく柔らかい声。けど、この人、男の人だ。間近で見ると、その体格が筋肉質で鍛えられたものだって解る。
彼は、群青の無地の着流しを着て、肩に紺色の羽織を、袖を通さずに引っ掛けている。遠くから見ていたときよりずっと男性的だ。
「初めまして、ようこそ『青鳥』へ。説明は中でするから、入って」
むさ苦しいところだけど、と彼は笑った。うーん、むさ苦しい、という言葉がここまで似合わない男ってどうよ。
木製の、建付けの悪い引き戸を開け、室内へと招きいれられる。中は、広い土間廊下が、奥へ向かってゆるい上り坂で続いていて、両側に板戸が続いている。
「丘の斜面に建ててるからね、ちょっと廊下が歩きにくいけど、我慢して」
先頭にたった男性は、半分私たちをふり返った姿勢でゆっくり歩く。その後に、葵が無言で続いている。
「あ、あの、夜なのに随分明るいんですね?」
兵藤が問いかける。あぁ、そうだ、確かに。廊下の天井には、楕円形の発光体がとりつけられていて、薄オレンジの光を放っている。どうやってるんだろ? この時代じゃ電球なんて無いわよね。
首をひねっていると、男が答えた。
「木瀬電球を使ってますからね」
「木瀬電球?」
「あぁ、あなたたちのところにはありませんでしたか? 玻璃の中に揮発性の液体を入れて、電気を通すんです。俺も詳しい仕組みは知りませんけどね。ウチは夜通し働く人間もいるんで、導入したんですよ」
「あの……電気はどこから?」
「裏に滝があるんです。その下に水車をつけて、発電してます」
「こういうことは一般的なんですか?」
「いえ、普通はしませんよ。かなり費用がかかりますからね。良くても蝋燭とか、行灯とか……まぁ、ウチも贅沢してられる所帯じゃないんですけど」
背に腹は変えられぬってやつです、と。彼はにっこりと笑った。私と兵藤は思わず顔を見合わせる。意外と、科学が発展しているようだ。
「ね、もしかしたらスマホも使えるかも?」
「木璃さん、持ってるんですか?」
「ポケットに入ってるけど、電池切れなの。充電できないかな?」
「充電できたとしても、基地局が無いから無理ですよ」
「あ、そか」
間抜けな会話をしていると、急に男性が足を止めた。
「さて、こちらへどうぞ」
他よりも大きな板戸が開けられ、中へ入るよう促される。
入ってすぐのところは三畳ほどの土間になっていて、膝までの段差を上ると、畳敷きの広い部屋。そして、そこには……。
「木璃ちゃん!」
「ゆう子! 紗枝!」
膝に包帯を巻いたゆう子と、頬に血がにじんでいる紗枝が座っていた。
私は慌てて靴を脱いで畳に駆け上がる。
「よかったぁ、二人とも」
「ゆう子と逃げてたんだけどね、いきなり男の人に囲まれて、こりゃ絶体絶命、って思ったら、ここに連れてこられたの」
「ほんで、木璃ちゃんと理之助くんが来るから、待ってるようにって言われてん」
「もぉ、怖かったよぉ」
かわるがわる喋る二人の手を握って、私もほっとする。あぁよかった、二人とも無事で。すると、後ろで長髪の男性が苦笑して言った。
「そんなに怖かった? 迎えにいったウチの二人が、目とみぞおちにものすごいあざを作って帰ってきたけど」
紗枝だ。そんなことをするのは間違いなく紗枝だ。彼女は小柄で可愛らしい外見から、想像もつかないような鉄拳をくりだすのだ。さすが、空手有段者。
「さて、落ち着いたところで、話をはじめましょうか」
と、言われているのに。葵は畳の上に上がりもせずに、入ってきた戸と反対側にあった、紫紺の暖簾をくぐって出て行こうとした。どうやらあの先にも通路があるらしい。
「ちょっと葵、どこ行くんですか」
「武器庫。刀の刃が欠けた。取り替えてくる」
葵はそういうと、さっさと暖簾の奥に消えてしまった。
残された男性は肩をすくめると、傍らの火鉢にかけてあった薬缶から、お茶とおぼしき液体を湯飲みにそそぐと、私たちに配ってくれた。
「まったく、すみませんね。あの人いつもああだから」
口調の割りに、怒っているようには見えない。
全員が湯飲みを手にしたところで、彼は改めて私たちに向かい合い、姿勢を正した。
「はじめまして。自己紹介はまだでしたよね? 俺の名前は朱鷺、この『青鳥』の参謀長を務めてる」
と、言われましても。さっきからちょいちょい話に出てくる『青鳥』がなんなのか知らないので、さっぱりだ。
とりあえず私たちは「木璃です……」「紗枝です……」とかいう、単に名を名乗るだけの自己紹介をすませた。
「まだ混乱してるだろうから、かいつまんで簡単に説明しますね」
朱鷺は、肩をすくめるように笑った。
「ここは京の都、それは解るよね? ……なんだか不安そうな顔だね、まぁいい、話を進めるよ。この都は、三年前のある日、人の出入りが一切できなくなった。三年前、たまたま街の外へ出ていた人はそれっきり帰ってこれなくなったし、たまたまこの街を訪れただけの人も、出る事ができなくなって、今はなんとかここで住民として暮らしてる。原因は、蘇芳の皇子が張った結界。蘇芳の皇子は、今、帝が病に臥せっておられるため、民を守る力が落ちている、と言って、いきなりこの街を封鎖したんだ。三年前のあの日、この都と外の街の間には強力な結界が張られ、出入りは一切できなくなった。外の様子はまったくわからない」
そりゃまた極端な話だわ、まるで昔授業で習ったベルリンの壁ね。
朱鷺の話はさらに続く。
「家族にも会えない、物流も交通も止まってしまったから、物資も不足する。そんな中で、なんとかして街の外へ出ようとする者が増える。けれど、出られた者はまだ誰も居ない。無理に出ようとすると、結界に引っかかった体は燃え上がり、消し炭のようになる。蘇芳の皇子の力はとても強くてね、いろんな術者が束になってあれこれ試したけど、結局すべて失敗に終わるか、術を試す前に、蘇芳の皇子の親衛隊に見つかって捕らえられるかのどちらかだ」
「親衛隊って、もしかして……」
「そう、君が追いかけられた、あの趣味の悪い真っ赤な服を着た連中だよ」
「あれ! あれ、だって、猿だったんだけど、猿!」
私が言い募ると、朱鷺は軽く吹き出した。
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