第16話・仕事しているのか遊んでいるのかわかったものではなかった

 縄文の炭焼き窯は、粘土ではなかった……。泥だったのだ。

 陶器に使う粘土は川から取りそれを、水の中に入れて濁った上澄みから集めた極めて細かい粒子の粘土だ。

 沈んだ方の荒い粘土と、粒子の細かい泥にほぐしたカラムシの茎を混ぜて円筒形を作る。そんなものを混ぜて大丈夫かと思いきや、混ぜないとひび割れるのだそうだ。


「よし! いいぞー! 泥はまた起くる年が来るまでに育てておく!」


 その泥がどこからくるかというと、土兄ちゃんの一家の畑である。畑というよりあれは田だ。沼田とでも言おうか。現代なら土兄ちゃんの一家は沼田さんになったに違いない。

 そんな沼田さんの大黒柱がカラムシを投入すると子供たちに言った。

 大人たちが泥を運び、俺ら子供がその泥を踏んでどろんこ遊びをする。すると、路に使う泥が勝手に完成するのだ。


「やー!」


 いえーいなどという外来語は無い。縄文ではこのように声を発していたのだ。


「やー! へぶっ!」


 俺も土兄ちゃんの真似をして飛び込む。

 瞬間、泥がぐにゅっと指の隙間を通り抜け、俺は転んだ。


「あははは! 海星どろんこだぞ!」


 泥まみれである。土兄ちゃんは、馬鹿にしているのではないのだろう。


「おい! 土打彦!」


 ふと参加している別の子供から声が掛かる。


「お?」


 そっちを向いたのが土打彦の運の尽き。泥団子が、胸に命中したのである。


「あははは! これでお前もどろんこだぁ!」


 そう、俺はどろんこ一番乗りなだけになったのだ。


「やったなぁ? くらえっ!」


 その泥は極めて粒子が細かく、ペーストみたいなものだ。こね続けないと形を保てない。非ニュートン流体みたいだ。それをむりやり投げて遊んでいる。


「おわー! 俺もどろんこだ!!」


 一分もしないうちに、全員泥まみれである。

 そんなこんなで遊んでいるのだが……。


「おい、こっち見ろ!」


 土兄ちゃんの父が声をかけた。すると、彼は顔に泥で絵を書いていたのだ。


「おー! かっけー!」


 それはよく、野に狩りをしに行く村人が顔に描く渦巻き型の模様。


ししなんて取ったことねぇけどな! がはは!」


 結局、大人もだ。みんなどろんこ、どろんこパーティーだ。


「お? おぉ? なにすんのー?」


 俺の後ろに回り込んだ土兄ちゃんが俺の髪をいじっている。

 少しすると……。


「ぶっはははは! 背が高くなったなぁ!」


 と、土兄ちゃんの父に笑われて頭を触ると、俺はこれを笑わずにいられなかった。小学生のシャンプー遊びの定番が俺の頭にされていたのだ。


「ふっアハハハハ! 土兄ちゃん! ベタすぎ!」


 どの時代も子供が考えることなんて変わらないのである。


「アハハハハ! 上に何か乗っかるんじゃね?」


 と、もうひとり参加している子が言う。これも実に子供がいいそう。俺の中の子供像とも合致するのだ。


「乾くの待たないと!」


 なら俺も全力だ。


「泥持って……ぷっくくく! 見ないうちに……くっふ、でかくなったな!」


 父が戻ってきて、俺の頭を見て笑っていた。


「おう! 海星のとーちゃんも背伸ばす?」


 土兄ちゃん、恐れ知らずである。


「よし来い!」


 そしてどかっと腰を降ろす俺の父。縄文人はあまりにノリがいい。


「んじゃあ、次は俺が泥とってくるか! 海津! 釜を作り始めてくれ!」


 なんて、父に引き継いてから、土兄ちゃんの父は歩き出す。


「おう!」


 父は、釜の予定地の前にどっかりと腰を下ろして、俺たちが遊んでいる泥を手にとった。

 その間にも、土兄ちゃんによって髪が逆立てられていく。シュールだ。


「ぶふっ……だははははは! 真面目な顔しないでよ父さん! ひーおかしい!」


 笑顔が絶えなすぎて腹筋が辛い職場である。


「背が伸びた! 背が伸びた!」


 と、大笑いしすぎたもうひとりの子。しかし笑いすぎて後ろに倒れてしまったのである。そう、泥の上に。


「よし! おんなじ髪にしてやる!」


 俺は、その子の髪を立てに掛かる。泥をかき分け歩いて、その子のところへ行く。


「土打も立てろよ! みんなでどろんこ楽しいだろ?」


 その子は寝転んで待っていた。早く立てろと言わんばかりに。


「俺は最後でいいの! これが俺の仕事だ!」


 そんな仕事は存在しないのである。しかし、床屋ごっこのようでおもしろい。それっぽく威張ったふりしておどける土兄ちゃんが面白い。


「今日は野性的な感じで頼むぜ!」


 なぜ、サロンっぽくなっているのだろうか。縄文の髪型と聞いて卑弥呼様が思い浮かぶ俺は、大概歴史に疎い。


「任せろ! 熊も逃げ出すぜ!」


 父も土兄ちゃんもノリが良すぎるのだ。

 ただ、同時に父の手元は興味深かった。ネチネチと音を立てながら、泥をレンガのように四角く整形しては曲げそれを積み重ねていく。半分粘土のような炉にはそれが可能だった。


「父ちゃん。それでどうやって炭作るの?」


 なんて、俺は興味津々で止まらない。なんでも訊ねてみたい。


「今作ってるのは釜の下半分だ。ここに木を入れてな、泥を抜いて頭だけ開けておく。頭に火をつけて、全部に回ったら泥で蓋するんだ! 今度見せてもらおうぜ!」


 父からは全力の答えが返ってきた。楽しみなことが生活しているだけで増えていく。生きる理由が増えていく。


「うん!」


 とにかく、俺の心は踊りっぱなしだ。

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