第15話・縄文の一日は太陽に手を伸ばして始まるのである。

 村の朝は早い。夜が早いから、みんな早起きなのだ。日の出と共に起きて、村に出る。


「今日もッ! 晴れたなぁー!!」


 一日の会話は大体天気の話から始まる。天気は、生活にものすごく密接で、話さないなどありえない。


「雲ひとつないねー!」


 そして、起きて最初に見るものは家族の顔。次が空だ。

 父も母も……ついでに俺も。三人で、空に向かって手を伸ばす。


「ん゛ーーー!」


 ぐっと大きく伸びをして、深く息を吸う。仕事後のビールに匹敵する生の実感が体を襲う。

 森と湿地の境目に存在するこの村は。そして、石油など一度も燃やされたことのない汚れを知らない空気。地球上の空気そのものが、限界まで澄み渡っているような気がした。これで体にいいというのだから、大麻を吸う必要はない。

 縄文時代、普通に大麻を栽培している。今来ているこの服の材料がそうだ。


「おはよう!」


 父が音頭をとる。天気の話をして、太陽を見ながら、太陽にも家族にもおはよう。それが縄文流。すべてに精霊が宿る、アニミズム的信仰だ。

 そして、その精霊たちは俺たちの先祖でもある。我らは太陽の子、水の子、月の子、山の子、森の子。この五人を五色人と呼び、その子孫であるとされている。……何かいい、上も下も右も左も皆家族である。


「「おはよう!」」


 いつも図らずも母と声が合う。言葉を覚える前から、この挨拶を聞いていて、覚えてからは一緒にやっている。声が合うのは、毎日やっている絆の証だ。


「さぁ、今日は何するかなぁ!」


 のんきだ。のんきで十分、食べ物も道具も余る程ある。収穫祭が終われば、冬が来る。冬への備えはいつも万全。余るのを見越しての収穫祭。冬は縄文人にいつも大敗だ。


「ふぉーあー! なんだ、暇か? 海津彦!」


 土兄ちゃんと俺の仲がいいのは、家がとなりだからだ。稲作は川べりのぬかるみで行われ、そのために土兄ちゃんの一家の家はここにある。

 加えて、父は川から下って海へ出る。だからやっぱり家は、川べりだ。我が家の方が下流にある。これぞ下流階級……。貧富の差はないけど……。


「おう暇だ!」


 父が答えると、ひょこと土兄ちゃんが顔を出す。


「ちょうどいいじゃん! 炭焼き窯を作るの手伝ってもらおうよ!」


 と、こんな感じに仕事兼趣味の噂が回ってくるのだ。プライバシーはほとんどないけど、不思議と悪い噂は回らない。

 失敗の噂は回ることがあるけど、そしたら村中で慰めてもらえる。本当に聖人しか住んでいない。


「名案だ! どうだ! 行こうぜ?」


 土兄ちゃんの父は土兄ちゃんを抱き上げて、俺たちを誘った。


「ちょうどいい! 暇してたところだ!」


 父は肩をぐるんぐるん回しながら、土兄ちゃんの一家に続く。


「俺もー!!」


 ちょうどいい。縄文人の炭焼き窯を見られるなんて、初めての経験だ。これからは沢山見るだろうけど……。

 でも、俺にとってはものすごく興味深いのだ。だって、学校の教科書よりよっぽど進んだ時代だったのだから。ウホウホだと思っていたのに……。


「私もー!」


 と母も続こうとする。男の仕事、女の仕事とは、一応別けられているがここもゆるい縄文時代である。しかしながら、母には仕事があった。


「それがさ! クヌギのあく抜き手伝って欲しいの! それから油煮凝り作りも!」


 クヌギの実はお菓子にもなる。穀物のバリエーションで、現代人がまけているかもしれない。

 すりつぶしたどんぐり系を樹液と塩を加えて練る。たまに卵も混ぜる。これが目玉とほほ肉が落ちるほど美味しい。若干メープルシロップのような味を感じるクッキーになるのだ。


 スウィーツは今生で諦めていたのに……。

 そして油煮凝りは、鍋に入れるとこってりラーメンの風格を感じるスープになる。おそらくペミカンに似ているのだ。


「あ、うん! じゃあ、海津! 海星! 後でね!」


 母はそっちへ行くことになった。なぜ食料系に女性が割り振られるかというと、子供の頃からやりたがるからだそうだ。

 確かに女の子は、おままごとで食べ物系の見た目をしたおもちゃを使っていたイメージがある。これは、前世由来のものだ。

 縄文では、食べ物風のおもちゃより食べ物そのものの方が手に入れやすい。よっておままごとではなく実践である。菊芽ちゃんも、食べ物をやっているだろうか……。


「あ、海星! 飯の方やるか?」


 土兄ちゃんはエスパーみたいなことを言ってきた。なぜ菊芽ちゃんのことを考えたとわかったのか……。だが、である。


「いや! 釜がいい! 俺が土器大好きって土兄ちゃんなら知ってるだろ?」


 土兄ちゃんとは別ベクトルで土いじり大好きっ子に育った俺である。炭焼き窯もおそらく、粘土だ。いや粘土であれ。


「俺も知ってるぞ!」


 謎に張り合う父。


「そりゃ、みんな知ってるだろ! だぁーはは!」


 と、土兄ちゃんの父が笑いに持っていったのである。


「しっかしなぁ、こんなちんまいのに立派な職人でぇ! 大したもんだ!」


 ひとしきり笑うと、喋りながら移動を始めた。土兄ちゃんの父もなのだが、縄文人はよく褒める。噂話も褒める内容が多いし、直接話してもこれでもかと褒めてくる。縄文人の会話を統計化したら、八割ぐらい褒めるないようなのではないだろうか……。


「ちんまいは余計だよ! だって四つだもん!」


 俺も、そう言って笑った。笑顔の絶えない職場である。

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