第14話・子供が可愛ければケツまで可愛いものらしい

 その後、衆人環視の中で土兄ちゃんはヒョイと輪を的に当て、鍬をかっさらっていた。鍬は木製で、消耗品だ。たくさん作って、余ったものを景品としてあるのだろう。


 そんなわけで、眠気も限界だ。幼児の体は、活動時間が短いのである。

 この時代、家はそこまで広くない。現代人の感覚で言うと家というより、寝室である。そして、家の外がリビングだという感覚に近い。なにせ村に居る誰も彼も家族である。

 そんな寝室へ帰ると、俺は母に今日の戦利品を渡した。


「なにこれ? 預かっておくの?」


 と、母は言う。照れて先に言葉が出なかったのだ。


「こりゃたまげた! 山藁毘売は俺の嫁だぞ!」


 玉の勾玉なんて、プレゼントとしてはものすごく高価な類の……扱いだけ受けている。努力の報酬としてポンとくれる的屋の風見おじさんは、超太っ腹である。もらった人は、純金とルビーの指輪をもらったくらいのリアクションをする。


「ええっと……そうじゃなくて……お礼……。育ててくれたから」


 しかし、翡翠の勾玉の首飾りをもらえる時がある。出産時に男がもらい、そして女をそれで口説くのだ。

 翡翠だと、結婚用にしか使われない。ただ、別に深い意味はない。なんでも、風習だとか。


 推測……昔はこれほど豊かではなく、それでも尚贈り物ができるほどの働き者を選別するために使われいたのだろう。産後授乳をしなくてはいけない母親は、男に養ってもらえるかどうかが死活問題だっただろう。粉ミルクなど、この時代にあるはずもないのだ。


 この推測は俺の居る時期から昔を逆算したものだ。近所の人が母乳を分けてくれたりするし、相互扶助が万延している。それに割とみんな働く、仕事と娯楽の境界が曖昧だから娯楽のつもりが労働しているのだ。

 楽しいからやめられないのが、縄文人の働き者たる所以である。


「そんな……当たり前のことなのに……」


 母さんにとってはそうだろう……。でも俺は、どうしても大人としての気分がある。


「お前は、優しい子なんだな。前世も、今も! お前の気持ちが嬉しい!」


 父は、そう言って俺を撫でた。前世も今も優しい、そんな言葉誰にもかけてもらったことはなかった。


「そうね! 本当に優しい子! それにすっごくいろいろできる! 私たちにはもったいないかも……」


 ハッとしたように母は言う。二人でも考えてくれたのかもしれない、前世のことを含めた俺という問題児のことを。


「もったいなくても貰っちまったもんだからなぁ!」

「返せないよね!」


 なんて、二人で笑っていた。俺はぽかーんとそれを見ていたのだ。でも、直ぐに言葉が俺に向かってくる。


「だから、これももらっておくね! それに、優しいその気持ちが私は嬉しくてたまらないの!」


 なんて、母に抱きしめられてしまう。その胸で息をして、何故だか“この人の息子なのだ”としみじみと思った。


「おーい、服がめくれてるぞ!」


 この時代、下着などない。抱き上げられた時だろう、服がずり上がってお尻を風が通り抜けた。


「あ、いけないいけない!」


 って、母が戻そうとするけど……。


「可愛いケツしやがって! 食っちまえ!」


 そう言って、父が俺の尻に唇で噛み付いた。歯を立てないようにだ、父の唇の感触が尻を伝わってくる。


「ひあああああ!?」


 こんなことされたことない。絶対にない。気持ち悪いとかはなぜかないけど、驚きとくすぐったさで女の子のような悲鳴をあげてしまった。

 否、幼児ボイスなのだ。変声期はまだまだ先、なんだったら土兄ちゃんもまだショタボイスである。男女の差はひどく小さい。


「もう!」


 母が呆れたような声を発したあと、べしっと後ろで音がした。


「あでっ!」


 そして、父の深刻ではない悲鳴を聞いた。


「痛くなかった?」


 そう言いながら、母は俺の衣服を直してくれた。


「うん! くすぐったかったよ……。でも、お父さん変!」


 いくらなんでもお尻をしゃぶるとは思っていなかったのである。


「そうでもないよ? 私も、やったことあるの覚えてない?」


 ……記憶をたどると、覚えがあった。夏の水浴びの後だ。その時、母にカプっと行かれた。


「我が子の尻ってなんでか可愛いんだよなぁ……。いや、全部可愛いからか……」


 絶句である。いや、変態なのではないのだと思う。思いたい……。

 愛情が行き過ぎてこのようなことになっているのだと信じたい。だって、衛生観念は現代人よりは明らかに低い。それに、愛情もどうやら深いようで……。


「みんなやられるのかなぁ?」


 そんな衝撃のせいであと数分起きていられそうだ。


「みんなやってる」


 そう言って、母は笑っていた。

 奥様の井戸端会議で、そんなのあるのだろうか……。


「さ、寝るぞ!」


 ところでなのだが、竪穴式住居は思っていたより屋根が高かった。藁をもさっと敷いてあって、その上に御座が敷かれている。中央に、火鉢が置かれている。これからもっと寒くなると、この火鉢に炭を入れて暖を取るのだ。

 びっくりした。普通に縄文人が炭を使っているのだから、そのせいで一瞬江戸時代だと思ったのはいい思い出だ。


「「はーい!」」


 まぁ、江戸時代だと現代でも目にする畳だからすぐに否定できた。縄文時代の寝床は藁の上に、編み藁の御座。江戸時代より品質は劣るのかもしれないけど、前世以上の快適さを感じる。

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