第13話・現代人にとってはとにかく情緒豊かであった

「入った! 入った!」


 10回目、なんとか俺は投げ輪を的に命中させ、両手をあげて喜んだ。


「おおおおおお! ついに! ついにやったな! 海星わたぼし! 大したもんだ! 本当に大したもんだ! なんでも持っていけ! よく頑張ったからな!」


 なんて、本当に気前がよくて、なんだか本当に師匠のようだ。


「いいの!?」


 あまりにおまけが大きすぎて、驚いて聞き返してしまう。


「いいって! いいに……決まってらぁ!」


 しかしである、風見おじさん含めやっぱり縄文人は涙脆すぎると思う。


「全部……投げきって……。ッァー感動した!」


 だって、後ろの土兄ちゃんからも泣いているような声が聞こえるのだから。


「もう……なんで泣いちゃうのさ……?」


 ついつい笑ってしまう。こんな当たり前のことに、感動されるだなんて……。


「だってよぉ……、あんなに下手っぴだったのに、全部投げきって! 泣くよな!」


 どちらかというと俺はここでは少数派だ。風見おじさんは、土兄ちゃんに同意を求める。


「泣く! 誰でも泣くッ! こんなちっこい海星わたぼしがッなぁ!」


 本当に情緒豊かだ。こんな情緒を、俺はどこかにおいてきてしまったのかもしれない。


「それでッ! お前何が欲しい!? これか!?」


 そう言って、風見おじさんは大きな臼を指さした。もみ殻を外すための臼である。たまにモチを作られたりもする。


「そんなの俺の体じゃ使えないって! じゃなくて、玉の勾玉!」


 翡翠も勾玉はあるのだけど、翡翠は大きい。どちらかというと御神体祭事に使うものが余っているのだろう……。


「これか! ほれ、持っていけ!」


 そう言って、風見おじさんは玉……つまり黒曜石の勾玉を俺に渡してくれた。


「ありがとう!」


 それを俺は母さんに渡すつもりだ。いつも面倒を見てもらっているお礼として。


菊芽くくめか?」


 なんて、土兄ちゃんはスケベな顔で聞いてきた。


「今回は違うよ!」


 思わず反射的に、もしも将来彼女と夫婦になるのなら……という考えがまろび出る。もちろん決定権は最終的に彼女に委ねるつもりでいるし、そもそもそういう関係として発展していくのかはわからない。


「今回は……とな?」


 しかし都合がよかったのかもしれない。

 正直、お礼をしたらどう思うのかわからないところがあるのだ。縄文人の情緒は現代人には難しい。


「ほう? お前、菊芽くくめちゃんが好きか? ありゃ可愛いからなぁ! でも、ませてんなぁー!」


 風見かざみおじさんはそう言って、目を丸くしていた。普通に考えて二歳児から恋が始まることはない。少なくとも前世の俺は、二歳児なんて記憶すらあやふやだ。


「それがよ! 風見おじ! こいつ、もう菊芽の父親から娘を嫁にどうかって言われてるんだ!」


 縄文人の無駄話は長い。なにせ、無駄話ほど面白いものはないのだ。ということに、転生してから気づいた。

 そういえば、学生時代もなんだかんだ言って無駄話が一番楽しかった。雑に、そして、気を抜いて喋る。


「ほぉー!? 四つでか!?」


 普通四つで、その話は出ない。


「だってな、こいつ一端の土器職人だぜ!」


 普通四つで、手に職はつけない。


「そりゃ……すげぇな!」


 なんて、無駄話をしていると徐々に人通りが増えてくる。

 ところで、この時代最も恋人として人気が高いのは農業をよく知るものだ。なぜなら、食料の生産量が高いからだ。


「あ、土打くんじゃん!」

「ほんとだー!」


 二人組の少女が、彼に近づいてくる。

 すると、周囲の目線も彼に注がれた。そう、土兄ちゃんはめちゃくちゃモテるのだ。


「ねぇ、僕? 土打くんの知り合い?」


 縄文人は加えて、大人の自覚を持つのも早い。


「知り合いなんて、チャチなもんじゃねぇ! こいつは、俺の親友で弟だ!」


 ところで、二番目にモテるのは狩人。三番目が、土器職人だ。食事に関連する度合いが高いと、それだけでモテる。

 さらに、土器職人で、知り合いに農家一族がいるなんて来たらモテにモテる。結局、大体は誰でも夫婦になるのだが……。


「そっかそっか! 土打くんの知り合いかぁ!」


 大体土兄ちゃんと同じくらいの年齢の少女が俺に詰め寄ってくる。色気をアピールしながら。

 モテ期がきそうだが、俺は一度大人を経験したナイスガイだ。まだ彼女らはロリであるし、俺の股間はまだその機能がない。


「初めまして、海星彦わたぼしひこと申します。父に海津彦わだつひこ、母に山蕨毘売やまわらひめを持ちます。どうぞ、お見知りおきください!」


 彼女らと話すのは初めてだった。身近なところから、知り合いを広げていっていた。

 父は海津彦、海の字をもらい海星彦となったのが俺である。父は釣り人で、時折海に出かける。鯨すら仕留める、縄文の海の狩人だ。そう、狩人扱いなのである。その運動神経がなぜ俺に遺伝しなかったのか。


「お、おい! 交易言葉喋れるのか!?」


 すっかり忘れていた。交易言葉は、みんなに通じない。


「あはは……」


 笑ってごまかして、改めて同じことを普段の言葉で言った。


「「「おぉー!」」」


 と、少女たちにどよめきが起こる。


「と、このように俺の弟はすごいやつだ! 頭が良くて、手先も器用だ!」


 なんて、俺を紹介する土兄ちゃん。そのせいで、モテ期が来たのであった…‥。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る