第12話・ただ生きてるだけで楽しかった

 食事が終われば秋の収穫祭は勝負の時間だ。

 この頃には日が落ちて、そこらじゅうに分けられた松明の明かりだけが村を照らす。正直、眠い。だが、今日は……。今日だけは、勝負なのだ。


「さぁー! 南の石がたっぷりだよ! 勝負勝負!」


 何で勝負するかと言うと……輪投げである。日本の祭りの定番だろう、だがこんなに古い時代からあったなんて思いもよらなかった。

 尚、金魚すくいやヨーヨー釣りはあるわけがなく、それを確認して少しだけがっかりした。わかってはいたのだ。まだ和紙はないし、ゴムなんてもっとあるわけがない。ポイの枠は木で作るとして……。和紙はこうぞ、みつまた、という単語が関連していたことを覚えているくらいだ。どんな植物なのかすら知らない。


 もちろん、伝えられる技術はあるのだ。輪軸や滑車なんかは俺でも、縄文人に教えられる。でも、それをした時にこの縄文の平和な雰囲気がせせこましくなるのが嫌だ。

 そう思うと、やっぱり伝えられないのである。


「風見おじさん! いい?」


 祭りの店番は、風見彦。南の石がどのくらいの場所から来ているかはまだわからない。でも、それは海を越えてやってくる。縄文人の船は丸太をくり抜いて作られる。それを横に並べて、カタマラン船にしてしまうのだ。縄文人はヤバイ……。


「おっと、最年少のお相手だ! よし来い! お前はまだ四つだから10回投げていいぞ!」


 なんと、ハンデをくれるのだ。大人たちは、五尺離れて5回投げる。大人とは、30歳以上……現代の年季に直すと15歳以上だ。


「いいの!?」


 訪ね返すと、風おじさんは五つの藁で編んだ投げ輪を持たせてくれる。


「いいぞ! 一番前の線から投げていい!」


 一番前の線は的から僅か一メートルよりもさらに近い場所。二尺だ。


「こんなに前からいいの!?」


 気前が良い。そして気勢が良い。


「おう!」


 だから俺も倣って、意気込んだ。袖まくりでもしたいところだが、袖はない。縄文日本は基本暑い。でも冬はしっかりと寒く、だから動物の毛皮のコートを上から羽織るのである。

 後ろを見てみると、土兄ちゃんが腕を組んで見守っていてくれた。


「よし!」


 意気込んで、投げてみた。するとどうだろうか、体は前へと倒れ、輪は上に飛んだ。


「おととと! お前、どんくせーな!」


 そんな輪がである。そうしてせっかく受け止めてもらった俺の頭にスコンと落ちる。


「あでっ!」


 それはまるで……。一応まだ仮定なのだが、前世の頃に読んだ漫画にありそうな展開を俺に想起させる。すると、笑えてきた。


「でも、根性は座ってんな!」


 そう言って、風見彦も一緒に笑った。


「あははは! 頭に落ちるって! そんなこと、あるかよ!」


 指差して笑う土兄ちゃんだが、俺は忘れてない。当たった時、心配そうな顔をしてくれたことを。


「俺、やっぱ運動ダメだ!」


 と、笑えるのも、俺が何もできなくても周りは俺を生かしてくれることを知ってるからだ。


「ダメそうだな! でもお前は、土器職人だ!」


 なんて、いいところも言ってくれるし。

 俺たちの村には、所謂障がい者もいる。狩りの最中に腕を失った人に、言葉を覚えられない人もいる。後者はおそらく、知的障害なのだと思う。それでも、ちゃんと生きてる。見捨てられたりはしていない。

 教科書の縄文時代と随分違うのだ。ダメでもなんでも、家族であるとされている。


「ほれ! 転んでも受け止めてやるから、もう一発投げろ! 残り9発、クズグズしてると夜が明けるぞ!」


 と大げさな、風見おじさんである。流石に夜は明けないし、彼も笑っていた。


「ほいっ! おっ!?」


 また転んだ……。運動神経はもう本っ当にダメかもしれない。


「へい!」


 起こしてくれる、風見おじさんには心から感謝する。


「ども!」


 と、軽くお礼してもう一度。


「よっ! おわぁ!?」


 また転び、また起こしてもらう。毎回、地面に手がつく前に。


「ぬははは! わかったぞ! お前さん、足開け! んで前足をけっ……と踏ん張るんだ!」


 横で、風見おじさんが投げるポーズをやってくれる。


「こう?」


 俺はそれを真似して、足を前後左右に大きく開いた。なんか武道っぽい……。


「やってみろ!」


 と促されて、さぁ三発目。


「よっ! おとー! おとーと!」


 転びはしなかったのである。風見おじさんは手を出してくれたけど、結局転ばないとわかるやいなや引っ込めた。


「転ばなかったろ?」


 なんて、もうこの人が師匠でいい。


「おぉぉぉぉ!」


 俺は、勝負そっちのけで感動していた。


「まだまだ練習できるぞ! 次だ!」


 なんだか心が熱くなってきた。


「おっす!」


 もはや、輪投げ勝負そっちのけで俺に稽古をつけてくれる。


「できるぞー! がんばれー!」


 今一瞬、頑張ろうと思った時に土兄ちゃんの声援が届く。


「ほい! っととと!」


 背を押されて投げるも、またよろけた。

 心が熱くなる、少年のような情熱が内で燃え盛る。幼児だけど……。


「もう、転ばねぇな! あとはしっかり的をみて、投げるだけだ!」


 あぁ、これだよこれ。この熱さ、何故か忘れていた。付き合ってくれる大人の頼もしさに、背を押してくれる兄貴分。子供の頃憧れた少年誌の物語……には大分くだらないけど、今俺はその主人公だ。くだらないのに、こんなに心地いい。

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